13話 引っ越し
新しい住居が決まった数日後。
シンヤは、早速引っ越しの準備に取り掛かっていた。
とはいえ、荷物はほとんどない。
ケビンからもらった大きめのカバンに着替えなどを詰め込むだけである。
「これでよしっと……」
シンヤは準備を終えると、玄関に向かう。
すると、そこにはミレアの姿があった。
「おう。ミレアの荷物はまだ準備していないのか?」
「イヤ。奴隷のあたしに荷物なんてナイんだ」
「あー……。そりゃそうか」
シンヤは納得する。
「シンヤこそ、随分少ないナ」
「俺も旅していた身だから」
シンヤはほとんど着の身着のままこの世界にやってきた。
私物と言えば、この世界に来てから購入した最低限の着替えぐらいだ。
「そっか。じゃあ行くゾ」
「ああ。行こうか」
シンヤはミレアと一緒にケビン邸の玄関に向かう。
そこでは、ケビンが待ち構えていた。
「お待ちしておりました。ご準備は終わられましたか?」
「ああ。いろいろと世話になったな。ありがとう」
「いえいえ。それではご達者で。私は手配していた家具の搬入の指示を行いますので」
「ああ、よろしく頼む」
シンヤとミレアはケビンと別れる。
そして、二人はケビン邸を出て、もらった家に向かう。
「改めて見てもいい家だ……。まさかこれほどのものをもらえるとは思ってなかったよ」
「ケビンはシンヤに感謝してイル。それだけのことサ」
「感謝か……。確かにいいところに駆けつけることができたしな」
シンヤはケビンの命を助けた。
それだけではない。
護衛の者やミレアの命があるのも、シンヤのおかげなのだ。
「シンヤがいなかったラ、今頃あたしたちハ……」
「いいさ。それより、家に入ろう」
シンヤは苦笑する。
「ああ。そうだナ」
ミレアと共に家の中に入る。
家の中は広々としていて、居間だけで二十畳以上はあるだろう。
二階へと続く階段もあり、かなり大きな造りとなっていた。
「改めて見ても、かなり広いな……。俺たち二人だけで住むから、いくつか部屋が余りそうだ」
「狭いよりはいいダロ? それに、余った部屋に荷物を置いておくこともできるシ」
「そうだな……。とりあえず、今日はゆっくりするか」
シンヤはそう言ってリビングでソファか何かに腰を下ろそうとするが、そこで気がついた。
「おっと。そう言えば、家具はまだ来ていないのだったか。ケビンが搬入の指示をしてくれている頃だな。もうそろそろ来るだろう。待つしかないか」
「そうだナ。だが、シンヤを立たせたままにするわけにはいかナイ」
「別に気にしないけど……」
「あたしガ気にスル!」
ミレアはキッパリと言い切る。
そして、彼女は四つん這いになると、シンヤの足元にすり寄ってきた。
「ちょっ!? 何をしているんだ!?」
「シンヤの椅子にナル」
「いや、それはさすがに……」
シンヤは戸惑いを見せるが、ミレアは全く意に介さない。
「遠慮はいらない。ほら、早く座ってクレ」
「分かった! 気持ちだけありがたく受け取るから、離れてくれ!」
「イヤだ。もっとあたしを使え!」
「使うとかそういう話じゃないんだけど……」
シンヤはなんとかミレアを引き剥がそうとする。
だが、ミレアは強情だ。
なかなか引き下がろうとしなかった。
「もう……。こうなったら仕方がない……」
シンヤは諦めたようにため息をつくと、ミレアの背中にそっと座った。
「ふふっ。ようやく乗ってくれタ」
「まったく……」
シンヤは呆れ顔を浮かべる。
美少女奴隷の背中に座る男。
傍から見れば、奴隷を虐待している悪い主人にしか見えないだろう。
だが、ミレアは満足げに笑うばかりだ。
「ところで、これからどうするんだ?」
「どうするカ?」
「ああ。俺は魔法を極めていきたいと思ってるんだ。そのために、冒険者としてダンジョンに潜るのはいいことだと思っている。実戦経験になるし、魔物を討伐した時に魔素を吸収して成長できるし、稼ぐこともできるしな」
シンヤは地球で魔法を習得するために様々なことを試してきた。
その過程で、超人的な魔力保有量を獲得するに至った。
さらには、身体能力や観察眼なども常人より優れている。
しかし、それでもまだ足りないと感じているのだ。
「なるほど。シンヤは強くなりたいのカ」
「ああ。できればミレアにも協力してもらいたいんだ」
「もちろんダ。奴隷のあたしにできることなら協力しよウ」
「ありがとう。じゃあ、少なくともしばらくはダンジョンに籠ることになると思う。いっしょに頑張ろうな」
「任せろ。必ず役にタツ」
シンヤとミレアは決意を新たにする。
そんなとき、部屋の外からガヤガヤと声が聞こえてきた。
「そのベッドは二階だ。食器棚はキッチンへ。桶は風呂場へ。ああ、そのソファはこっちのリビングだ」
ケビンが業者に指示を出しているようだ。
この屋敷を譲り受けることが決まってから、ケビンに案内され家具なども購入した。
シンヤはケビンの命の恩人だが、さすがに至れり尽くせり過ぎて申し訳ない気分になった。
とはいえ、ありがたく使わせてもらうことにしたのだが……。
シンヤがそんなことを考えている内に、リビングのドアノブがガチャリと音を立てた。
そして、扉が開かれる。
「おや、こちらにおられましたか。シンヤ様……って、ええっ!?」
ケビンが驚きの表情を見せた。
彼はその場で固まってしまう。
後方でソファを運搬している屈強な男たちも、唖然とした様子だ。
「どうしたんだ? 俺の顔に何かついてるか?」
「い、いえ、その……」
「なんだ? はっきり言ってくれ」
「……ミレアはシンヤ様にお譲り致しました。彼女をどう扱うかについては、シンヤ様の自由です」
「ああ。そう聞いたな」
「ですが、無闇に虐待するのは感心しませんぞ。獣人とはいえ、ミレアはシンヤ様を慕っています。それを……」
ケビンが咎めるような視線をシンヤに向ける。
そこで彼は気づいた。
自分がミレアの背中に座っていることに。
「あっ……。いや、これは違うんだ! ミレアがどうしてもと言うから仕方なく……!」
シンヤは慌てて立ち上がると、弁明を始めた。
だが、ミレアは名残惜しそうにシンヤにすり寄ってくる。
「そんなことを言うナ。シンヤ、もっとあたしに乗ってクレ」
「だから、誤解を招く言い方は止めろ!」
「誤解じゃナイ。あたしはシンヤの奴隷。何でも好きなように使え」
「頼むから話を聞いてくれ!」
シンヤは顔を真っ赤にして叫んだ。
そんな彼らを見るケビンの目は、いつの間にか生暖かいものになっていた。
「ほほ。シンヤ様はそういう趣向をお持ちでしたか。言っていただければ、こちらとしてもいろいろと取り計らいましたのに……」
「ああ、いや……。まあそれでいいや……」
シンヤは説明を諦めた。
こうして若干の誤解を生じつつも、シンヤたちは新居への引っ越しを終えることができたのであった。
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