第10話 そのプリンは誰のため?

 放課後――コハクの三つ目のお願いを叶えるために、私達は駅前のケーキ屋さんまで来ていた。

 まさか突然、「プリンが美味しい店を教えて欲しい」なんて言われるとは予想外だった。

 引っ越してきたばかりで、コハクはまだこっちの地理にあまり詳しくない。

 それでおすすめの店があれば教えて欲しいとのことで、案内がてら一緒にやってきた。

 姉がよく大学の帰りに買ってきてくれる、ほっぺたが落っこちそうになるくらい美味しい逸品を目指し、いざ店内へ。

 足を踏み入れた途端、甘い香りがふわりと鼻孔をくすぐる。


 ああ、いい匂い。


 ケーキ屋さんって、ここに居るだけでなんか幸せになれる魔法空間みたいだ。

 だからついつい財布の紐が緩んでしまう。

 そして我に返るのは、全てを食べ終わって魔法が解けた後。

 軽くなった財布と、増加した体重に苦しむのだ。


「急に立ち止まってどうしたの?」

「え……いや、何でもないよ」


 今日は案内に来ただけだ。誘惑にはまけない。絶対にまけない!


 お洒落な店内の冷ケースに並んでいる、瓶詰めの可愛らしいプリン。

 その前までコハクを誘導すると、彼は思わずといった様子で感嘆の声をもらした。

 手書きで付け足されたポップがまたにくい演出をしているせいだろう。


『厳選された契約農家の産みたて新鮮卵を贅沢に!』とか、

『産地直送のブランド牛の絞りたてミルク』とか、


 煽り文句だけで思わず食欲を刺激される。


「ここの半熟贅沢プリンは濃厚で味も絶品だけど、口に含んだ瞬間とろけるような舌触りがたまらなく美味しいんだよ」

「そんなプリンもあったんだ、珍しいのに目がないからきっと喜ぶよ。特に桜のおすすめなら尚更ね。教えてくれてありがとう。ちょっと買ってくるね」


 半熟贅沢プリンをごっそりとカゴに入れたコハクは、颯爽とレジへと向かっていく。

 自分用じゃなかったんだ? 誰に食べさせる気なんだろう?


「なんかたくさん買ったからおまけもらっちゃった」


 ほくほくとした笑顔で戻ってきたコハクはそう言って、小さな紙箱を軽くかかげて見せてくれた。

 たくさん買ったからっていうのも間違いではないだろうけど、恐らくは……顔を赤らめてコハクを見つめている店員さんの私情も含まれている気がする。

 ケーキ屋でニコニコと笑顔で買い物する男子高校生も中々珍しい、よね。

 でも悔しいくらいに違和感がないのはきっと、彼のルックスがなせる技なのだろう。


 お店を出て一緒に帰路を歩きながら、私はコハクに話しかけた。


「コハク、甘いもの好きなんだね」

「うん、こてこてに甘すぎるのは少し苦手だけど、ほどよい甘さのスイーツは好きだよ」

「そのプリン……結構甘いけど大丈夫?」

「これの大半を食べるのは僕じゃないから大丈夫だよ」

「誰が食べるの?」

「ああ、それはシ……親戚のおじさんだよ!」


 今、明らかに何か言い直したよこの人。

 にこやかに笑って誤魔化しているけど、何か違和感を感じる笑顔だ。


「そ、そうだほら、桜の分も買ったからお家の人と一緒に食べて。今日つき合ってくれたお礼」

「そんな、受け取れないよ。楽しみに待ってる親戚のおじさんに悪いし」

「大丈夫、この量いっぺんに食べられたら次の日僕がキツイし。遠慮せずにもらって?」


 親戚のおじさんが食べるのに、コハクが次の日キツくなる事と、なんの因果関係があるのだろうか。

 疑問を抱えつつコハクの方を見ると、心なしか焦っているように見えなくもない。


 いつのまにか家の前まで来ていたようで、コハクは私にプリンの入った紙箱を握らせると「今日はありがとう、また明日ね」と返事を待たずに帰っていってしまった。


 あまり聞かれたくないことだったのかもしれない。

 所詮は偽の恋人関係、あまり立ち入った事を聞くのは控えよう。

 コハクを困らせたくはないし。

 遠ざかる背中を眺めながら、胸にわずかな痛みが走った気がした。

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