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日本には「卒業ソング」と呼ばれる楽曲が数限りなくある。俺も学校の卒業式では「旅立ちの日に」を歌ったものだが、親の世代は「蛍の光」だったらしい。
JPOPでも昔から卒業をテーマにした曲は多い。というのも、卒業ソングが当たって定番となれば、卒業式の時期に必ず取り上げられることになるからだ。似たようなパターンでは「クリスマスソング」がある。これも当たればクリスマスの時期に必ずメディアや街で流れることになる。
このように、何らかのイベントに紐づけされた楽曲はそのイベントの時期に耳にすることが多くなるので、ミュージシャンにとっては実に美味しい。結婚式ソングやバレンタインデーソングも増えてきているし、七夕ソング、ハロウィンソングなんてのもある。そのうちお盆の墓参りソングとか夏至、冬至ソングなんかも登場するかもしれない。そんな曲を作る気は、俺には毛頭無いが。
それはともかく。
俺がメジャーデビューしたのは五年前。大学在学中に大手レーベル主催の新人オーディションを受けて選出され、メジャーデビューに至った。そして、デビュー曲「卒業」が、いきなり大ヒットとなった。
高校の卒業式で、好きだった女の子に告白できず、そのまま別れてしまった思い出を歌にしたのだが、瞬く間にダウンロードチャートを駆けあがり、十週連続トップ。リリースしたのが三月で、主題歌としてタイアップしたテレビの青春ドラマがかなりヒットした、というのも功を奏したのだろう。
俺は一躍JPOPスターの仲間入りを果たした。大学はなんとか卒業したが、就活は一切しなかった。そもそもする必要がなかった。既に新卒の初任給をはるかに上回る金額の歌唱印税を手にしていたのだから。よって俺はそのままレーベルと契約し、プロのミュージシャンとなった。
テレビの音楽番組にも出たし、屋外フェスでは花形だった。わずか数か月前まで駅前の広場でギターを抱えて弾き語りしていた、というのに。
こうして俺の「卒業」は見事に卒業ソングの定番となった。
しかし、それ以降の俺は全く鳴かず飛ばずだった。
セカンドシングルはデビュー曲の半分も売れなかった。いや、それはまだいい方だ。シングルをリリースするたびに売り上げは落ちていった。アルバムは「卒業」が収録されていたためにそこそこ売れたが、それでもヒットと言えるほどではなかった。
いったい何がいけないのか。何人かプロデューサーについてもらったことがあるが、その中の一人に言われたのは、まず「曲が難解すぎる」ということだった。
確かに俺は変わったコード進行の曲をよく作る。代理コードも結構使うし、一つの曲の中で三回以上転調することも多い。聴くにしても演奏するにしても、定番のコード進行では展開が予想出来てつまらないからだ。とは言え、音楽理論から大きく外れるようなトリッキーなことはしていない。
だが、そのプロデューサー曰く、そんなものは大衆には求められていないのだ、と。JPOPには定番のコード進行がいくつか存在する。いわゆる「王道進行」だ。パッヘルベルのカノンと同じ「カノン進行」の曲も多い。それでいい、耳なじみのないコード進行では大多数の人間は安心できないから、だそうだ。
別のプロデューサーからはこんなことも言われた。「歌詞に魅力がない」と。そもそも「Affordance」――俺の三枚目のシングルのタイトル――や「6 Degrees of Separation」――同五枚目のシングルのタイトル――なんて誰も知らない、と。
この指摘にはさすがに俺も異を唱えた。だって、「シンクロニシティ」や「クロノスタシス」なんて心理学用語が登場する楽曲があるのに、同じ認知心理学用語である「アフォーダンス」はなぜダメなのか。「カオスの淵」が登場する楽曲があるのに、なんで同じ複雑系の用語である「六次の隔たり」はダメなのか。他と同じようなことをしてても差別化できないではないか。
だが、これについても「そんなことは求められていない」と一蹴されてしまった。あたりさわりのないタイトルを付けて、歌詞には定番のフレーズを適当にぶち込んでおけばいいのだ、と。「桜舞い散」らせておけばいいのだ、「出会えたのは奇跡」にしておけばいいのだ、「愛してる」とか「ありがとう」とか言っておけばいいのだ、と。
そう言えば俺も以前、JPOPの歌詞が全文検索できるサイトで「出会えた奇跡」で検索したら、300件を越えるヒットがあって驚いたことがある。こんなにたくさんの「出会えた奇跡」に出会えたのはまさに奇跡!Yo-Yo!……などとラップで揶揄してみたくなる。
しかし……
そうして定番に逆らい続けている俺の楽曲が全く売れていないのも、厳然たる事実なのだ。逆に考えれば、なぜ「卒業」だけがあれほど売れたのか。それを分析し、同じことをすれば、また売れる楽曲が作れるのではないか。そう思ったこともあった。
だが、「卒業」を作ったのは、俺が高校を卒業してからすぐの頃だ。その当時の俺の感性がうまくシンクロしたのだろう。若かったがゆえに技巧的にも未熟で粗削りだが、逆にそれがほとばしる情熱を演出している。
たぶん、この曲はあの当時の俺でなければ作れなかった。今の俺には作れない曲なのだ。だとしたら……俺はもう、「卒業」のような曲を作ることはできない、ということなのか。いったい俺はどうしたらいいんだろう……
悩んだ挙句、俺は八枚目のシングルではサビに王道進行を使い、定番のフレーズを歌詞に取り入れてみた。しかし……それでも売れなかった。しかも、売れないだけでなく、路線変更したせいでそれまで存在していた数少ない俺のファンさえもが離れていってしまったのだ。
もう、俺はどうしたらいいのか、皆目わからない。
いつしか、あれほど好きだった音楽が、全く作れなくなったし聴けなくなった。そんな俺がレーベルに見限られるのは、当然と言えば当然だった。
ほとほと痛感させられた。結局、俺は一発屋に過ぎなかったのだ。そんな奴はこの業界では珍しくない。いや、この業界だけじゃない。小説家だって、一冊は書籍化されたものの、二冊目が出せずに消えていく奴は多い。きっとどんな業界だって同じなのだ。たまたま「
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