第4話 転校生の意外な秘密
「驚いた? 実は僕、妖怪白狐と人間のハーフなんだ」
無邪気な顔で結城君が微笑むと、三角形のもふもふの獣耳がピクピクと動いている。
(か、可愛すぎる! なんだ、あのけしからんモフモフは!)
見るからに触り心地のよさそうなその獣耳を前に、私の理性が揺さぶられた。
サラサラの銀髪もポイント高かったけど、その上にちょこんとのった愛くるしいその獣耳!
耳元にあるあの一際ふわふわしてそうな部分。あれは毛なのか? それとも、髪の毛なのか?
あぁ、わたあめみたいに気持ち良さそうなあの部分に、さ、触りたい……と、犬好きの血がウズウズと騒ぎ出し誘惑に負けた私は、思わず結城君に近付いてその獣耳に触れた。
や、柔らかい!
想像通りふわふわしてて気持ちよくて癒される。
「え、あっ……やっ……」
我を忘れてふにふにと触っていると、結城君が白い頬を真っ赤に染めて瞳をうるうるとさせていた。
「ご、ごめんなさい! 可愛くってつい……」
背徳感を煽るその艶っぽい眼差しで見つめられ、我に返った私は慌てて手を引っ込めて謝った。
私にはクッキーという愛犬が居るではないか。
なのに、他の獣耳にうつつを抜かすなど!
……でも、気持ちよかったな。
「こりゃあいい! お前らいいコンビになるぜ」
そんな私達を見て、橘先生は豪快に笑いだした。
「見ての通りコハクはこんな性質だから、他にバレると何かと面倒なわけだ。学内で俺一人じゃフォローしきれない。そこでお前さんの出番だ」
「バレないように協力して欲しいということですか? でも私では……」
結城君の役に立てるとは到底思えない。逆に嫌な思いをさせてしまうだけだろう。
「一条さん」
俯いて否定的な事を考えていた私の名前を結城君が呼んだ。
顔を上げると、彼は片膝をついて私の目線の高さに合わせるようにひざまずいていた。まるで、絵本に出てくる王子様のように。
何が起こったのか分からず固まっている私の手を、結城君は壊れ物を扱うかのように優しく取ると、真っ直ぐな瞳をこちらに向けて口を開いた。
「君に仇をなす者から、僕は全力で君を守るよ」
なぜだか分からないけど、私はこの琥珀色の瞳を知っている様な気がした。
どこかで会った事があるのだろうか? でもここまで綺麗な人、一度見たらそう簡単には忘れないと思うけどな。
じっと結城君を見つめていると、不意に彼は頭を下げ私の手を軽く引き寄せた。そして──誓いでもするかのように、私の手の甲にそっとキスをおとした。
触れられた箇所から全身へと一気に熱が広がり、けたたましい音を鳴らし続ける鼓動。慌てて結城君から離れて、乱れた心臓のリズムを整えるべく息を吸った。
チラリと様子を窺うと、結城君はふわりと優しく微笑みながらこちらを見つめている。
ど、どうしよう……心臓がバクバクいって止まらない。こんな体験初めてだ。
「コハクをお前さんのボディーガードにつける。そうすればお前さんはいじめから解放されて早く帰れる、こっちは信頼できる協力者が増えて助かる。いい案だと思うだろ?」
そう言って、ニヤニヤした表情でこちらを見ている橘先生。先程の一部始終を見られていた事に、恥ずかしさが込み上げてきた私は少しムッとしながら聞き返した。
「なんで、私なんですか?」
学内で私を信頼してくれる人なんて誰も居ない。
悪評が広まって以来、蜘蛛の子を散らしたかのように私の傍から人が離れていった。遠目で見られては陰口を叩かれて、行事の時は空気のように扱われる。
放課後は毎日あの特別教室に呼び出されては、暴言を浴びカッターを突き立てられた。
家族に余計な心配をかけたくない私は、持ち物の被害を抑えるため欠かすことなく通い続けた。
「お前さんは人の痛みが分かる人間だと俺は思っている。あえて自分からいじめのターゲットを外そうとしない。それは、他の人が同じような目に遭うのが嫌なんだろう?」
眼鏡をクイッと持ち上げて、真意を探るように先生はじっとこちらを見ている。
「そんなわけ……」
そんな綺麗な理由じゃないのに。
「全国空手道中学生大会において、三回連続優勝の覇者『一条 桜』。お前さんなら力ずくでも周囲を黙らせるのは容易い事だと思うが?」
レンズの向こう側の眼差しは、全て知っていると言わんばりに真剣そのものだった。
「それは……」
やろうと思えば可能かもしれない。でも、私にはそんな事する資格さえないのだから。
「それに、犬好きのお前さんならコハクの事も受け入れられるだろうと思ってな。狐と犬って似てるだろ?」
さっきの真剣な表情とは打って変わって、ニヘラと人の良さそうな笑みを浮かべて問いかけてくる橘先生。
この人……なかなか食えない人だと、先生に対する印象が変わった。軽そうに見えて全てを見透かしているようなその瞳からは逃げられそうにない。
私が断れば、先生はこの事を担任と家族に言うだろう。退路を断った上で持ちかけられたその提案は、最初から誘導するためだったのかもしれない。そう分かっても、どっちみち断れるはずがないのが現状だった。
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