4話「ブラッドムーン――中幕――」

「って事で妥協案はこれが一番だと思うのだがどうだろう?」

俺は真面目な声で三人に語りかける。

現在俺達は、四人で仲良く狭い机を囲みながら大事な話し合いをしている最中である。

 

「まあ、私は今更って感じなので何でもいいですよ」

「私もそれなら良いと思いますわ」

「オレは別にそこまで気にしないが、皆がそれで良いってなら良いんじゃないかそれで」


 俺の問いかけに三人は賛成してくれたようだ。

 そう、大事な話し合いとは俺がクローゼットで寝るか否かの決議であった。

 

 結果として俺が提案した案は朝まで皆で起きていようぜ! っといった簡単なものである。

 そうすれば、夜這いがどうのこうのと言われなくて済むしな。

 

 うむ、実に簡単。実にシンプルである。


 それから俺達は朝までどうやって時間を潰すか考えていると、ヴィクトリアがトランプのようなカードの束を取り出して、これでババ抜きをしましょうとか言い始めた。


 もちろんそんな事を言われても、パトリシアとユリアはルールが分からないので俺とヴィクトリアが優しく丁寧に教えてあげた。

 しかし、ババ抜きって……。もっと他に何かあっただろうに。




「あぁぁぁ!! 何か邪神の使い魔みたいな顔をしているカードが来てしまったぞ……」

「ユリアそれは言っちゃいけないから、ちゃんと手札をシャッフルしてからヴィクトリアに返してやるんだぞ」

二人は意外にもルールを早く覚えてくれたのでスムーズにゲームが進行していると、どうやらユリアの手元にジョーカーが渡ったようなので俺はそれとなくアドバイスをした。


「なんで私にジョーカーを送ろうとするんですかぁ!! 嫌がらせですか!? 嫌がらせですよね!!」

「それにしても……そのジョーカーとやらの絵柄を見ていると無性に浄化させたくなりますわ」

ヴィクトリアが身を乗り出して何かを言い始めると、その横ではパトリシアがパラディとしての血が騒いでいるようだった。


 そのあとも難なくゲームは進行していると、それは起こった。


『きゃーー!! だ、誰かたすけてぇぇ!!』

俺がヴィクトリアからジョーカーを引いたと同時に外からの様な物が聞こえてきたのだ。


 流石にその声を聞いて見過ごすほど俺のパーティは腐っちゃいない。

 皆は直ぐ様カードを投げ捨てると、急いで閉じていた雨戸を開けて外の状況を確認する。


「う、うわっ。なんだこれ……そこらじゅうに多種多様のアンデット達が蔓延っていやがる……」

窓から外を見渡すと至る所にゾンビやワイト、更にはグールやゴーストまでもが街中を徘徊していたのだ。


 そして俺は気がついた。外の明るさというか色味が妙に赤いことに。

 これはもしや……っと思い空を見上げてみると、やはり思った通り月の色が赤く変色していたのだ。

 

 それはまるで濃い血の色のように。

 だからブラッドムーンという名前なのだろうか。


俺はそのまま月を見て考えていると、ヴィクトリアがうわずった声で話しかけてきた。

「た、大変です! あそこにアンデット達に囲まれている少年の姿がッ!」

ヴィクトリアが指差す方に俺達は視線を向けると……そこには確かにアンデット達に囲まれて動けないでいる少年の姿があった。


「あぁ……なんてこと! いま助けにいきますわ!」

「おい! ちょっとまて!」

パトリシアが逸早く窓から飛び出て助けに行こうとしたのを、俺はすかさず肩を掴んで引き止める。


「ちょっとユウキ! 何をするんですの! まさか貴方、あの子供を見捨てる気ですの!?」

「そうだぞ! 何を考えているんだ!」

パトリシアとユリアは俺が引き止めた事に対して当然のように怒っている様子だ。


「違う。俺が引き止めたのには理由があるんだ。よく考えてみれば可笑しくないか? 子供が一人でこんな真夜中に外にいるのって」

「た、確かに……言われてみれば疑問ですわね……」

俺の言葉にパトリシアは手を顎に添えて考えるような仕草を取っている。


「そんな事は後で考えればいいだろ! 現状は目の前で子供がアンデット達に襲われそうになっているのに違いはないぞ!」

「それはユリアの言う通りだが……」

ユリアが珍しく感情的にモノを言ってくると、それが正論なだけに返す言葉が思いついかない。

そして窓から白い物体が外へと飛んで行くのを俺は視界の端で捉えていた。


 …………はあ!? 


「すみませんが私は先に助けに行きますよ! 私はこう見えても女神のヴィクトリアです! 子供一人を見捨てる事なんて絶対に出来ないので!」

 

 そう、白い物体とはヴィクトリアが俊敏に動いた時に見えた残像に近いものであった。

 ……じゃなくて!! あの馬鹿ふざけんよ! また勝手に行動しやがって!!


 ヴィクトリアは地面に着地すると大盾でアンデット達をなぎ払いながら子供の元へと向かっていく。

 くそぉ……。どうする? 俺達も行くべきだよ……な?




そうこうしている間にヴィクトリアは子供の元へとたどり着いたようで、大盾を構えてアンデット達の前に立ちはだかっている。

「少年大丈夫ですか! 超絶美貌の持ち主のお姉さんがバッチリと助けにきましたよ!」


 見るとヴィクトリアは子供に声を掛けて安心させているようだが……何だろうな。

 どこかあの子供には違和感を感じてしょうがない。

 あの子供……さっきから挙動というか行動が妙に硬いような?


「少年動けますか! さあ! お姉さんと一緒にここから逃げますよ! …………少年?」

ヴィクトリアが大盾の構えを維持しながら後ろを振り返る素振りを見せると。

「あ”あ”あ”あ”っ”!! 嘘でしょぉおぉおぉお!?」

その瞬間、ヴィクトリアは街中に響き渡ったんじゃないかと思われるほどデカい悲鳴を上げると、俺は当然何事かと思い。


「どうしたヴィクトリア! 何があった!?」

「ここ、この少年はでしたぁぁ! 少年タイプのアンデットですぅぅ!! だ、誰か助けて下さいぃ!!」

ヴィクトリアは俺の問いかけに必死に答えていた。

やはりあの子供はアンデットだったか……それで妙に動きがぎこちない訳だな。


 ってそんな事を悠長に考えている場合ではないな。

 さっきまでの威勢の良かったヴィクトリアが急に弱腰になりなやがった。

 

「よし……二人ともヴィクトリアを助けに行くぞ。本来なら戦闘何てしなくても部屋に篭っていればやり過ごせていたんだがな!」

「何を今更言ってるんですの! 冒険者は人々を守るのも仕事の内ですわ!」

「そうだぞ! それに、アンデット達を即行でぶっ倒してババ抜きとやらの続きをやろうではないか!」

俺達はそう言い合うと、窓から飛び降りて外に降り立った。


 最初に着地したのはパトリシアで、周りに集っていたアンデット達を聖属性のスキルで次々と浄化というなの名目で切り倒している。

 

 流石は聖騎士のパラディだぜ! こういう時は凄い役に立つなぁ!

 普段ならお茶の時間ですわっとか言って敵の前でお茶を飲み始めるぐらいのマイペースなやつなのに!

 

「私がここを引き受けますわ! ユウキとユリアは急いでヴィクトリアの方に!」

「「了解した!!」」

俺とユリアは背をパトリシアに任せてヴィクトリアの元へと走った。




「や、やめてぇえぇ!! 私は防御力しか取り柄のない女なんですぅぅう! 戦闘能力なんてこれっぽっちもないんですよぉぉ! だから寄ってこないで! く、来るなぁぁ!!」


 俺とユリアがヴィクトリアの近くまで行くと、ヴィクトリアは大盾をむやみやたらに振りまくっていた。

 まあ、それも無理はないだろう。

 ヴィクトリアの足には上半身だけのアンデットが親の仇のように必死にすがりついていたり、背中には先程の子供のアンデットがおんぶみたく引っ付いていたいり……。


「お、おぉ……凄い状態になっているな……」

「言ってる場合か! はやく助けるぞ!」

「そそ、そうだな!」

ユリアが魔法の詠唱を唱えながらヴィクトリアの元へと更に近づいくと、その後ろで俺は装甲を身に纏う為に例の台詞を考えていた。


 ミスったな。こんな事ならカッコイイ台詞ぐらい予め考えてストックを作っとくべきだった!

 そんな事を心の中で思っているとユリアは詠唱が終わったのか大杖を振りかざして。

「今、オレが即席で考えた広範囲の回復魔法を喰らうがいいッ! スキル『ヒールペイン・ザ・ワールド!!』」


 おい、ちょっと待て! その回復魔法で広範囲だと!? 

 そんなの絶対に俺にも影響が及ぶだろ! おいよせ辞めるんだ!


 しかしその言葉は俺の口から出る前に潰えていった。


「うぎゃぁぁあ!!」

時すでに遅し状態で俺の全身は激痛に包まれ、思わずその場に倒れ込んだ。


 だけど幾度となくこの魔法を受けてきた俺にとってそれは慣れなのだろうか。

 不思議な事に痛みはあれど、考えるという思考だけは動かせるようになっていた。

 フッ……どうやら俺の体は調教されてしまったようだな……。

 

 だがそんな事を思いつつも俺の視界には、アンデット達が次々と身を崩壊させて塵となって消えていく姿がバッチリと見えていた。

 ははっ。こんな馬鹿みたいな回復魔法でもちゃんと効くんだな。


 それから俺は気合で痛みを抑えると視線をヴィクトリアとパトリシアの方に向けた。

 あの痛みに二人は耐えれたのだろうかっという心配があったからだ。


 まあ、あれの基礎は回復魔法だし痛みで死ぬ事はないのだが、悪くて気絶ぐらいだろうな。

 そして俺は二人を交互に見ると何故か……二人の頬は紅葉色に染まっていた。 

 

「あっ、あああっ、んんん~ッ!!」

「っ、はっ……く、んぅ、くぅっ……!!」

しかも二人は地面に腰を落とすと身をよじらせて、俺とは違った悶え方をしているようだ。

悶えると言うよりもいるに近いのかも知れない。


「おいユリア。あれは一体どいうことか説明して貰おうか?」

「…………多分、女性と男性とではオレのこのヒールペインの効果に違いがあるんじゃないだろうか……。そもそも自作魔法だし何が起こっても不思議ではないな! うむ、また一つ学んだって事でオレは満足だ!」


 どうやらユリアから聞くにヒールペインは性別によって出る副作用が違うみたいだ。

 てか、さらっと自作魔法には何が起こっても……とか言っていたけどマジで大丈夫だよね?

 俺は幾度となくそれ受けてきてるんだけど。突然死んだりしないよね……?



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「な、何とか無事に助かりましたぁぁ……。本当にありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございますぅぅ!!」

「気にすんな。それよりも今度からは相手をよく見てから行動に移せよ?」

ヴィクトリアは謝りながら何度も何度もお辞儀を俺達に見せている。

よっぽどアンデット達に掴まれたのと子供タイプのアンデットが怖ったのだろう。


「もう! それより何ですのあの魔法は一体! 軽く体がフワフワしちゃいましたの!」

「あっ。わ、私も! 恥ずかしながらフワフワしちゃいましたよ! どういう事ですか!」

パトリシアとヴィクトリアは顔を火照らせながら、ユリアにグイグイと責め立てている様子だ。


 それにしてもこれで、取り敢えずは一件落着だろう。

 ユリアの魔法で粗方この辺一帯のアンデット達は強制的に成仏した訳だしな。


「おーいお前ら。そんな卑猥な会話を外でしていないでさっさと宿に戻るぞ」

「「「ひ、卑猥じゃないやい!」」」

俺が三人にそう声を掛けると皆は慌てふためいている様子であったが、変な事にそこへが戻ってきた。


「おやおや。貴公らは何処に帰ろうとしているのじゃ?」


 その声は女性のものであろうか、から聞こえてくる。

 俺達は不思議に思い全員で空を見上げると、そこには――――。

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