第11話 マスコミの対応を全部押しつけられた。意味がわからない(side迫川)

 週刊格闘倶楽部クラブ五月二十二日号の巻頭記事は、先月行われたあずさの引退試合のゲリラライブ配信についてだった。


 梓は今は気分が乗らないから、と、あの多くの格闘ファンを巻き込んだ試合の経緯と顛末てんまつの説明を迫川はざかわに全部押しつけた。


「我ながら、うまく答えたな」


 ページをめくり、記事を読んでみる。インタビュー式の一問一答の内容が見開き三ページにも渡って載せられていた。


◇     ◇     ◇


 四月某日ぼうじつ。週末の飲み会をしていた編集部の携帯電話に一斉に連絡が入った。


千両梓ちぎりあずさが試合のライブ配信をやっている」


 我々編集部はすぐさまタブレットでその試合を観戦した。高校生とは思えない長身の空手家を相手に戦う千両ちぎり選手は、今までのどんなタイトルマッチよりも生き生きとした表情で戦っているように見えた。


 今回はその一部始終と経緯について、我々は迫川トレーナーから話を聞けることとなった。


——今回の引退ゲリラ試合はいつから計画されていたんですか?


迫川 実はライブ配信をすることは一週間ほど前に急遽きゅうきょ決まったんです。梓本人にも内緒でした。計画を隠すのは大変でしたよ。試合に集中するためにネット環境を断て、って普段は言わないことを言ってごまかしたんですが、素直に聞いてくれてよかったです。


——そもそも今回の対戦相手はアマの高校生だという話ですが、どうして選ばれたのですか?


迫川 実は二人は以前に対戦経験がありまして。昨年の十二月にテレビの企画で高校生がプロに挑戦するというものがあったんです。その際は、事前の説明が足らず、ウェイト差二五キロのエキシビジョンマッチという形になったんですが、梓は負けた、と思ったようです。


——つまり、リベンジマッチだったと?


迫川 そうですね。梓は皆さんご存知の通り、TS病の罹患りかん者で、男の体にTSして格闘家として活動していました。この病気は十八歳から二十歳の間に治り、どちらかの性で固定されると言われています。その前にどうしてもきちんと戦っておきたかったのでしょう。


——なるほど。相手はアマチュアでも実績のない選手でしたが、展開は白熱していましたね。セコンドとしてはどのような作戦を考えていましたか?


迫川 体格差のある相手ですから、グランドの勝負に持ち込もうと。スタンディングでの打撃が好きな梓でしたが、すんなりと受け入れました。それだけ勝ちたい相手だったんでしょう。


——普段の試合では見せないタックル。馬乗りマウントポジションをとっての打ち下ろしパウンドは新しい可能性を見せてくれる動きでした。


迫川 勝ちたいという意思が出ていました。相手も不意をつかれたようで最初こそ決まりましたが、パウンドを首をひねってかわして、ブリッジで抜けてくるなんて。身体能力の高さに驚かされましたよ。


——結局、最後はお互い立っての勝負になりましたね。


迫川 梓もそれを望んでいましたからね。しかし空手家の正拳突きの威力っていうのは本当にすごいですね。梓も相当なトレーニングを積んできていたんですが。残念でした。


——最後に。かなり急いでカードを組んだ印象ですが、千両選手はTS病が治ることについて予感があったんでしょうか?


迫川 いいえ。まだ謎の多い病気ではありますが、そのようなことは聞いていません。ただ男になるか女になるかを問わず、心残りのないように過ごしたかったのだと思います。先日発表されたように、モデルとしても『fineフィーネ』と題した写真集を撮っていたようですから。


 迫川氏は丁寧に回答をくれたが、千両選手への直接の取材については「本人もまだ気持ちの整理をしているところなので」と応じてはもらえなかった。


 千両選手は、格闘技関連のマスコミ各社に下記のような直筆報告を一斉に送っている。


『私、千両梓は本日先天性性転換症候群せんてんせいせいてんかんしょうこうぐんの完治が確認され、女性として今後の人生を歩んでいくこととなりました。これに伴い格闘技を引退し、モデルに専念させていただきます。今までたくさんの応援ありがとうございました』


 取材班は千両選手を突撃しコメントを求めた。ほとんどの質問には答えてもらえなかったが、一つだけ「今後やりたいこと」について問うと、微笑みを浮かべてこう答えた。


「せっかく女性になったのですから、私の理想の男性と素敵な恋をしてみたいですね」


 強さこそ男の理想と自分に課し、公式戦無敗のままリングを去った。文字通りの乙女のハートをノックアウトする相手は、今後果たして現れるのだろうか?


◇     ◇     ◇

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