『変人における思考の特異性について10万字以内で主観的にかつ自由に記述せよ』

単品

第1話 プロローグ的な奴

 

 山手線のホームからは渋谷の街の様子が展望できる。テナントビルが乱立するオフィス街、通勤時間真っ盛りなのでスーツを着たサラリーマンが右往左往してる様子が俯瞰で観察される。


「あの人達は今何を考えているのだろう」

 何と無しにポツリとそう思うことがある。彼らは一見平気そうな平然を装った表情をしているように見える。まさに無味無臭。首を傾けて色んな角度から凝視するが見える世界は変わらない。視点を変えれば、目に写る風景が変わるかもしれないと思ったのだが、やはり無色透明であった。


 ——これならモノクロームの世界の方が良いな。そこにはまだ色があるから。


 そんな考えが頭をよぎった。



  ****


「えー、本日で人間観察概論の講義は終了となりますが、単位認定には期末レポート課題の提出をしてもらいます」


 教授はそう言って、一人一人に紙を渡していく。その内容はこう書いてあった。


【東西大学 人間観察学部 観察学科 人間観察概論 期末レポート 『変人における思考の特異性について考察し、10万時以内で主観的にかつ自由に記述せよ』】


 俺は絶句した。じゅ、じゅじゅうまんじ!


 期末課題がえぐいとは聞いていたが、10万字のレポートを提出させるなんて鬼畜すぎるだろ、この教授。頭おかしいすぎる。

 しかも、この授業は必修のため、落とすわけにはいかないので、このレポートをやらざるを得ない。


 周りの学生からも悲鳴に似た声が聞こえてきた。


「はい、、学生の皆さん。1年間お疲れ様でした。レポート課題頑張って下さい。以上」


そう言って教授は、学生の反応などどこ吹く風と一方的に講義を終わらせた。


 そして、何人もの学生が教授に詰め寄り説明を求めるも、意に返さず静かな顔をしていった。

「教務課の方からも了承を得ています。この内容でやってもらいます」

 有無を言わさぬ態度だ。


だめだ。正当な課題であると大学側が認めているため、講義は意味をなさない。こんな課題を認める大学も大学だ。


 詰め寄った学生も諦め渋々席に戻っていき帰宅の途に着く。

 さあ、俺も帰るか・・・・・・


 ゆらめきが立ち昇るアスファルト、干からびて死んだミミズ、停滞した空気。甘いスポドリがゴックッと喉を鳴らした。


********

 


 それから2週間後。俺はパソコンに向かって、改めて課題レポートの紙を読み返していた。季節は8月。もう夜の11時だというのに、一匹のセミがしぶとく鳴いてた。


 【『変人における思考の特異性について考察し、10万字以内で主観的にかつ自由に記述せよ』

変人学とは変な人間を研究する学術的営為であり、その思考に見られる常識的観念の喪失と異常性について学ぶものである・・・・・・     】


 しかし、変人のあり方を解明するだなんて奇天烈な講義だと思う。

だが、俺の通う東西大学は個性が強く、独創的な人間が通うことで知られている大学だ。さらに、その中でも人間観察学部は特に変人率が高いと言われている。


 変人が集まる大学だからこそ、変人を研究すると言うのはわからない話ではない。悲しいかな、どうやらそれは教授にも当てはまるらしい。10万字など卒論でもないぞ。


「ええーと、なになに」

もう一度内容に目を通す。


【本レポートでは、自己のどう言う点が周囲と異なるのか、自身の経験を元に考察し記述しなさい。】


 俺が変わってる点を記述すれば良いらしい。

「変わってる点ね・・・・・・」


 確かあれは高校2年生の頃の話だったかな。

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