呪猫少女と願いゴト

黒井泳鳥

第一章 猫の呪いと願い事~奇妙な生活の始まりは猫パンツからでした~

第1話 夜駆けの桃猫

 パンツ。ど真ん中に怒った猫がプリントされたパンツ。

 そして、尻。むっちりとお肉詰まってるって感じの尻。

 尚且なおかつ上半分がはみ出てて、つまりはパンツのゴムに肉が乗っててとても助かる。

 ついでに尻尾。こいつが邪魔してパンツが下げざるを得ないんだろうね。ありがとう尻尾。君がMVP。ナンバーワンだ。

 ……ごほん。少しはしゃぎすぎたことを反省しつつ。述べさせてもらったのは当時、目の前を通りすぎたモノへの印象。

 でこのあたりが最初に出てくるのは俺が高校二年生の思春期真っ盛りだからだろうか?

 否、そんなことはないはず。誰だって俺と同じ第一印象と感想を持つはずだ。そう信じてないと自分が汚く感じてこの先の人生が生きづらくなるからそういうことにしといてほしい。

 例え、通りすぎたモノが住宅街の塀の上を走っていたり。

 十字路で塀と塀の上を飛び越えたり。

 ピンク色って奇抜な髪に、やけにふっさりとリアルな猫耳がついていたり。

 去り際にその当人の鋭い眼光がこっちを見ていたり。

 そんなのは些細な問題じゃないだろうか。パンツと尻に比べたら。

 え? そんなことはない?

 ……う~ん。それじゃあ少しだけ時間を遡って見てもらおう。

 きっと、その方が話が早い。


 それでは回想ほんぺんへ。どうぞ~。



   ☆*☆*☆



「あれ?」

 高校二年生になって早二ヶ月。梅雨も明けたかなってくらいの六月下旬。

 未だ不愉快な湿気が顔にまとわりつきながらだとしても、傘を持ち歩かずに夜十一時よなかにコンビニに行けるのは良いよなぁ~とか思ってる今日この頃。

 でもやっぱり湿気がうざったくて後悔も少し混ざりつつ。もっと夜の外出を後悔しちゃうかもしれない状況になっている……かもしれない。

「なんだ、この……変な音。誰か……走ってる?」

 少し遠くから変な足音が聞こえる。真ん前の十字路の右側からこっちに向かってるような。

「これ……は」

 地面を走ってる感じじゃないな。

 それになんかタタタタタタッてテンポ良いのに、音自体はそんな大きくなくて妙に静かなのがすんごい不気味。

 普通の人ならたぶん静かすぎてわかんないと思う。誰もいない夜の住宅街だとしても。俺が人より耳が良いから聞き取れてるだけ。それくらい、小さな音。

 いやぁ、俺でなきゃ聞き逃すとこだね。

「不審者……とか? えぇ~……。やめてくれよぉマジで……」

 思わず独り言でちゃってるけど、仕方ないよね? そうでもしてないと怖いんだよぉ……。

 でも、なんていうか好奇心というかね。怖いもの見たさもあるわけで。近づいてしまうんだよ足が勝手に。

 ってことであら不思議。気づけば十字路の曲がり角があと四歩、五歩のとこに来ちゃった。

 こんだけ近づいちゃったけど、大丈夫かな? 好奇心は猫を殺す的なことになんないかな?


 ――タタタタタタタタタッ


 音ももうほんの数メートルまで近づいてるし。

 あぁ~もう! 早まったかなぁ!?


 ――タッ!


 って、もう目の前に!?

 こ、ここまで来たら見てやろうじゃないか夜中に疾走する不審者さんよぉ!

 死んだら死んだだよバッキャロー!


 ――ギョロリ


「……っ」

 め、め、め、め、目が合っちゃった! 肉食獣みたいな鋭い眼光が射ぬいてくるぅ、 食べられちゃうってぇ!

 それに、今ようやっとどこを走ってるかわかった。

 こ、この不審者。塀の上走ってたんだ!

 右から道路を挟んで左の塀に向かって宙を飛んでるんだよぉ! なんちゅう身体能力ですかぁ!?

 目をつけられたら殺される! というかもう目が合ってる! いやぁぁぁぁぁあ! ――って、あ、あれ? でも良く見たらなんか見覚えが……。

 桃色ピンクのド派手な髪色を左右に少しずつ結んだのがあって、身長は小さいけど出るとこは出てるワガママな肉付き。なんなら今も胸部装甲が揺れておられる。

 あんな特徴的な人物は関わりがないとしても忘れられるもんじゃない。

 あの子はうちの学校の一年生。入学してから問題起こしまくりのたった二ヶ月で超有名人になった人物。

 名前はたしか――丹夏桃菓たんげとうか……だっけ?

 何度か校内外問わず見たことあるし、特徴はそれで間違ってないはずなんだけど……。明らかに違うところもあるな。

 まず一つは耳がある。そりゃそうだって話になりそうだけどそうでなく。人間の耳とは別に頭の上のとこに髪の毛の色と同じ耳が生えてる。獣の。

 クセっ毛なのかな? 元々ボリュームある髪なんだけど、立派な耳が負けじとクセっ毛を押しのけて激しく主張してる。

 そんで道路の真ん中あたりまでくると見えてくるのが尻尾。猫みたいに長い尻尾。

 ということはあの耳は猫のものだろうか――。


 ――にゃおん


 パンツ! 半ケツ! ありがとうございます!

 いやもう今の一瞬で他の全てがどうでも良くなったね。パンツにプリントされてる猫のキャラクターが鳴いたかと錯覚するほどの衝撃を受けたもん。

 だってさ? 女の子のスカートの中見えたんだよ? しかもパンツがちょっとずり下がってて結構お尻が出てたらもうね。たまらんとです。

 尻尾が邪魔して下がっちゃってたんだろうけど。よくやったと誉めてやりたいね。ありがとう尻尾。君のお陰で俺はしばらく幸せでいられそうだ。

 さらにさらに、パンツのど真ん中にいる猫がさ。パンツずれてるせいで段差みたいなシワになってて微笑ましいのがまた良いんですよ。

 いや~興奮しちゃってるけどしょーがない。モテるわけでもない健全な男子高校性からしたら生パンツに生尻なんて見れる機会限られてるもん。というか普通訪れないもん。

 なのでこの幸運を逃さぬよう。この目に焼き付け、そして心のカメラを研ぎ澄ませ、脳みそのフォルダに収めるんだ俺よ。

「…………」


 ――タン! タタタタタタタ……


 あ、至福の時間が終わっちゃった……。

 逆側の塀に着地したらそのままどっか行っちゃったよ。

 残念な気持ちはあるけど、でもよく考えたら跳び越えてる間しかスカートの中なんて見れないよね。

 しかも噂によれば体格に反してめちゃくちゃ喧嘩強くて、地元の不良も先生たちも黙らせてるらしいし。下手にこっち気にされたら俺も……あーこわ。くわばらくわばら。

 そう考えたらこっちのことなんて気にせずどっか行ってくれたのはありがたい。むしろ残念なことなんて一個もないね。パンツとケツ見れたわけだし。

 あ~今日はなんて良い日だろう!

 このまま最高の気分で家に帰って、気持ちよく眠れそう!

 いやいや、そうとも限らないか。こんな興奮してたら寝付くの大変だよねぇ! 思春期男子なめたらあっかんでおい!

「…………」

 同じ学校だからいつでもヤれるとかだったらどうしよう?

 俺のことは直接的には関わったことないから知らない可能性のが高いけど、でもこっちが知ってたみたいに向こうもってこともあり得なくはないわけで。少なくともゼロではないわけで。

 気にしすぎと言われたらそれまでだし。とんでもないことに遭遇して、深夜テンションも相まって情緒不安定になってんだよと言われたら否定はできないんだよね。

 でも、実際俺の心中として。女の子のパンツとケツ見れてラッキーと。明日取っ捕まってボコボコにされたらどうしようが同棲始めちゃってるんだよ。難儀なことにさ。

 はぁ……。なんだろ? この最高と最悪が同居した状態。結局、今日は眠れないかもしれない。

 いっそ夢であってくれないだろうか? そしたら目が覚めたとき良い夢見たなで終われるのに。でも残念ながら、今はそこまで眠気が強いわけでもなければ景色がボヤァっとしてるわけでもないんで現実なんだわこれ。

 ……ところで。あの耳と尻尾はコスプレとかかな? と、少しばかり別のことを考えて気を紛らせてみたり。

 いや気になってはいたんだよ。尻尾がケツの……あれ、尾てい骨だっけ? 辺りから生えてるように見えたんだよ。

 しかも風とか走ったり跳んだりの勢いに振り回されてるような動きでなく。本物の猫みたいな尻尾の感じがしてたんだよな。

 う~ん……。俺もそういうの詳しくないからよくわからないんだけど。でも、最近色々便利な物も増えてるし。きっと本格的なグッズなんだろうね。コスプレだかの。

 うん。きっとそう。

 だって、人間のケツから猫の尻尾が生えてくるなんてさ。あり得ないんだから。

 塀については……喧嘩強いから運動神経も良いんだよきっと。そういうことにしとこ。

「……帰ろ」

 余計なこと考えてたらちょっと落ち着いたし。早く帰って寝よ。明日も学校だしな。

 明日のことは明日考えようそうしよう。

 それくらい適当なくらいが、俺にはちょうど良い。



   ☆*☆*☆



 同じことを二度言った気がしないでもないけれど。そこはそれ、愛嬌とでも思ってくれれば。

 では切り替えまして。どうだろう?

 こんなことが起きればやはりパンとケートップが印象に残るんじゃないだろうか。

 いやまぁ、俺としてもこのとき耳にも尻尾にも人間離れした跳躍ジャンプ力にも疑問は持ってたけど。

 真面目にコスプレと思っていたし。特別運動神経が良いだけと思ってた。

 そんなことより、そんな身体能力高い人にボコされるの嫌だなぁとか。でもスカートの中見ちゃったしなぁとか。そういうのばかりが頭を巡っていたよ。

 さて、当然ながら、これは夢じゃなかったし。

 もちろんながら、この話はここでは終わらない。

 むしろこれはキッカケに過ぎないし。話の本質はまだ先になるんだけれど。少しだけ、先走りつつ導入していこうか。

 半端な田舎町で、普通だった俺たちの、猫の呪いにまつわる物語──。


 の、始まり始まり~。

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