2話「来るべきブラッドムーン」

「あぁー。何もしないで一日が過ぎていくほど楽な事はないな。強いて言うなら寝すぎて頭が痛いけど」

今日も俺は宿屋の自室にてベッドの上でゴロゴロと転がりながら、ぐうたらな生活を送っていた。

そして、ふと顔を横に向けると。

「あれ? ヴィクトリアはどこ…………あぁそうだった」

確かアイツは朝早くからギャンブルをやりに行ってくるとか言って、街へと出掛けて行ったんだっけ。

 この様子だとまだ帰ってきてないようだな。

 んー。俺の体内時計が昼頃を訴えているような気がする。

 

 だとしたら、そろそろあの二人が俺に小言を言いに来る時間だな。

 俺は部屋の扉をじーっと見ているとドタドタと階段を登ってくる足音が聞こえてきた。

 やがてその足音は俺の部屋の前で止まり、扉が勢い良く開かれた。


「あら起きていたんですのね! ちょうど良いですわ、今日こそクエストに行きますわよ!」

「そうだぞ! クエストに行くぞ! オレはそろそろ魔法が溜まりに溜まって暴発してしまいそうっだ!」


 昼間っから元気なパトリシアとユリアは、俺が引きこもり生活を初めてから毎日この時間にクエストに行こうとやたら誘ってくるのだ。


 まあ、それには理由があるのだが……。


 ここ最近の俺は、飛竜の討伐で儲けた金のおかげで小金持ちとなり、滅法クエストに行く回数が減っていたのだ。

 パトリシアとユリアも最初はなんだかんが言いつつも、俺と同じく起きては飯を食って寝るという、ぐうたら生活を送っていた訳なのだが、それも三週間ぐらい経過すると二人は口を揃えて「飽きた! そろそろクエスに行きたい!」っと言い出し始めたのだ。


 もちろん俺とヴィクトリアは反対した。

 だって金があるのに何故、態々自分の身を危険に晒してまでクエストに出向いて金を稼がないといけなのか。

 言っちゃあ何だが、俺はアウトドア派よりインドア派なのだよ。


「あのなぁ。そんなにクエストに行きたいなら自分達だけで行ってこいよ。俺は何と言われてもここから動く気はないぞ」


 そうだよ。そんなにクエストに行きたいなら二人で行くか、ギルドで臨時の仲間でも募集すれば良いのに。

 何で俺と一緒に行きたがるのに拘るんだ?


すると、ユリアとパトリシアは俺に向かってこんな事を言い始めた。

「このまま金が尽きるまで宿に引きこもると言うのならオレにも考えがあるぞ。今からユウキに複数の呪い魔法を掛けて、心の底から許しを請いたくなる程の激痛と苦痛を与えてやろう」

「あら良いですわね! ついでにこの引きこもりの性格が吹き飛ぶぐらいのショック療法になるかも知れませんわ」

二人はそう言うとジワジワと俺に近寄ってくる。


「わ、分かったよ! ちゃんとクエスト行くから杖を下ろせ! 杖を! あと、パトリシアは何で縄を持っているんだよ」


 さすがに魔法を自分で作る賢者が呪いという言葉を口にすると、何か重みがあるというか実際にやってきそうで怖い。

 というよりも既にもう、掛けられている状態だけどな。


 だがまぁ、俺のぐうたら生活もここらが潮時なのかも知れないな。

 パーティメンバーに呪いを掛けられて人格を破壊されたら洒落にならないし笑えないぜ。


「これはユウキが急に逃げ出すかも知れないから、事前に縛っておく為の縄ですわ!」

「別に逃げやしないけど」

「……いいから、私に大人しく縛られてなさいッ!」

パトリシアは持っていた荒縄をグルグルと巻きつけていくと、俺は黙ってなすがままになっていた。

抵抗しても面倒いだけだしな。それに俺は気づいてしまったのだ。


 パトリシアって誰がどう見ても美少女なのだ。

 そんな美少女が縄で俺を縛ってくれる……そう、これは一種のご褒美的ななのではないだろうか。


 それに妙なプレイ感があるのは否めない事だ。

 差し詰め【女騎士の縛りプレイ】と言った所だろう。


 フッ……どうやら俺は引きこもり生活を送っている間に何かが歪んでしまったらしい。

 ま、別にいいんだけどさ。


「それよりヴィクトリアの姿が見えないんだが、どうした? 出掛けているのか?」

「あぁーそうだぞ。アイツなら朝早くから街の方に行って、未だに帰ってきてないぞ」

俺が縛られている所にユリアが聞いてくると、何となく察しがついたのか微妙な表情を浮かべていた。

 ヴィクトリアのギャンブル好きは既にパーティの全員が知っている事だ。


 と、そこへまたもや階段をドタドタと駆け上がってくる足音が聞こえてくる。

 その足音の正体が誰かは分かるのだが……この手のドタドタ音が聞こえてくる時は碌でもない時の確率の方が大きい。


 あぁーやだなぁ。

 これ以上面倒事を増やさないで欲しいなぁ。


 その忙しない足音が部屋へと段々近づいてくると…………やはりそこに姿を現したのはギャンブルをしに街の方へと出ていたヴィクトリアであった。

 何故か大泣きしているのが訳わかんないけど。


「あぁぁぁ!! ユウキぃぃいい!! お金貸してくださいぃぃ!」

「……はあ? いきなり言われても嫌に決まっているだろう」

泣きながら部屋に現れたヴィクトリアは早々に俺に金をせびろうとしているらしく、パトリシア達には目もくれないで一直線に近づいてきた。


「ぐすっ……何でですかぁ! 私達仲間じゃないですか!! ここぞという時は協力すべきですよぉぉ!!」

「こういう時だけ仲間を強調するなよ。あとまずは理由を話せ、じゃないと何も分からんだろ」


 まぁ、大体の理由は察しがつくがな。

 どうせギャンブル関係か、飯の食い過ぎで持ち金が尽きたのだろう。


「じ、実は……大博打を打ちましてね? それに勝ったら一生遊んで暮らせるような大金が手に入るの筈だったんです。私はパーティの皆を楽させてあげようと、それはもう本気で挑みました! ……ですが結果は全部ボロ負けで、有り金全部溶かしてしまいましたぁ……。あと少しで身包みはがされてエッチなお店で働かされる所でしたよ……」

「色々とツッコミ所があるんだが……まあいいか。というよりお前って超幸運の固有ステータス持ってなかったっけ?」


 ヴィクトリアには俺と正反対の固有ステータス。超幸運が備わっている筈だ。

 だから、賭け事や何かしら運が関係する事には滅法強い筈なんだが……。


「そうなんですよ! 可笑しいんですよ! ここ最近、全然幸運を感じたりしないんですよ! ……やっぱりが近いからなんですかね?」

「あの日?」

ヴィクトリアが最後に放った「あの日」という言葉に俺は首を傾げていると、パトリシアが照れくさそうに口を開いた。

「ユウキ、女性が言うあの日というのはアレですわよ。俗に言うですわ」

「あーっなるほど……」


 俺はこれ以上聞くのを辞めた。聞くと生々しい事が返ってきそうで怖いからな。

 というか、女神でもちゃんと生理ってあるんだな。

 知らなくても良い知識がまた増えたぜ。

 

 だがしかし……それが理由で固有ステータスの効果が削がれるのか……。

 うーむ、これは結構深刻な問題かも知れないな。

 遠征クエストに行った際にメンバーが生理で動けなくなったら正直キツイ。


 前もって三人にはいつ来るのか聞いといた方がいいのかも知れないな。


「だからぁぁあ!! お金貸してくださいぃぃ!! もしくはクエストにい”き”ま”し”ょ”う”お”お”!」

ヴィクトリアは再び俺に顔を近づけてくると、後ろでパトリシアとユリアが薄い笑みを浮かべているのに気がついた。

恐らくこれで確実にクエストに行けると思ったのだろう。


「落ち着けよヴィクトリア。金は貸せないが、今からギルドに行ってクエストを見ようと思っていたんだ。だから安心しろ」

「本当ですか! やったぁ! ……ってなんでユウキは縄で縛られているんですか? プレイの最中でしたか?」

ヴィクトリアは近づけていた顔を俺から離すと、今更かよっとツッコミたくなる事を言ってきた。

「これはプレイとかではないぞ。あと縄についてはパトリシアに聞いてくれ。俺は何もしていないに縛られた純然たる被害者だ」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 こうして俺達はクエストを見にギルドへと向かった。

 その道中、俺が縄で縛られている事が関係しているのか通行人の目がやたら痛かった。

 美女三人に挟まれて尚且つ縄でしばられて昼間の外を歩かされるって……日本のAVでそんなのを見た気がする。


 別にそんなで俺は興奮しないぞ。むしろ逆だ。

 俺が縛ってヴィクトリア達をXXXしたいぐらいだしな。


そして俺達は現在、クエストの提示版と睨めっこしている状況だ。

「さて? 何か良さげなクエストありそうか?」

俺はパッと提示版を見るとヴィクトリア達に視線を向けた。


「色々とありますね! これはまだ他の冒険者達がお金を使い切ってない証拠ですね!」

「確かに……掘り出し物のクエストいっぱいありますわ」

「オレは何でも良いぞ~。ヒーラーは何処でも付いて行き、仲間を癒すだけだからな」

三人は食い入るように貼りだされているクエストを見ているので、俺はそっとその場から離れた。

 勘違いしないで欲しいが、別にここで三人を置き去りにして帰るとか思っていない。

 俺には気になる事があるのだ。


 このギルドに来てから、いつものお祭り騒ぎのような賑やかさが何処にもないことを。

 何ならギルドに居る冒険者は数人と言った所だろう。

 そして受付の方に視線を向けると、いつもは五人ほど居る受付のお姉さんがいまや一人だけである。

 

 これは絶対に何か起きる予感しかしない……。


すると後ろからヴィクトリアの馬鹿みたいな悲鳴が聞こえてきた。

「嘘ぉぉぉお!? そう言う事だったんですかぁぁぁ!!」


 どうやら俺の勘は当たりそうだな。


「どうしたんだよ? そんなアホみたいな声を上げて」

「これです! これを見てください!」

ヴィクトリアが指差す方を見ると、そこには何時ぞやの真っ黒い紙に赤字で書かれた【ブラッドムーン】の紙が貼られていた。


 だから、これが一体どうしたんだよ?

 前にもこのブラッドムーンってのはエリク達から聞いただろうに。

 もう忘れたのか?


「私とした事が迂闊でしたわ……。百年に一度訪れる事からてっきりその日を忘れていましたの……」

「オレもすっかりと忘れていたぜ……。まさかその日が”今日の夜”だったとは……」


 二人の会話を流し聞きしていた俺だが、ユリアが言った「今日の夜」って言葉だけはしっかりと耳に入ってきた。


「ま、マジで?」

俺はブラッドムーンの紙を一字一句くまなく見ていくと……それは確かに今日の夜からと書かれていた。

そしてその瞬間、ギルドに人が少ないと理由を俺は知ってしまった気がする。

 

 ……そうか、だからこんなにも人が少ないのか。

 受付の人と冒険者を最小限で抑えて残りは皆、ブラッドムーンに備えて家や宿から一歩も出ていないんだな。


 いやでも、街には結構の人が居たけどな?

 もしかしてここの冒険者って意外とビビリなのか?


「あぁぁぁぁ!? どうしましょうぅぅぅう!! 今夜アンデッドのパレードが開催されちゃいますぅぅ! ねえぇえ! どうするのぉぉぉ!?」

ヴィクトリアは頭を抱えて壊れたラジカセのように叫び繰り返している。

ブラッドムーンより目の前に居るコイツの方が怖い。


 だがまぁ、確かに夜中にアンデッド達が徘徊し始めるとなると少し怖いのは同感だ。

 最悪の場合アンデッド達が扉をぶっ壊してきて部屋に入ってくるとかも予想できる……。


 あっ……駄目だ。

 想像したら俺も怖くなってきた。


「ど、どうしよう」

俺は自分の意思とは関係なく両足が小刻みに震えているのが分かる。

すると、目の前ではヴィクトリアが急にパトリシアとユリアの手を握り初めて。

「パトリシアあぁぁ! ユリアぁぁあ!! 今夜だけ一緒に居て貰えないでしょうかぁぁ! お願いし”ま”す”す”す”!! ユウキは縄で縛ってクローゼットに入れておきますからぁ!!」


 おい、ちょっと待て。

 勝手に宿に呼び込んどいて家主ならぬ宿主の俺がクローゼットってどういう事だよ。

 しかもまた縄で縛られるのかよ! いや、いまも縛られているけどさぁ!


「そんなに泣かなくても一緒に居るから大丈夫ですわよヴィクトリア。どうせ今からクエストに出たとしても、帰りは夜になるでしょうから。そうすると無論、ブラッドムーンの時間にぶち当たりますわ。いくら聖騎士の私でもアンデッドの群れとは戦いたくないんですの」

「そうだなパトリシアの言う通りだ。ついでにオレはヴィクトリア達とも寝てみたかったら構わんぞ! あ、別にイヤらしい方の意味じゃないからな」

この二人はどうやらお泊りに来る気、満々のようだ。

はぁ……。だけどヴィクトリアお前はナイスだぜ。

 

 聖騎士のパトリシアがいれば何かあっても何とかなるだろうしな。

 それにアンデッドは回復属性に弱いとういのは鉄板だろう。多分だけど。


 つまりこの二人が入れば、あの宿は無敵の布陣と言える!

 であるならば、クローゼット監禁ごとき乗り越えてみせようではないか。




 俺達はこのあとの段取りを決めると、ギルドで一旦解散となった。

 パトリシア達は何やら荷物を纏めたら再び俺達の宿に訪れるようだ。

 恐らく聖水とかの対アンデッド特攻用の武器を持ってきてくれるのだろう。


俺とヴィクトリアは急ぎ足で宿屋に戻ると、自室へと向かい椅子に腰を下ろした。

「よしよし、これなら夜間も安心して寝れるな。何がアンデッドのパレードじゃ! こちとら聖騎士とサディスト賢者が居るんだぞ! 無敵無敵はっはは!」

「そうですよ! これなら安心ですね! あとは二人が来るのを待つのみです!」

俺とヴィクトリアはすっかりとブラッドムーンへの恐怖は消え去り、二人が宿に到着するのを待っていた。

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