第11話 恋人契約の効果
コハクと恋人のフリをして約一週間が経った。
家族に余計な心配をかけたくない。そんな私の意思を尊重してくれているコハクは、桃井達の行動に常に目を光らせてくれている。
極力私が独りにならないようコハクが気を遣ってくれるおかげで、放課後の特別課外授業は無くなった。
桃井はあれから何も仕掛けてこない。
むしろ、気遣って声をかけてくるようになった。
「重いでしょう? 手伝うわ」
男女別で行われる体育の時なんか、私が用具を運んでいると桃井は率先して手伝ってくれるのだ。
彼女とよく行動を共にしている坂梨さん達も、色々と世話を焼いてくれるようになった。
何か裏があるのかもしれない。
そう構えても、何も嫌がらせはされず、逆に拍子抜けをくらうばかりだった。
「ありがとう、ございます」
「アタシ達はお礼言われるような立場じゃないからさ! いいんだ、そういうのは……」
お礼を言うと坂梨さん達は、慌てた様子で申し訳なさそうに去って行く。
何て言葉をかけたらいいのか分からず、そのまま見送るしかなかった。
「おはよう、結城君! その……一条さんも、おはよう!」
しだいにクラスメイトも挨拶をしてくれるようになり、中には軽く雑談してくる人まで現れるようになった。
今までは空気のように扱われて、私の存在なんて誰も気にとめなかった。
たとえコハクのおまけだとしても、このクラスに居てもいいんだと認めてもらえた気がして嬉しかった。
良い方向に変わってきたのは、全てコハクのおかげだ。
彼は勉強もスポーツも出来て容姿もいい。
誰にでも分け隔てなく接して、困っている人は積極的に助ける。
しかし、無理なことや出来ない事はきっぱりノーと言える。
いい意味でも悪い意味でも表裏のない素直な人だった。
放課後になるとすぐに私の所へ来て、「帰ろう、桜」と手を差し出してくれる。
朝も相変わらずで、毎日私の家まで迎えに来てくれる。
コハクの恋人のフリはかなり徹底的なもので、それを目の当たりにした周囲からは羨望の眼差しが送られてくる。
そんな彼が皆に、「一番は桜だから」と事あるごとに公言するものだから、皆も私を無下に出来ないのだろう。
あれから、学園内でコハクが獣耳を出した事は一度もない。
正直、私が居なくても充分ばれずに生活出来ると思う。
そう考えると、私が彼の隣に居る必要はないのではないか……と考えずにはいられない。
コハクほどの運動神経があれば、どこの部活からでも引っ張りだこだろう。
本当は何か入りたい部活があるのかもしれない。
友達と遊んで帰ったりしたいのかもしれない。
だけど私が負担になって、コハクがやりたい事が自由に出来ていないとしたら、申し訳なくて仕方がなかった。
***
学園からの帰り道、いつものようにコハクに手を引かれ歩いていた。
「桜、明日何か用事ある?」
「クッキーと散歩」
「じゃあ明後日は?」
「クッキーと散歩」
「そうなんだね……」
目に見て分かるほど顔に悲愴感を浮かべ、コハクはがっくりと肩を落とした。
流石に見ていられなくて、理由を尋ねてみる。
「何か用事でもあるの? 人手が居るなら手伝うよ? いつもお世話になってるし」
「実はケンさんに遊園地の優待券を二枚貰ったんだけど、一緒にどうかなと思って」
遊園地か……予想外のお誘いにフリーズすること数秒。
二枚という事はつまり、コハクと二人で出かけるという事だろう。
貴重な休みまでをも私に時間を割こうとしている。
それは流石に申し訳なさすぎる。
「休みの日まで無理して恋人のフリしなくてもいいんだよ?」
「無理なんてしてないよ。僕は桜と一緒に行きたいんだ」
休みの日まで私と一緒に居て楽しいのだろうか。
少なくとも嫌なら誘ってくれたりはしないよね。
そう考えたら無下にするのは忍びない。
遊園地は楽しいし、一緒に行くのは別に構わない。
むしろ楽しみだ。だけどそこで可愛い愛犬の姿が脳裏をよぎる。
先週は雨だったから、満足にクッキーと散歩出来なかった。
久しぶりの遠出をきっと楽しみにしているはずだ。
一日遊園地で遊んだらクッキーは寂しい思いをするだろう。それならば……
「明日、お昼からでもいいかな? その、クッキーも散歩を楽しみにしてて……朝はお散歩させてあげたいの」
「じゃあ明日、一時ぐらいに桜の家に迎えに行ってもいいかな?」
「うん、大丈夫だよ」
「ありがとう、桜! 明日、楽しみだな~」
そう言って、コハクは嬉しそうに顔を綻ばせた。
本当に表情豊かな人だな。
本人には言えないけど、その分かりやすい所がクッキーに似てるかもしれない。
ああ、だから一緒に居て楽しいのかな。その笑顔につられて、私も自然と楽しくなってくる。
遠足前の子供のように、その日はドキドキして眠れなかった。
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