第2話


「ミジノチチ」


「右の乳?」


「ふふっ、違いますよ。ミジノチチ、ですよ」


「ミジノチチ?」


「はい、これは合言葉ですので覚えておいて下さいね!忘れたらとーっても困りますよ」


「は、はぁ」


 相変わらず真っ暗な画面と会話をしている俺は、妙にそわそわしていた。


「そろそろですかねー」


 声の男性がそう言うと、俺は体がふわふわ浮くような感覚に陥っていた。


「うわっどうなってんだ!」


「もうすぐでこちらの世界に来れますよ!」


「‥‥声が‥‥上手く‥しゃべれな‥‥」


 体の力がだんだん抜けてきて、ついには気を失ってしまった。




「っう、うぅ‥‥」


 目を覚ますと俺はまだPCの前にいた。


 どのくらい気を失っていたのか分からないが、俺は記憶が曖昧になっていた。


 確か、トンさんに言われた事が気になって調べてたんだっけ。

 それで画面から声がして、それで‥‥。


 あっ!夢の世界がどうとか言ってたけど、何も変わってないじゃないか!


 俺は周りを見渡したが変わらない部屋の景色にがっかりした。

 それとも幻聴が聞こえてただけなのか。


 とにかく仕事から帰ったばかりで汚れていた俺はまず風呂に入る事にした。


 俺の住んでいる所は四畳半のアパートだ、築年数は知らないがかなり古い。


 今日はなんだかいつもより疲れたな。

 服を脱ぎながら風呂場に向かう。

 おー、なんか寒いなぁ。


 

 ‥‥‥寒い?



 寒いって感じてる?なんでだ?


 そう思っていると途端に鳥肌が立った。

 ブルブル体が震える。

 こんなに震える事なんて今までなかった俺は急いで熱いシャワーを浴びる。


 ふぅ。生き返る〜。毛穴が開いていく感じがなんとも気持ちよかった。



 ‥‥待てよ、うちにシャワーなんてあったか?


 ここは古いアパートだ。

 そもそも風呂なんか付いていない。


 なんで無意識に風呂に向かったのだろう。

 いつもなら銭湯に行くはずなのに‥‥。


 何かがおかしい。

 風呂を出てタオルを取って体を拭く。



 ‥‥こんな所にタオルなんてない。



 

 !!!



 俺んちじゃなーーーーい!



 似ているようで全然違ーーーう!



 どこだここは!?

 投げていた服を急いで着る‥‥。



 あれ?俺の服じゃなーーーーい!


 もう頭の中はパニックだったが、ひとまず落ち着こうと深呼吸をする。



 ふぅ〜。



 落ち着いてまずは部屋の中を見渡す。

 さっきまでは俺の部屋だとばかり思っていたが、少しずつ何かが違っている。


 例えばPCやそれを置いている机は俺のだ。


 布団やタンス、小物も俺のだ。


 しかし、壁や扉、いや、部屋自体が違う。


 物は俺の物だが、家そのものは違っていた。

 そりゃ風呂もあるわけだ。


 でも、どうして。


 俺はPCに向かい話しかけてみた。


「あのぉ、夢の世界ってもしかして俺は今夢を見てるんですか?」



「お疲れ様です!アニ様の言ってる事は違いますよ」


「どうゆう事ですか?」


「アニ様は夢を見てるのではなく、まさに今!夢の世界に来ているのです!」


「ここが夢の世界?夢ではない夢の世界って意味分かりませんね」


「夢のようなと言った方がよろしかったですね!」


「俺はこれからどうすればいいんですか?」


「どうもこうも今まで通り生活してもらって構いませんよ!」


「何かが少しずつ違うみたいなんですけど」


「それもいずれ慣れますよ!では私はこの辺で、どうぞ楽しんで下さいね〜!」


「ちょっと待って‥‥って」


 声の男性はそれ以降反応しなくなり、PCもパチっと付き、いつもの画面だ。


 時計を見ると、朝の5時。


 やべっ仕事行かないと!


 何故俺が普段通り仕事に行こうと思ったか。

 それは体に染み付いた習慣とでも言うのだろうか。



 そして、俺は現場に向かう‥‥。






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