第29話 共有


「なるほどね……」


 奈津子の話を聞いていた玲子が、少し荒れてきた海を見つめてそうつぶやいた。

 多恵子に持たされた水筒を取り出し、紅茶で暖を取る。


「大変だったんだね、奈津子」


「玲子ちゃんは信じてくれるの?」


「どうだろう……正直分からない。信じちゃったら、今ある常識を否定することになってしまう。そんな怖さがあるのも事実。少なくとも昨日までの私なら、考え過ぎじゃないかなって言ってたと思う」


「……だよね」


「でも私たちは昨日、信じられないものを見てしまった。常識ではあり得ない現象に遭遇した。

 どれだけ常識を掲げても、目の前の事実から目を背けることは出来ない。小太郎くんが、首を切られたことにも気付かず動いていた。それはどうやっても否定出来ない事実でしょ?」


「うん」


「どんな手段を用いたらあんなことが出来るのか。私には想像もつかない。それに、犯人の目的も分からない」


「……」


「私は小太郎くんの一件、自然現象だなんて思ってない。あれは奈津子へのメッセージだったと思うの」


「メッセージ……」


「自分の力を誇示し、いつでも奈津子を傷つけることが出来るんだと言うメッセージ。でも……意図が分からない」


 玲子が厳しい表情でそうつぶやく。奈津子の話を、自分なりに消化しようとしているようだった。


「奈津子の言う視線も、気になるわね」


「うん……この一か月ほど、ずっと感じてるの」


「普通に考えたら奈津子が言うように、自意識過剰で終わってしまう話なのかもしれない。でも……そんな簡単なことではないように思う。何より私が気になったのは、その視線を感じ出したのが、ご両親を亡くした事故の頃からだということよ」


「あの事故も、何らかの力が働いてたってこと?」


「分からない……ごめんなさい。力になりたいけど、正直理解の範疇を超えているの」


「だよね……」


「でも、だからと言って奈津子の話、否定するつもりはないの。奈津子にとっては、この一か月で起きている全てが現実なんだから。

 ノートに書かれていたメッセージにしてもそう。いくら田舎と言っても、そんな簡単に人の家に入って、そんなメッセージを残す人がいるとは思えない。だってそうでしょ? リスクしかないもの、その行為自体に」


「……」


「見ている、ずっと見ている……奈津子が感じてる視線のことを考えたら、このメッセージを残した者と視線の犯人は、同一人物と考えるのが自然だと思う」


「でもね、玲子ちゃん。私、ただの高校生なんだよ? こんなちっぽけな存在にそこまで執着する人がいるのって、私には理解出来ないの。何のメリットがあるんだろうって」


「そうね、それは思う。奈津子にのこされた遺産と言っても、今は宮崎のおじさんが管理してる。仮に奈津子を手にかけたとしても、それが犯人の手に渡ることはない。考えてみたらそうね、何のメリットがあるんだろうって思うわ。

 事故があって、ずっと視線を感じて。本当に大変だったと思う。そして小太郎くんが死んで……次に何をしてくるのか、考えただけで怖くなる」


「でも、アクションは今までだってあったよ」


「勿論そうよ。でもね、小太郎くんのこと以外は、やろうと思えば誰にでも出来そうなことでしょ」


「……」


「でも小太郎くんのことは違う。あの現象を説明出来る人間なんて、いるとは思えない」


「確かにそうだね」


「だから私は、おじさんの話に手掛かりがあると思った」


「宮崎家の宿命とか、妖怪の話?」


「ええ。普通に考えたらただの昔話。この世界にはかつて妖怪がいた。そして人間との戦いに敗れ、彼らは表舞台から姿を消した。でも彼らは息を潜めて生き永らえて、復讐を果たそうとしている」


「玲子ちゃんはその話、信じられるの」


「信じるのはごめんなさい、正直難しい。私だって、突然こんな話を聞かされて、頭の中がパンクしそうなんだから。でもね、否定するのは簡単だけど、それじゃ問題の解決にならないでしょ? 何よりさっきも言った通り、奈津子にとっては全て現実なんだから。

 それに、もし妖怪や物の怪もののけなんて存在が本当にいるんだとしたら……小太郎くんのことも、説明がつくのかもしれない」


「やっぱり玲子ちゃんは頭いいね。それに柔軟だと思う」


「そうでないとこの問題、解決しそうにないからね。今ある情報は全部、解決する為の大切な手掛かりなの。頑なに否定したり馬鹿にするのは、目の前にある解決策から目を背けることにしかならない」


「うん」


「今の内に解決したい。折角出会えた友達を、私は守りたい」


 その言葉は、奈津子が今一番欲しいものだった。

 ずっと一人で抱えてきた。悩んできた。

 誰にも理解されないと思っていた。

 しかし彼女は、こんな自分のことを守りたいと言ってくれた。友達だと言ってくれた。

 どれだけ願っても叶わなかったものを、玲子は与えてくれた。

 それがどうしようもなく嬉しかった。


「まずはそうね、今度一緒に図書館に行きましょう。おじさんの話の裏付けからね。あくまで可能性の一つとしてだけど、何もしないよりはいいと思う」


「そういう資料、あるのかな」


「多分ね。まあ、歴史書と言うよりは伝承、娯楽のたぐいになるのかもしれない。でももし、奈津子の身に起きていることの説明がついたら……その時はおじさんの話、信じると思う」


「ありがとう、玲子ちゃん」


「しばらく文化祭とかで大変だけど、一緒に調べましょ」


「分かった。それで、亜希ちゃんには」


「亜希のことは、しばらくそっとしておいてくれるかな。あの子も今、色々大変だし。時間が経って落ち着いて、あの子がそういう話を受け止められるようになった時に、一緒に打ち明けましょ」


「分かった。本当にありがとう、玲子ちゃん」


 そう言って笑顔を向けた奈津子を見て、玲子は思った。

 あれだけのことがあったのに、この子の心は折れていない。

 本当に、本当に強い子だと。



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