第20話 新しい家族


 今朝はアラームよりも先に目が覚めた。

 こんなわくわくする目覚めは初めてだ。

 誰かと一緒に目覚める朝は、こんなにも心が躍るんだなと思った。


 昨夜は遅くまで文化祭の出し物、演劇のシナリオを書いていた。あらかたのストーリーは出来ていたので、作業は順調に進む筈だった。


 しかし、そんな奈津子の邪魔をする者がいた。

 昨日から家で飼っている小太郎だ。

 初めての場所に興奮しているのか、それとも嬉しいのか。

 小太郎はずっと奈津子から離れず、手を舐め顔を舐め、苦笑すると嬉しそうに尻尾を振って鳴いた。

 ようやく落ち着いたのは10時を過ぎた頃。興奮しすぎて疲れたのか、小太郎は奈津子の膝の上で眠りについた。

 そんな小太郎を愛おしく思い、何度も頭を撫でながら、奈津子は作業を続けた。

 12時を少しまわる頃にひと段落ついた奈津子は、眠っている小太郎を抱き、そのまま一緒に布団に入ったのだった。





「おはよう、小太郎」


 奈津子がそう言って掛け布団をめくる。

 しかしそこに小太郎の姿はなかった。


「あれ? 小太郎、どこにいるの?」


 奈津子が部屋を見渡す。


「あ、いた……どうしてそんな所にいるの? 寒くないの?」


 と、部屋の隅で丸まっている小太郎に声をかける。


「小太郎?」


 そう言って近付こうとすると、小太郎は勢いよく起き上がり、奈津子に向かって唸り声をあげた。


「え……ほんと、どうしちゃったの? 私だよ、奈津子だよ」


 刺激しないよう、ゆっくりと近づきながら、奈津子は宗一の言葉を思い出していた。


 ーーこの辺りでは、よく不要とされたペットが捨てられている。


 これまで小太郎が、どんな扱いを受けていたのかは分からない。

 でも出会った時の姿で、大方の見当はつく。

 薄汚れ、瘦せ細った体。

 外傷こそなかったが、虐待されていたに違いない。

 そして捨てられた。


 人間に裏切られ、絶望のどん底に突き落とされた小太郎。

 また捨てられるかもしれない。虐待されるかもしれない。そんな思いが脳裏を巡り、身構えてしまったのだろう。

 何より、自分とはまだ出会ったばかりなんだ。

 そう思うと、小さい体で威嚇している小太郎が、哀れで儚い存在に見えた。





「大丈夫だよ、小太郎。私はあなたのこと、見捨てたりしないから」


 そう言って、もう一度ゆっくりと手を差し出す。

 しばらく唸り声をあげていた小太郎だったが、やがて警戒しながらも奈津子の手を嗅ぎだした。


「そう……いい子だね。私はあなたの家族だよ」


 刺激しないように、警戒させないように奈津子が囁く。

 そしてしばらく鼻をひくひくさせていた小太郎は、ゆっくりと奈津子の指を舐めだした。


「よかった……ありがとう、小太郎」


 そう言ってゆっくりと抱きかかえると、小太郎は興奮気味に奈津子の頬を舐めた。


「ふふっ……だから小太郎、舐める時は落ち着いてって」


 嬉しそうに微笑み、小太郎を抱き締めた。


「さあ、今日も頑張らないとね。着替えるまでちょっと待っててね」


 奈津子は布団をしまい着替えを済ませると、いつもの様に部屋の掃除を始めた。

 小太郎はそんな奈津子の後について、嬉しそうに尻尾を振る。


「え……あれ……?」


 机の上を拭こうとした奈津子が、そう言って動きを止めた。


「どうして……」


 机の上には、昨日遅くまでかかって書き上げたシナリオが置いてあった。

 それがズタズタに引き裂かれていた。



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