第11話


 「お腹もいっぱいになった事ですし次は何します?」


「そうだね、少し散歩でもする?」



 俺はこの時点でまだ地下に住んでいた事を隠していた。


 何故なら信じてもらえるわけがないと思っていたからだ。



「散歩もいいですけど、アニさんとゆっくりしたいです」


 カエさんが妙にもじもじしているように見えた。


 この展開ってもしかして‥‥。


 いや、待てよ。


 こんなに簡単に結ばれていいものなのか?

 これは何かの罠?


 俺はこの状況に少し疑問を抱いていた。


 そもそもこんな綺麗な子が俺に興味を持つわけない。


 とことん自信がない俺は疑う事しか出来なかった。



「どうしたんですか?私といるの嫌ですか?」


 そう言いながらカエさんが腕に抱きついてきて、上目遣いで俺を見る。


 か、顔が近い!


 それに、む、胸がぁ‥‥//。


 俺も男だ、我慢できるわけない。


「も、もしかして‥‥誘ってたり‥‥?」


「なんの事ですか?」


 キョトンとした表情で俺を見つめるカエさん。


「あ、いや、なんでもないですよ!」


 気のせいか。少しがっかりした自分がいた。


「誘うって何の事ですか?」


「ううん、さっきの事は忘れて下さい」


「気になりますよ、だって少し残念そうな顔したじゃないですか」


 俺はカエさんに気を使わせてしまっている。


「もっと俺と近づきたいのかなって思って聞いただけですから気にしないで下さい」


「近づく?あぁ、×××の事ですか?」


「っ!!そんなド直球に‥‥」


「ごめんなさい、実は私‥‥まだ未経験なんです」


「え?まじで?」


 驚きすぎてついタメ口になってしまった。


「こんな歳で恥ずかしいですよね」


「そ、そんな事ないですよ!」


「でも‥‥」


「ん?」


「アニさんなら、私の初めてをあげたいと思いました」


「え?待って、それはどうゆう‥‥」


「そのままの意味ですよ‥‥」


 カエさんの頬が赤くなっている。

 本気で言ってる?


「‥‥ごめんなさい。俺たちまだ少し早い気がします」


「早いって、時間は関係ないですよね?」


「‥‥それに」


「それに?」


 カエさんは天女過ぎて俺には手が出せない。


「あの、ところでカエさんは俺の事が好きなんですか?」


「え?なんでですか?」


「だって初めてを俺にって、普通初めては好きな人がいいんじゃないんですか?」


「それは‥‥」


「歳とか関係ないですから、そんなに焦らなくても大丈夫ですよ」



 って、何言ってるんだ俺。


 これは前代未聞の大チャンスだったのに、みすみす逃すというのか。


 でもそんなに焦る必要があるのだろうか。



「分かりました。ではまたの機会にします」



「はい。‥‥‥‥って、またの機会?」



「アニさんの心の準備が出来るまで私待ってますから!」


「焦らなくて大丈夫って言ったのはそういう意味じゃないんですよ?何も俺じゃなくてもそのうちいい人が現れますから」


「‥‥嫌です」


「カエさん?」


「私、アニさんじゃないと嫌ですから‥‥」


 困ったなぁ。俺なんかのどこがいいのか。


 そりゃカエさんとあんな事やこんな事‥‥想像するだけでも全身が熱くなる。

 

 何を葛藤してんだ俺!!


 カエさんが堂々と誘ってくれてるんだ、喜んで応えるべきじゃないのか?


 いや、でも何かおかしい。


 カエさんなら選び放題のはず、それなのに俺なんか‥‥‥もしかして騙されてる?


 でも騙すような人には見えないし‥‥。


「‥‥アニさん?」


「あ、すみません」


「すごく考え込んでるみたいでしたけど、私の事がそんなに嫌いですか?」


「き、嫌いだなんてそんな!むしろ大好きですよ!」


「え、大好き‥‥?」


「あ」


 つい心の声が出てしまった。


 しかし、カエさんの頬が真っ赤に染まっている。


 照れているのか?照れて‥‥る?


「嬉しいです。大好きだなんて」


「あ、それはちが‥‥違いませんけど。正直言うと、カエさんのような人がなんで俺なんかとそんなに仲良くなりたいのか分からないんです」


「理由とかって必要ですか?」


「必要ではないんですけど、なんて言うか、信じられないって思って」


「アニさんは自分にもっと自信を持った方がいいですよ」


「この歳になるとどうも慎重になってしまって。傷つけたくないですからね」


「アニさんってやっぱり私の思った通りの人です」


「え?」


「今日は帰りますね!またゆっくり時間をかけて私の事知って下さい。そしていつか‥‥‥。ね?」


「あ、はい。今日はなんかありがとうございました」


 カエさんは玄関で靴を履き、振り返らずに出て行った。


 カエさんって変わった人だなぁ。


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