5話「ブラッドムーン――後幕――」

「おやおや。貴公らは何処に帰ろうとしているのじゃ?」

アンデット達を一通り倒した俺達は満足気で宿屋に戻ろうしていた矢先に、その声は唐突にも上空の方から聞こえてきた。


 何故そんな方から声が聞こえてくるのかと単純に疑問を抱くと、俺達は同時に空を見上げた。

 するとそこに居たのは……幼い少女の様な見た目をしながら背中からはコウモリに似たような翼を生やしている魔物らしき者が居た。


「なな、何だよあの少女は!? なんで背中から翼生えているんだよ!」


 俺はその少女を見るとワナワナと全身が震え出した。

 理由は分からない……だが、きっと関わってはいけない類いの魔物に違いないと俺は断言できる。


「慌てるなユウキ落ち着け! そしてあれを少女と呼ぶには余りにも凶悪過ぎる……。あれは少女何て生易しい者ではなく。全ての夜を支配するとまで言われているノーライフキング! つまりだ!」

ユリアが翼を生やした少女の正体を教えてくれると、それを聞いていたパトリシアとヴィクトリアも俺と同じく顔を唖然とさせていた。


 ……えっ!!! ま、マジですか!!

 あのチビッ子少女が伝説の魔物のヴァンパイアだと!?


 てか俺は初めてリアル”のじゃロリ”を見た気がする。

 しかも吸血鬼属性持ちでな。

 結構マニアックな所を責めてくるなこの異世界はよ。


「ほう? 妾の正体にいとも早く気づくとは貴公、中々の洞察力を持っているな」

「ふんっ! そんな事はどうでもいい! それよりも何故ヴァンパイアがこんな街に姿を見せているんだ! 貴様は城に封印されているんじゃなかったのか!」

少女は相変わらず地に足をつけず、空から声を掛けてくるとユリアはいつにも増して威圧的な態度で少女に言葉を投げ掛けている。


「あっ!! そ、そうですわ! 思い出しましたわ! ヴァンパイアは西の地の古き城の中で封印されているという噂がありましたの!」

パトリシアは焦った表情で俺とヴィクトリアを交互に見てくる。


 おいおい……嘘だって言ってくれよ。

 って事は、その封印が解かれて今の時代に復活したって事だよな?

 

 終わったわぁ。

 そんなヤツとここで戦闘になったらパーティは一瞬で全滅するぞ。

のじゃロリは確かに可愛いけど、それだけじゃぁ死ぬには割に合わん。

 

「そう殺気を向けるな。なに簡単なことじゃよ。復活したらちょうど良くブラッドムーンが始まっていてな。ならばこれは絶好のチャンスだと思い、妾の血を使って下級のアンデット達を呼び覚ましたのじゃ。そしてそのまま妾が指揮してこの街まで遥々来たわけじゃよ」

「もぉー! 何でこんな日に限って復活するんですか! もうちょっとだけ寝てて下さいよ!」


 ヴィクトリアの言う通りだ。なんでそんな最悪なタイミングで復活してるんだよ。

 もう数日ぐらいズレて復活してくれても良かったじゃん!

 というかこの街に居るアンデット達って皆この少女の血から生み出されたのか。

 

「ハッハハ貴公はよう吠えるのう。さて? 下らない話はこれぐらいにして、妾の指揮するアンデット達を随分と殺ってくれたのう? これでも希少な妾の血を使って生んだ我が子みたいなものでな。借りはしっかりと返せて貰うぞ? 貴公らよ」

さっきまで比較的おおらかに話しいていた少女だが、その言葉を最後に雰囲気はがらっと変わった。

周りの空気は一瞬にして重く冷たくなると、全身から精気を抜き取らそうな感覚を覚えた。


俺は直ぐに皆に声を掛けて逃げるように言うが。

「おいお前ら走って逃げるぞ! 今の俺達にはどう頑張ってもヴァンパイアは倒せない! レベル的にも装備的にもだ!」

「あぁ。確かに無理だな」

「分かってるなら早く逃げるぞ!」

俺の声にユリアは首を横に振った。


そして隣からパトリシアが震える声でこう言ってきた。

「夜の中ではヴァンパイアは人知を超えた百パーセントの力を発揮できると言われていますわ……。そんな相手に背を向けたらそれこそ一瞬で殺されますの……」

そう言ったパトリシアは握っている剣が小刻みに震えていた。

 

 ああ、ここにきてようやくユリアが首を横に振った理由が分かった。

 きっと逃げても殺される事が分かっているのだろう。


 更にタイミングが良いのか悪いのか、赤い月明かりがその少女を色濃く照らすと、少女の容姿がハッキリと確認出来た。

 髪は漆黒色をしていて、瞳はブラッドムーンのように濃い赤い色をしていたのだ。

 

 だがそんな事よりも、今の俺は少女の胸に視線が釘付けである。

 何故ならその少女の小さな体には、かなりのがたわわに実っていたからだ。


 小学生ぐらの体型だと言うのに胸サイズだけは大人級。もしくはそれ以上。

 これはマニアが見たら泣いて喜ぶぐらいの理想的な、のじゃロリなのではないだろうか。

 しかも服装は胸元が開いているタイプなのでそれも相まってかなりエロいのだ。


 俺の今の感情は恐怖感と胸をもっと見ていたいという二分された相容れない感情が混ざり合っている。

 自分でもどうしたらいいのか……分からない。


「おいユウキ! ボケっとしていないでしっかりしろ!」

「お、おう! だだ、大丈夫だぁ!」

俺はユリアに声を掛けられるとようやく、胸からの呪縛が解放されたように視線が離せれた。


 己このヴァンパイア! よもや俺を胸で魅了するとは……中々にやるじゃねえか!

 危うく死因が胸を見てたら殺られましたになるとこだったぜ!


 と、とりま早く装甲纏わないとな。

 今の俺じゃぁ豆腐を切るかの如く簡単に殺されてしまうだろう。


「いくぜ装甲! 我が深遠なる力を今こそ集約させ顕現せよッ!!」

俺はその場で自分がカッコイイと思う渾身のポーズをとりながら起動の為の言葉を吐く。

そしていつも通りに全身が光りだすと俺は装甲を身に纏った。


「うッ眩しいではないか。……それで? なんじゃその異様な見た目をした鎧は?」

装甲を身に纏う際に発生する光源にヴァンパイアは手で視線を遮ると、光が収まってから俺を見てきた。

 

 ……さてどうする? ここは素直に異界の装備とか何とか言ってハッタリ掛けて牽制するか?

 幸い相手は封印されていたヴァンパイアだ。幾分信じてくれるかも知れない。


 と言うかヴァンパイア相手にこの装甲がどこまでやれるかも俺には分からない。

 だって日本にそんな相手いなかたっし! そもそもこれの元は災害救助用だし!


 俺は周りに居る仲間に視線を向ける。

 するとパトリシアとユリアはヴァンパイアの強さを知っているのか、表情には一切の余裕がないと見える。

 

 クッ……仕方ない。ここは盛大な嘘でも言って先制を討つ!

 俺はヴァンパイアを見ながら口を開こうとしたその時……。


「ふっ! 聞いて驚きなさい! ここに居る変な物を纏った少年は神がこの世界に遣わした魔王を倒す為の勇者なのです!」

……何故か、本当に何故か、ヴィクトリアがドヤ顔を決めながら盛大な嘘……ではなくあれ?

これは本当の事だったけ?


「ほぅほぅ。そこの変な物を纏った貴公が妾のを倒す者じゃと? おぉ! 実によいではないか! 妾が封印される以前の時代でも勇者は居たぞ! その時の戦いは血肉が騒ぎ踊るような感覚じゃった。……よし、貴公が勇者であるならば妾は全力で相手をしないとな」

どうやらヴィクトリアが放った言葉にこのヴァンパイアは思いっきり反応してしまったらしい。

 

 しかも以前の時代って……そんな前から封印されてたのかよ。


 …………ちょっと待て。

 今のこのヴァンパイアなんて言った? 魔王の事を主君と言ったよな?

 も、もも、もしかしてこのヴァンパイアって魔王の配下なのか!?


 俺がそんな事を思っていると、また上空から一つのが段々とこちらに近づいてきた。

 やがてその飛翔音はヴァンパイアの直ぐ隣で止むと、その音の正体は直ぐに分かった。


「これはこれは、ちょうど良いタイミングで其方も復活したようじゃな」

「はい。遅れて申し訳ないです主様」

ヴァンパイアの事を主様と呼ぶ女性もまた同じくコウモリのような翼を背に生やしている。

見るからにと言った所だろう。


 その女性はヴィクトリアと似たような髪色をしており、目はヴァンパイア特有なのか紅い瞳だ。しかも見れば腰には銀色に輝く剣を据えている。


 実にやばい状況だってのに、それがまた数倍悪くなるとは……このチクショウがッ!

 これがもし、アニメや漫画に近い存在なら眷属もそれなりの力を持っているに違いない。

 

 ここに来て俺の不運のステータス働きすぎだろ。

 絶対殺すマンじゃねえか。


「見よジュディー。あれがこの時代の勇者という者じゃ」

「あれが勇者ですか。……えっ。本当ですか? 何か妙な物を纏っているだけの可笑しな人の間違いでは?」


 ヴァンパイア達は俺のカッコイイ装甲を見ては変な物や妙な物呼ばわりしてくるので俺はそろそろ怒ってもいいと思う。

 てか初めに言い出したはヴィクトリアだよな?

 よし、後で生きていたら俺が止めを刺しに行こう。そうしよう。




 だがこれでハッキリと分かった事がある。

 ヴァンパイア二人を相手に逃げる事はほぼ不可能に近いって事だ。

 あの羽の前で走って逃げるは愚行そのものだ。 


 ならばもうやれる事は一点突破のみだ。

 そう、戦って倒す。それだけだ。


「全員構えろッ! ここでヴァンパイア共を倒すぞ! でなければ俺達が殺されるからな!」

俺はその場にいる全員に戦闘態勢を整えるように言うと、腰からブレードを引き抜いた。


「当たり前ですよ! こっちは魔王を倒しにきた勇者御一行です! やっちゃいましょう!」

ヴィクトリアはさっきの威勢がまだ続いているみたいだ。

だけど大盾から少し顔を覗かせて言っているのが、何とも……だな。


「そうだぜ! ここで見逃したら奴らはきっと街の人を虐殺するに違いないからな! ついでヴァンパイア相手にオレの魔法がどこまで効くのか試せる最高の機会だぜ! はっはは!」

言っている事は相変わらず正しいユリアだが本音はきっと後者の部分だけだろう。


「私はこれでも聖騎士を生業とする者ですの。だから……悪なる者に背を向ける事なんて死んでもできませんわ!」

パトリシアは刀を構え直すと、このパーティメンバーの中では凄いまともで力の篭った台詞を言っていた。


 そして各々が改めて戦う意思を一つにすると、パトリシアとユリアにはもう震えと怯えはなくなっていた。ヴィクトリアはまだ若干ビビっている様子だが。


「どうやらその顔つき……貴公らは覚悟が決まったようじゃな。では死にゆく者達に最後の礼として自己紹介を述べてやろう。妾の名は原初のヴァンパイア【ローレット】の一人であり、魅惑の化身を司り者じゃッ!」

「そして私はローレット様に仕えし侍女の【ジュディー】でございますッ!」

ヴァンパイア二人は俺に劣らない程のカッコイイ決めポーズを披露しながら自己紹介を済ますと、そのままローレットはジュディーの背後に回り白い肌の首筋に牙を突き刺した。


 …………えっ? どいうことだ?

 いきなり目の前でが始まったんだけど。 

 俺達はあまりの出来事に何も言葉は発さないまま、ただその光景を見ていた。

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