11話「物件探しは過酷ーー中編ーー」

 スージーさんに屋敷の扉を開けて貰い俺達一行は中へと入っていく。

 屋敷の中は意外にもしっかりとしていて、外見の朽ちかけとは対照的であった。


「うぉぉ……凄いな。家具付きとは聞いていたが、まさかこれ程とはな」

 

 最初に屋敷内のリビングを物色すると、その部屋にはボロボロの家具ではなく、大理石の机や見るからにオーダーメイドで作られたような椅子やソファが置かれている。


 きっとこれだけでも売ったら相当の額になるのではないだろうか。

 保管状態も良好のようだし……あくまでも素人目線でだがな。


 そして俺の横では先程から、ヴィクトリアが目を金マークに変えて色々と見ているが……大丈夫だろうか。

 この屋敷を出る時に何か消えていたりしないだろうか。


 さ、流石のヴィクトリアでも盗みはしないだろうな? た、頼むぞマジで。

 まぁ仮にもあれで女神様な訳だし、きっと大丈夫だろう。はっはは。


 はぁぁ……。なんだが段々と胃が痛くなってきた気がする。

 





 リビングを一通り見終わると次に俺達が見に行ったのは寝室だ。

 やはり寝室というのは何気に大事なとこだろと俺は思うのだ。

 

 クエストを終えて帰ってきてフッカフカのベッドが全身を包んでくれたら、それはそれは至福の瞬間だろう。

 あとフッカフカなのは物凄く大事なポイントだ。

 木の板にクッションを乗せたような簡易的なベッドは論外である。

 

 ちなみに俺とヴィクトリアが寝泊りしている宿屋は、良い素材のクッションを使用しているみたいで凄く快適だ。


「あら? このベッドは私の家にもありますわね。……でも少しばかり大きいような?」

パトリシアは寝室の真ん中に堂々と置かれているベッドを見て言うと。

隣に居るスージーさんがニヤァっとした表情で口を開いた。

「あぁこれはダブルベッドっと言ってね。男性と一緒に寝たりする時にちょうどいいサイズのベッドの事だぞ」


 スージーさんからベッドの詳細を聞くと、パトリシアは手を顎に当てながら考える素振りを見せた。

 パトリシアは生粋のお嬢様だからダブルベッドの意味を聞いてもピンとこないのだろう。


 と、そこへヴィクトリアが不敵な笑みを浮かべて、パトリシアの元へと近づき何やら耳打ちをしている。

 そして……。


「な、なななっ! そういう事ですの!? も、もしかしてユウキもそういう事を……!」

パトリシアは両手で自分を抱きしめる様なポーズをすると、若干頬を赤く染めながら俺を見てきた。

 ダブルベッドの意味をヴィクトリアから間違った解釈で聞かされたのだろう。

 

 フッ……だがまぁ、今日もお嬢様の妄想は豊かのようだ。

 ヴィクトリアは後でお仕置きだけどな。何を言ったかは知らんけど確定事項だ。


 ……てか、さっきからユリアが退屈そうにしているのが凄く気になるな。

 この物件を選んだのはユリアの筈だが、今のところ最初の屋敷に入る時にしかテンションの上がった様子を見ていないのだが。


「なあユリア? 本当にこの物件が気に入ったのか? 俺には全然そんな風には見えないんだけど」

「あ、あぁ。もちろん気に入っているぞ! しかしオレが気に入ったのはここではなく地下の方だがな!」

窓から外の景色を眺めているユリアに話しかけると、ユリアは右手に持っている杖を床に向けて二三回軽く小突いた。


 地下だと……? この屋敷には地下までもが存在するのか。

 いよいよこの屋敷の元の持ち主が分かってきた気がするな。

 

 まずパトリシアの家にもあるという高級ベッドの存在。

 次に一般の屋敷には必要ないであろう地下の存在。

 これらを纏めると、この屋敷は元々貴族の物だったと推測できる。


「あれ? これは一体なんですかね? 不自然に暖炉の中に取っ手みたいのがありますよ!」


 俺が得意げに屋敷の持ち主を予想していると、ヴィクトリアからそんな声が聞こえてきた。

 

 暖炉の中に取っ手がある……? それは確かに不自然だな。


 俺も気になると暖炉の方へと向かう。

「ヴィクトリア? そんな明らかに不自然な物にはさわ「えいっ!」」


 ヴィクトリアは俺が声を掛けると同時に思いっきり”やらかした”であろう言葉を放った。

 そしてこの馬鹿の右手にはしっかりと取っ手が握られていた。


「おま、おまおまおま、お前という奴は! なんでそんなに大馬鹿なんだよ! 何をしてんだよ!?」

「ひイッ! ご、ごめんなさい! まさか取れるとは思いませんでした……!」

「そういう事じゃねよ! いやそれも含めてだけども!」

 

 この馬鹿女神は勝手に屋敷の怪しげな取っ手を引っ張るだけでは飽き足らず、有ろう事かその取っ手を引きちぎったようなのだ。

 三角の形をした取っ手の先にはヒモのような物がついていて、途中でブチッっと切れているのだ。


 しかしそんな事もつかの間、急に寝室が揺れだす。

「うぉ!? 今度はなんだ! またヴィクトリアのせいか!?」

「ちょ、ちょっと! 何でもかんでも私のせいにしないで下さいよ!!」

「み、皆さん! あれを見てくださいまし! だ、だぶ……ンンッ。ベッドが動いてますわ!」


 俺はまたもやヴィクトリアがやらかしたのかと思ったのだが、パトリシアが焦った様子でベッドの方を指差すと。

 確かにベッドが勝手に左へと移動していくのが確認できた。


「な、なんじゃこりゃ……」

ベッドが完全に左の端へと寄ると、ベッドが置いてあった場所には隠し通路のような地下へと続いているであろう階段が姿を現した。


「おぉぉ! この下に例のアレがあるのか!? うぅぅむ! ワクワクが抑えれん。すまないがオレは先に行くぞっ!」

「あ、ちょ! ユリア!」

ユリアはこの屋敷に来て一番のリアクションを俺達に見せると、一人で一気に地下へと降りていった。もちろん俺の声は届いていない様子。


「あのー……スージーさん? やらかした後に聞きますが、これって弁償とかないですよね?」

「あぁーまぁ大丈夫だぞ。ただヴィクトリア君が取っ手を破壊したのは別だけど」


 よし、ヴィクトリアだけの弁償なら大丈夫だろう。

 

 ……そう言えばユリアはこの屋敷の地下にある、何かを期待していたんだよな?

 って事は、これ自体は屋敷の仕様なのかも知れないな。






「それじゃぁ行くぞ!」

俺達はユリアの後を追うべく、薄暗い地下へと続く階段を下りていく事にした。

 

 流石に視界が暗すぎると危ないので、明かり確保の為に俺がだいぶ前に所得した魔法【ファイヤー】を発動してゆっくりと下りていく。

 ファイヤーはライターぐらいの規模で使用すれば意外と魔力の消費も少なくて便利なのだ。


 それから三分程、長い階段を歩いているとようやく地下の部屋に到着した。

 鉄製の重い扉が俺達の前に立ちはだかるが、パトリシアの自慢の筋力で開けて貰い中へと入る。


 ユリアはよくこんな重たい扉を一人で開けれたな……。魔法の力か?

 部屋には既にユリアが魔法で証明を炊いたのであろう。至る所が明るくなっている。

 

「おーいユリア~? ちゃんとここに居るのかー?」

「おぉぅ! ユウキやっと来たか! 随分と遅かったじゃないか!」

「お前が早過ぎるんだよ」


 俺の問いかけにユリアは部屋の奥から顔を覗かせてくると、テンションは未だに高いように見える。


「まぁまぁ! そんな事よりもこれを見てくれ!」

ユリアはこっちに来いと言わんばかりに手を降ってくると、俺は取り敢えずユリアの元へと向かう。


 そして――――。


「おぉぉ……こ、これは……一体?」

「見て分からないか? これは何世代前かの貴族が作った拷問部屋と言ったところだろう! あぁ……何だろうか、ここに居るとオレは何かに目覚めそうになるッ!」


 ユリアに招かれて地下のとある部屋に向かうとそこには、鉄の椅子や錆びたナイフ、更にハンマーやペンチ、所謂拷問器具達が置かれていた。


 も、もしかしてユリアの目的ってこれの事なのか?

 確かにアイツにはそう言う趣味の片鱗がないこともない。

 寧ろある方だとは思うが……。

 

 どうしよう。

 俺のパーティメンバーが拷問を趣味にしそうで凄く怖い。


「どうだユウキ! この数々の拷問器具! そしてここで拷問されたのであろう人達の乾いた血が今もこんなにベットリと床にこびり付いているぞ!」

「あ、あぁ……そうだな」


 やべえ超怖いんだけどこの娘!

 拷問器具を見て目を輝かせているのってお前ぐらいなんだけど!


 ちょ、誰か助けて! このサディスト賢者と二人きりにしないで!

 本当マジで誰かお願いします!


「うわぁ……。なんですかこの部屋は? とても良い趣味とは言えませんねぇ」

「なにをっ!? ヴィクトリアお前にはこの部屋の良さが分からないのか!」


 遅れてヴィクトリア達がこの部屋に入ってくると、開口一番でユリアの趣味を全否定していく。

 恐れを知らない言動は時として必要なのかも知れない。


 その後もこの薄気味悪い部屋でヴィクトリアとユリアが何か言い合っていたが、俺達は早々に上の階へと戻ることにした。

 いつまでもこんな所にいたくないし、まだ次の物件がまだ残っているからだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 俺達が先に地下から出て、寝室でヴィクトリア達を待っていると。


「まったく! なんで一言も言わずに置いていくんですか!」

「そうだぞ! オレはまだまだ見ていたかったのに!」

二人は遅れて地下から上がってくると俺を見て文句を言ってくる。


 一応階段を上がる前に声は掛けたんだがな。やはり聞こえていなかったか。

 

「仕方ないだろ。俺達が動かないとお前達は動きそうになかったし……それに次の物件がまだ残っているんだぞ? 時間は有限だ。テキパキと行動をだな」

「そうですわ! まだ私が選んだ家を見に行ってませんの!」


 そう、俺達が最後に見に行く物件とは、あの生粋のお嬢様ことパトリシアが選んだ物件なのだ。

 パトリシアと言えば紅茶を自身の血液と豪語する程、紅茶好きなのだが。

 その紅茶狂いを除けば割かし常識人の方なので、俺は少しだけ次の物件に期待している。


 と言うと、さっきのユリアの件を思い出してしまうが……流石に大丈夫だろう。

 もし何かあったとしても、骨董品の剣があったりとかそんなんだろう。

 アイツ、ああ見えて剣好きのオタク聖騎士って肩書きもあるからな。


 それとたまに一般常識が庶民と掛け離れている気もするが、大した問題ではない。

 物件を選ぶだけだし。

 



 …………なんか言ってて不安になってきた。

 どうしよう本当に大丈夫かな?

 

 もしかして俺のパーティって真面まともな奴が一人も居ないのでは……。


「よし、急いで今日最後の物件を見に行くとしよう! あ、ユウキ君には後でちゃんと取っ手の損害を請求をするぞ!」

「えっ、俺が壊した訳じゃないのに?」

俺は悲痛な声をスージーさんに向けるが、一切聞く耳持たずであった。

 

 しかも隣からはヴィクトリアが俺を見て申し訳なさそうに両手を合わせて、ごめんのポーズをしきりに見せてくる。

 そこまで自覚があるのなら何故、私が払いますと一言わんのだ。とは思ってしまう。


 俺達はスージーさんに連れられて屋敷から出ると。

「まさか物件を見に来ただけで弁償させられるとはな……」

気落ちしている俺を余所に、女子勢は本日最後の物件を見に歩き出した。

 

 だが俺はそこで、ふと思ってしまったのだ。

 何故かこの屋敷の二階を見学していなかった事に。

 

 俺は何気なく視線を屋敷の二階向けると…………。

 窓にうっすらと老人が歯茎を剥き出しにして、こちらを見て微笑んでいる様な姿が見えた気がする。

 

 恐らく気のせいだろう。気のせいであって欲しい。


 視線をゆっくりと二階から外すと俺は一目散に。

「おーい皆ぁぁぁ!! 置いていかいでくれぇぇえ!!」

駆け出した。






 これは後からスージーさんに聞いた話なのだが、あの屋敷の持ち主は何年も前に忽然と行方不明になったらしく、屋敷の持ち主は老人で歯茎を見せて笑うのが特徴的だったらしい。


 ……俺が見たあの老人は幽霊だったのだろうか。はたまた生者だったのだろうか。

 今の俺にはもう知る手立てもない。

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