マルス・ダークブレード

シャルルードーブルゴーニュ

第1話

雲海に広まる山々が雲を突き抜け、その山脈の渓谷にある新大陸の入り江に隠れ里を築いた一族がフェルブレード家である。

山々が渓谷に影を落とすその土地柄に加えて、渓谷の底では気温が冷たく一族は魔術の王から出奔した恐怖心から、一族や家臣の心には暗い心が根付いてしまったのだ。


 当主グレイフ・フェルブレードは通告を飛ばし、一族や臣下または奴隷に至るまでの心構えを説いた。

"暗い人物は罰するに値する。明るい気持ちを持って前向きに生きよ"

その発言により、地域社会でダークいという称号は、耐え難い蔑称として定着するようになっていった。


 グレイフ・フェルブレードの弟ハル・カロンドにより、地域の探索が行われた結果は、州の地域の大部分が影の支配する冠水地である事も判明し、この地方の名は

”ハル グレイフの黒い氾濫原”とした。

調査の結果は氾濫が発生しやすい土地柄でありながら、陽の光が入る時間が少ない為農耕には適さない貧しい土地であった。

その代わり山々で防衛したり、待ち伏せ戦闘するには最適な土地であり、魔術の王の懲罰部隊を迎撃するには最高の立地であった。


 グレイフ・フェルブレードの小さな子マルス・フェルブレードは、父にクレームを言いにやって来た。

グレイフ・フェルブレードの弟であるハル・カロンドの娘アリサが、マルス・フェルブレードが魔術について理解できない事を馬鹿にしているとの事だ。

グレイフ・フェルブレードは困った顔をしながらマルスを諌めるように叱った。


"カロンド家に不満を持ってはならぬ。意見してもならぬ。不興を買ってはならぬ。"


 マルス・フェルブレードは憤慨した!なぜ当主の跡継ぎである自分が、親戚に媚びへつらい、不敬な行いに寛容しなければならないのかと。

グレイフ・フェルブレードはマルス・フェルブレードを抱きしめながら、髪を撫でてマルスの気持ちを鎮めた。

艶のある癖のない黒髪の長髪、オニキス色の瞳、色白の肌に整った顔立ちの我が子。

撫でている手は、豆とささくれ立った武骨な武人の手であり、剣を振るう事しか出来ない男の手であった。


"アスール相手に敗北し、出奔するなんて我が家の威信は地に落ちた!”


 マルス・フェルブレードは父の手を払い除けて出て行ってしまった。

フェルブレード家は、代々戦場で剣を振るう事に長けた軍事力を有する一族である。

その献身と功績により魔術の王に認められ、武装貴族ドレッドロードの仲間入りをした。

なぜ出奔したのか?

2度に渡る継承戦争の敗北。2000年間続く戦争と闘争。それに敗戦に対する懲罰が耐え切れ無かった。


 冬の凍てつく風がカァァラと鳴り響き、ハル・グレイフの入り江に吹き抜ける。

不吉な音の正体は何処かに空洞があるのか?それとも怪物か亡者のうめき声なのかは定かでは無い。

ハル・グレイフの統治者グレイフ・フェルブレードは、領地運営のアドバイスを求める為に有力な一族の代表者を招集した。

統治者グレイフは皆の前で宣言する。

”老人の為に我々は死ぬのを辞めた。家族そして自分の幸福や利益を求める為に”

老人とは魔術の王の事であり、2000歳を超えている。

王の権利の為に先祖代々ここに居る皆は戦って来たが、その魔術の王を見限ったのがここに居る連中である。


 ”先祖代々の土地を回復する事に一旦見切りをつけて、今居る新大陸を開拓して自分たちの利益を手に入れよう。”

グレイフ・フェルブレードの提案に協賛して人が集まり、怒り狂って裏切り者を皆殺しにやって来る魔術の王に、対抗するためにお互いに連合を結成したのである。

その開拓の拠点に最適な場所がここハル・グレイフなのであった。


 ハル・カロンド。

グレイフ・フェルブレードの弟であるハル・カロンドは、カロンド家に婿養子に出ており外交官の一族であるカロンド家は、コネクションや家柄に優れた名家である。

ナガロス王朝の家系でもあり、ナガロス王国は原初の王国である。

また、魔術の王はナガロス王国の皇子であり長男でもある。

カロンド家は新大陸の玄関先に、カロンド・カルという収集拠点を築いている。

カロンド・カルは食料から奴隷、海賊が手に入れた財宝から、海外で手に入れた怪物モンスターまでありとあらゆる欲望と富が集まる場所である。

ハル・グレイフはカロンド・カルと内海を通じて接続しており、物資の交易のし易さから、この場所に拠点を造ったと言っても過言では無いのである。


"ハル・グレイフに鉱物資源が眠っているか調査するべきだ。ドワーフや山師の奴隷を手配しよう”


 ハル・カロンドの議場での発言は好感を得ていた、山脈に囲われた盆地のハル・グレイフなら、何かしらの鉱物資源が眠っていても不思議ではない。

その資源調査に最も優れた鉱夫であり、採掘師のドワーフを起用するのも問題ない。

だが、ひとりだけ不満をあらわにし、ハル・カロンドの議席まで近づくと、"ドン"と机に両手の拳の打ち付けて、ハル・カロンドをぎらついた眼で睨みつけた者が居た。


"私の目は見開いているぞ叔父よ”


 マルス・フェルブレードの突然の登場に、ハル・カロンドの思考は停止し、茫然としてしまった。

だがすぐに我に返ると無礼なこの子供を叱責しようと叫ぶ前に思いとどまった。

(子供相手に大人げなく罵倒するのは自分の価値を下げるのではないか?)→

(金貨150枚も価値のあるドワーフを供出する自分の貢献に何の不満がある?)

→(しまった!いきなり稀少なドワーフの奴隷をつぎ込んで投資するという事は、稀少な資源が存在するという事を告白してしまうようなものではないか?)→

(マルスめ、まさかあの存在に気付いていたのか?)


”マルス君は私の娘に馬鹿にされた事をまだ怒っているようだ”


 ハル・カロンドはマルス・フェルブレードの肩を掴むと、”同い年の友達を紹介してあげよう”と言いながらマルスを会議室から連れ出した。

そうして3人の子供をマルス・フェルブレードに紹介すると去って行った。

アリサ・カロンド、ラスカル・カロンド、ロキーア・フェルハート・カロンドの3人が、マルス・フェルブレードと初めて会合した瞬間であった。


 ”カロンド家の血はどの一族よりも高貴で貴い事を知らないようだな?マルス”

ロキーア・フェルハート・カロンドは腕を組みながら、この愚か者をどう教育してやうか考えていた。


 ”貴様の事は知っているぞ。ロキーア・フェルハート!稀少なブラックアークを沈められた無能一族だろう?消え失せろ、海賊風情コルセアめ”

右を見ても左を見てもカロンド、カロンド、カロンド、無能な家の連中が幅を利かせいる。

この時マルスは苛立ちを持って理解した、アスール相手に戦争で負け続ける原因は、無能なカロンド家のせいであるという事が。


 ”決闘フェーデだ”

ロキーア・フェルハート・カロンドの宣言により、マルス・フェルブレードとロキーア・フェルハート・カロンドとの決闘フェーデが決行された。

決闘の噂は娯楽の無い集落のせいで、瞬く間に広まり、フェルブレードの派、カロンド派の軍勢が一堂に会する事となった。


 フェルブレード派。

フェルブレード派とは、武闘派貴族ドレッドロードの集団であり、重武装騎兵による敵の粉砕を行う武術の達人集団であり、特に有名なのはエボンクローの騎士団であり、本国ウルスアン悪意デーモンの氾濫から救った英雄でもある。

第11代総長のバルデク・エボンクローは、決闘フェーデの成り行きを見届けようと、団員及び武闘派貴族ドレットロードに召集をかけた。

漆黒の全身防具に身を包み、暗黒漆黒馬ダークスティードに跨がった屈強な武人総勢15名が横列陣形にて鎮座した。


 ロキーア・フェルハート・カロンドと、マルス・フェルブレードが対峙し決闘フェーデが開始された。

マルス・フェルブレードは先手必勝とばかりに、遮二無二しゃにむにに突っ込んでいくと、右手に持ったロングソードで相手を袈裟切けさぎりにしようと振り下ろしたが、ロキーア・フェルハート・カロンドは難なく躱して見せた。

その後、マルス・フェルブレードは一方的ななぶり切りにされる事になった。

マルス・フェルブレードは反撃しようと試みるも、二刀のカトラスを操るロキーア・フェルハートに軽くあしらわれ、マルス・フェルブレードは地面に膝をつける事となった。


”ロキーア・フェルハート。刀を治めよ”


 ひとりの若者がロキーア・フェルハートに命じると、ロキーア・フェルハートはカトラスを治めると、その若者に頭を下げ続けた。

”カロンド家次期当主のラスカル・カロンドと申します。マルス・フェルブレード殿、此度こたびのロキーア・フェルハートのご無礼をお許しくださいませ”

ラスカル・カロンドはマルス・フェルブレードに、申し訳ありませんでしたと頭を下げた。

ラスカル・カロンドは頭を下げながら、このマルス・フェルブレードという男について思案した。

剣の腕は特出したものは無く並であり、暗黒魔術を使いこなせる技量もない。

ただし、子供の喧嘩の決闘フェーデに重武装の武装派貴族ドレッドロードが大挙として集まるという事実が、マルス・フェルブレードの一番の強みなのだろうと評価することが出来る。


”若!海賊風情コルセアに負けるとは情けない…。精進が足りない証拠ですぞ!”

フェルブレード家の家老であるバルデク・エボンクローは、マルス・フェルブレードに劇薬を渡すとマルス・フェルブレードは劇薬を刀傷に塗り始めた。

”黙れ。バルデク!私はまだ本気を出していない”

武装貴族ドレッドロードは、ありとあらゆる弱点を嫌う傾向にあるという。

彼らは弱い肉体の体質自体を嫌い身体組織を改編させる、劇薬や魔術を駆使してでも苦痛、または毒や快楽と言った欠点までも克服する肉体を手にするという。


 ラスカル・カロンドは、まさかマルス・フェルブレードに無視されているのでは?と不快な思いに駆られていた。

何故マルス・フェルブレードは、神童とも評されカロンド家次期当主たる、このラスカル・カロンドを無下に扱うのか?


”マルス殿!”



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