第18話 茜
「うーん」
私は腕を組み、目の前に広がる光景を見つめた。私のことを悩ませるのはスーパーマーケットの売り場にあるカボチャだ。
美味しそうだな。しかも、安い。けれども、我が家は大人三人、幼児が一人だ。まるっとひとつあっても、もて余してしまうだろう。
さて、どうしようか。考えこんでいる私の後ろから、男性の声がする。
「澤田さん、こんにちは。どうされたんですか」
振り向くと水野さんが買い物かごを持って立っていた。私は彼に事情を伝える。
「いや、これなんですけど。お手頃価格で美味しそうなんですが、うちの人数だと量が多いなと思って」
「へぇ、確かにそうですね。じゃあ、一緒に買って、あとでシェアしませんか」
ラッキー。そうしてもらえるなら、助かる。
「えっ、いいんですか。ありがとうございます」
「いいえ、ボクにもメリットがあるんで。女の人ってみなさん、よくやってますよね。でも、男だとなかなか入りにくくて」
水野さんはイケメンだから、頼めば誰か答えてくれそうなものだけど。かえって気後れしてしまうのかもしれない。
「そうなんですね。でも、どうやってシェアしましょうか。これ、切らないとダメですよね」
「ここからだったらボクの家が近いんで、そこで分けますか?」
「はい、お願いします」
水野さんは棚からカボチャを取って、かごへ入れた。私たちはお互いの買い物を済ませて、スーパーマーケットの前で落ち合うと彼の家へ向かった。
水野さんの家に着くと彼は私をダイニングの椅子に座らせて、お茶を出してくれた。
一口飲むと甘酸っぱくて、爽やかな口当たりだ。ハーブティなんだろう。
水野さんが準備をしている間、私は部屋の中を眺めた。綺麗に片付けられている。そもそも物が少ないというのもあるんだろうけど、うちとは大違いだ。まあ、悠一がまだ小さいんだから、仕方ない。
水野さんは手慣れた手付きでカボチャを切り分けると、我が家の取り分をラップに包んで渡してくれた。
「ありがとうございます。このハーブティも美味しかったです」
「男がハーブティなんておかしいですよね」
「そんなことないですよ」
「家で仕事をしてるんで、お手軽な気分転換が必要なんですよ。昔はコーヒーを飲んでたんですが、少しは身体に良いものをと思って」
私に言い訳しなくてもいいのに。
「っていうか、男の家に呼んじゃってすみません」
ああ、そういえば。普通だったら、もっと気にした方が良いことなのに。出された飲み物を警戒心なく飲むだなんて、もってのほかだ。けれども、英雄くんからどんな人なのか聞いていたので、つい心を許してしまった。それに、もし水野さんが本当に英雄くんと付き合っているなら、私は対象外だ。
「別に大丈夫ですよ」
「いやいや、その手の事件って知り合いの犯行が多いんですよ」
「でも、水野さんのことは、英雄くんから聞いてるので」
水野さんは一瞬戸惑った顔をした。私、何かまずいことを言ってしまっただろうか。
「英雄とは、家族同然ですもんね。彼も『ボクと恋人同士だってことをオープンにしたい』って思ってくれているんだ」
「えっ? 恋人同士なんですか」
「へ? だって、英雄から聞いているってーー」
「同じイクメン同士、仲良くしている人だって。英雄くんからどんな人か聞いてたので、そういうことは、しない人だろうなと」
「あぁ、ボクの早とちりか。まあ、いいけど。英雄くんには、悪いことしたかな」
「彼がゲイだってことは知ってるんで、大丈夫ですよ。だから、なんとなく『水野さんとお付き合いしているのかな』とは思ってました」
「ふぅん」
水野さんは自分のカップにハーブティを入れると椅子に座った。
「澤田さんはそういうこと、気にしないの?」
「ずっと一緒に暮らしていますから。英雄くんは英雄くんです」
「でもさ。旦那さんが取られるとか。心配にならない?」
取ったのは私だ。
「取られるだなんて、あんまり考えたことないな」
「へぇ、自信があるんだね。それとも男同士はカウントしない主義? だって、旦那さん、ボクたちと同じにおいがするよ」
そんなこと、言われるまでもなく知っている。笑顔で流してしまおう。
いや。私は一呼吸する。
この男だったら、今まで誰にも言ったことがない私の本心を言っても、良いかもしれない。実際には存在するのに、私以外は知らないこの子。誰かに認知してほしい。同じ男を愛するこの男なら、共犯者としては適任だ。
「私、英雄くんのことを愛しているから」
「えっ?」
椅子に寄りかかっていた水野さんは、その身体を前に乗り出す。
「幸一郎くんの家で彼と初めて会った時からかな。幸一郎くんと付き合っていたのだって、知ってます」
「へぇ。やっぱり付き合ってたんだ」
なんだ。この男、全てを知っているのかと思ったら、そうでもないらしい。私はこみ上げてくる笑いを抑える。
「二人の交際を知った時から、私たちは運命共同体になったんです。外から見たら、奇妙に見えるかもしれない。でも、私たち、うまくやってるでしょ」
「まぁ、ね」
「そう考えたら、今の状況ってまるで愛人の家に乗り込んできた本妻みたいですよね」
「ははは。茜ちゃん、言うね。大人しいお嬢さんかと思ってたけど、とんだ見当違いだったって訳だ。でも、ボクはそういう方が好きだよ」
「ありがとうございます」
「いやぁ、やっぱり女って怖いな。きみたちの家って、鶯の巣なんじゃないの?」
「鶯の巣?」
「カッコウって自分の卵を鶯の巣に産みつけて、鶯に育てさせるんだ」
またそれか。そう見えるのは仕方ない。けれども、それじゃあ私が幸一郎くんを利用しているみたいだ。それは違う。幸一郎くんと英雄くんで、相手に求めるものが異なるだけだ。それに、私だけが利用している訳でもない。
「幸一郎くんが鶯っておっしゃりたいんですか?」
「さてね。ボクは可能性の話をしてるだけさ」
「たとえ悠一が私と英雄くんの子どもだとしても、幸一郎くんがウグイスとは限らないじゃない」
「はぁ? どういう意味?」
水野さんは首をかしげる。
「カッコウのカップルは幸一郎くんと、英雄くんで、ウグイスは私かもしれないでしょ」
「ふぅん。確かにそういう見方もできるね。でも、それでもいいの?」
「ええ。だって、私は今幸せだもん」
私は笑顔で答える。
私が家に帰るとキッチンの方がにぎやかだ。部屋に入ったら、幸一郎くんと英雄くんが悠一と遊んでいてくれた。
英雄くんは私に気が付くと立ち上がって、側まで来る。
「茜ちゃん、荷物預かるよ」
「助かる」
英雄くんは私から買い物袋を受け取って、キッチンの方へ向かった。私は幸一郎くんと悠一の元へ行く。
「みんな楽しそうだったね。何をしてたの?」
「僕が発明した遊び。悠一がすごく気に入ってくれたんだ」
「へぇ。私にも教えてよ」
「もちろん」
幸一郎くんの説明を聞いていたら、キッチンの方から英雄くんが声を上げる。
「美味しそうなカボチャ、買ってきてくれたね。サイズもちょうどいいんじゃない?」
「スーパーでたまたま水野さんと会って。シェアしたんだ」
「へぇ、助かるね。じゃあ、早速これで何か作ろうか」
「うん。そうしてくれると、うれしい」
英雄くんは料理をはじめた。カボチャの良い香りが部屋に漂ってくると悠一が嬌声をあげる。
「悠一、食いしん坊だな」
幸一郎くんが悠一を撫でながら笑うと、私と英雄くんも笑う。多分意味なんてわかっていないんだろうけど、悠一も笑いはじめた。
この家には笑顔があふれている。
他人がなんて言おうと、それが一番大切なことだ。
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