心拍数が上がると女体化する幼馴染が最近俺の顔を見るだけでTSする。意味が分からない
神坂 理樹人
第1話 マラソンすると女体化する。意味がわかる(side虎徹)
脇の桜もだんだんと花が落ちてきた校門を抜けて学校の敷地に入ると、小さな悲鳴が上がった。
「まだ数か月はかかるな」
虎徹は去年入学したばかりの頃を思い出してため息をつく。
実家の空手道場で鍛えた筋肉質の体。背はついに一九〇センチを超え、大台が見え始めている。半袖のワイシャツから伸びる腕にはまだ十六歳でありながら、数々の激闘を思わせる古傷がある。誰にもそう見えた。
実際は川でおぼれている子どもを助けたときや迷子の犬や猫を保護するときにつけられたものがほとんどだったりする。
だが、そんな事情は口下手な虎徹から説明できるはずもない。
できることは父親譲りの鋭い三白眼で威圧し蹴散らすことだけだ。
虎徹はそんな自分の外見が嫌いだった。
「一限は体育だったな」
教室に向かい、教科書の入ったリュックサックを自分の机の上に置き、一階の更衣室へと向かう。その廊下で虎徹はよく覚えのある友人の姿を見つけた。
二人の男子生徒に壁に押しつけられるように迫られている。さらさらと流れる色素の薄い茶髪が
「なぁ、
「これからどっちで着替えるんだ?」
下世話な話題に答えを窮していた友人がこちらに気付いて顔を向けた。
丸く大きな黒目の瞳が長いまつ毛の奥で潤んでキラリと輝いた。助けて、と言わなくてもその訴えを虎徹はすぐに理解できる。
「おい、お前ら」
わざとらしく足音を鳴らして声をかける。
「げぇ、伊達崎!」
「逃げろ!」
虎徹の顔を見た男子生徒は、虎徹が次の言葉を発する前に全力で逃げていった。
「大丈夫か、
「うん、虎徹は僕の考えてることがよくわかるね」
「何年一緒にいると思ってるんだ。お前はわかりやすいからな」
「そんなことないもーん」
頬を膨らませながら理佳と呼ばれた男子は、虎徹の腕に抱きついた。
いつもからかわれる理佳を虎徹が自慢の目と体で守る。その時だけ、虎徹は自分の外見が好きになれた。
「早く着替えないと遅刻するぞ」
「うん。でもみんながいなくなってからにするよ」
「……そうだな。遅刻するときは一緒に遅れてやる」
虎徹は理佳の頭を軽く叩く。二人はゆっくりと一階へと向かった。
「今日の体育、マラソンって言ってなかったか。見学した方がいいんじゃないか?」
「今日は走りたい気分だからやる。心配しないで」
「そうは言うけどな。お前は大丈夫でも周りが」
「もし周りが何か言ってきたら、虎徹が守ってくれるでしょ」
理佳はそう言って虎徹の背中を勢いよく叩く。だが非力な理佳では虎徹は痛くもなんともなかった。
ギリギリで着替えを済ませ、校庭に向かうと体育教師が笛を鳴らして整列を呼びかけているところだった。
「授業始めるぞー」
校庭に並べられて、笛が鳴る。クラスの男子十八人が一斉に校庭のトラックを走り始める。
「ぜぇー、ぜぇー」
「おい、無理するなよ」
校庭十周という授業というよりも罰に近い内容に、すっかりと理佳は疲れ切っていた。声をかけた虎徹からはすでに二周遅れになっている。
毎日の空手の稽古はもちろん、夏冬には山ごもりもする虎徹にとって、まっ平らなグラウンドを走るくらいなんてことはない。だが、理佳にはそうもいかなかった。
「もう、無理」
絡まった足に抵抗できないまま、理佳が地面に倒れる。虎徹は慌てて助けにいく。抱き起こそうとして触れた体の柔らかさに、虎徹の心臓が跳ねた。
「おい、理佳」
「えへへ、やっちゃった」
さっきまでより少し高くなった声。顔を見るとさっきよりもさらに長くなったまつ毛が玉のような汗を先端に
「今日、着替えは」
「教室のバッグの中」
「わかった。後で持っていく」
虎徹はさらに細くなったように感じる理佳の体をお姫様抱っこで抱え上げる。そして、遠くに立っている体育教師に叫んだ。
「先生、理佳が女になったので、保健室に連れていきます」
大声が聞こえた体育教師は答える代わりに両手で頭の上に大きく丸を作った。
「もう、みんな心配性だなぁ」
「お前が気にしなさすぎるんだ。お前の病気はまだわからないことだらけなんだぞ」
虎徹の腕の中で暴れまわる理佳は元気そうだが、虎徹は幼馴染の体調が心配で仕方なかった。
心拍数が上がると体が性転換してしまう、という奇病で激しい運動などをするとこうして体が女になってしまうのだ。
発症の原因は不明。治療法も不明。わかっていることは成人あたりで自然に治るということだけ。サンプルが少なく健康に影響が出るかもわかっていない難病だ。
「大丈夫。僕の体のことは僕が一番わかってるから」
「でも、用心に越したことはない」
虎徹は暴れる理佳を押さえながら、保健室へ向かった。
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