第4話 第二外国語
大学では第二外国語の講義があります。
僕の出た大学ではたいてい1年生のときに終わるのですが、2年生でも受ける人もいます。
僕はドイツ語を選択し、1年生のときにも受けましたが、2年生の時も受けることになりました。
理由はご想像にお任せします。
“ドイツ語が好き”だったから2年生になっても受けていたとお考え下さい。
最初の講義の日でした。
同じく“ドイツ語が好き”な同じクラスのタクシといっしょに後ろの隅っこの席に座っていると、講義室の左のドアから真っ黒に日焼けして、だけどちょっと近寄りがたい雰囲気の怖い感じの人が入ってきました。
右の眉をあげて講義室をゆっくりと余裕をもって見まわしています。
目はあきらかに後ろのほうの座席を狙っていました。
頃合いの席を見つけたのか、別に急ぐでもなく歩いてきました。
僕の2列前の座席の端に座っていた生徒に向け
「わりいね、奥行かせてくれるかさ、移ってくれっかな」
と笑顔で、でもちょっと怖い笑顔でいいました。
明らかに1年生のその学生は、
「はい…」
と言って自分が奥に行きました。
「わりいね…」
その人はそのままの笑顔でお礼を言いました。
「すっげえな、あの人、怖そうだな…。1,2年生じゃないだろう…」
タクシが言いました。
確かに怖そうだ…。
「挨拶してくるね」
「え! 知り合い! 」
「うん…」
僕はその人の手前まで行き、振り向いてからご挨拶しました。
「ちーす、堀です!」
ドイツ語のテキストをかったるそうに見ていたその人が僕を驚くような目で見上げました。
「え…! 堀ちゃん! やったー、知り合いがいたぜ!」
心の底からの笑顔だ。
「うれしいよ、堀ちゃん」
立ち上がり、僕の腕をポンポンとたたきました。
こんなに喜んだ顔は過去に見たことなかったです。
そう、この人は僕のヨット部の2年上の先輩のSさんです。
当時は4年生のはずですね。
「でも堀ちゃん、なんでドイツ語受けてんだよ…」
当然の疑問ですが…S先輩に言われることなのかな…。
「去年、落としちゃいまして…」
「しょうがねぇなぁ…」
笑っている先輩。
僕は声をひそめて訊きました。
「先輩はどうされたんですか…」
にこっと笑い、そして僕に耳打ちしました。
「去年よ、2回しか出なかったら落とされた…」
「2回…ですか…」
「今年は就職活動もあるし…、出席はやばいよな…」
そのころの就職活動は4年生に入ってからで、本格的になるのはだいたい5月ころでした。
今はインターンとかしてね、もっともっと早くなってますね。
「大丈夫ですか…」
先輩、勉強しているように見えない。
「まあな、就職決まったかもしれない学生を一般教養で落として恨み買うような教授もいねえだろうけれど、堀ちゃんがいてくれて助かったよ…」
うれしそうだった。
でも4年生にもなって一般教養受けているほうもどうなんだろうな…。
結局これから1年、S先輩と僕は同じ教室でドイツ語を勉強しました。
先輩はあまり出席できなかったけれど、2回以上は出ていたな。
レポートも、詳しくは書きませんが休まれている時などは、先輩の分も僕が提出しました。
先輩は無事就職が決まり、ドイツ語の単位もとれました。
勿論僕もね。
“ドイツ語が好き”
だけど来年からは受けなくてもよくなりました。
S先輩、卒業後もよく
「堀ちゃん、調子どう」
と言って海に来てくれました。
なぜか可愛がってもらい、OBになってからはジャケットをくれたり、ゴルフにも行きましたね。
パターもらったな。
今でもお付き合いさせて頂いています。
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