第2章 忍び寄る闇

第8話 謎のメッセージ


 10月19日。

 中間試験も終わり、校内の空気は文化祭一色になっていた。





 この日、クラスの出し物を何にするかの話し合いが行われていた。

 担任の坂井は窓際でパイプ椅子に座り、クラス委員の玲子に議事進行を任せていた。


「多数決の結果、私たちのクラスは演劇をすることに決まりました」


 玲子の言葉に、教室内に歓声と拍手、そして落胆のため息が混じり合って響いた。


「……」


 そんな中、奈津子はずっとあのことを考えていた。

 一週間前、ノートに書かれていたメッセージ。


「オマエヲズット ミテイルゾ」


 あの言葉を誰が書いたのか。

 そしてそれは、何を意味するのか。


 一番に浮かぶのは、やはりあの「視線」だ。

 旅行の頃から続いている、自分に向けられた視線。

 その視線は、どこにいても自分を捉えている。外にいても学校にいても、部屋の中でもそれは感じられた。

 最近では、風呂の中でも感じる。

 常に何者かの視線にさらされている状態に、奈津子は苛立ちを覚えていた。


 そして今回のメッセージだ。

 都会に比べると、この辺りの防犯意識はかなり低い。鍵をかけずに外出するなど普通にある。となれば、誰かが祖父母のいない時間に侵入し、メッセージを残したとも考えられる。


 目的もないのに、わざわざ犯行予告を残すとも思えない。

 何かある。何かをしようとしている。

 でも、それが何なのか、奈津子にはまるで分らなかった。





 あの日メッセージを見た時、全身が震えた。


 恐怖。


 得体の知れない何者かが、部屋に侵入した。誰に気付かれることもなく。

 でも、何の為に?

 危害を加えたいのなら、機会はいくらでもある筈だ。

 現にこうして、易々と部屋に侵入出来るのだから。

 意図が全くつかめない。そう思い、奈津子はため息をついた。


 ようやく手にした幸せ。手放したくはない。

 本当の意味での人生が、やっと始まったんだ。

 だから邪魔しないでほしい。干渉しないでほしい。

 奈津子は祈る思いだった。





「姫。ねえ、姫ったら」


 亜希の声に、奈津子の思考が現実に引き戻された。


「え……あ、ごめんなさい。何かな」


「いやいや、それは私のセリフだから。どうかした? さっきから、いくら呼んでも上の空で」


「……なんでもないの。ちょっと考え事を」


「大丈夫? 顔色悪いよ」


「うん……大丈夫……」


「ならいいんだけど。何と言っても姫には、これから頑張ってもらわないといけないんだからね」


「頑張るって、何を?」


「ふっふーん。あれよ、あれ」


「え?」


 亜希が指差す方向を見る。

 黒板に自分の名前が書かれていた。


「シナリオ担当……ええっ? 私が劇のシナリオを?」


「あはははっ、いい反応だね、満足満足」


「シナリオってそんな……無理だよ、私」


「なーに言ってるんだか。私知ってるんだからね、姫が無茶苦茶本読んでるの」


「本を読むのは好きだけど……でも私、物語なんて書いたこともないし」


「大丈夫大丈夫、姫なら出来るって」


「何が大丈夫なのよ、この暴走娘は」


 そう言って、戻って来た玲子が亜希の頭を小突いた。

 知らない内にホームルームも終わっていて、生徒たちは下校準備をしていた。


「いくら本を読んでるからって、物語なんて簡単に書けるものじゃないのよ」


「あはははっ、だよね」


「なのにあなたったら、勝手に奈津子を推薦しちゃって。あんなの誰もやりたくないから、みんな賛成にまわっちゃって」


「私、その……」


「駄目だった?」


 調子に乗りすぎたかと、亜希が上目遣いで奈津子を見る。


「まあでも、決まったものは仕方ないから、とりあえずやってみましょう。大丈夫よ奈津子、私たちも手伝うから」


「私たちってことは、私も?」


「当然でしょ、言い出しっぺなんだから。赤点ぎりぎりのあなたに書けだなんて言わないけど、せめてストーリーくらい一緒に考えなさいよ」


「ううっ……玲子ってば、そうして言葉の端々に嫌味を混ぜるんだから」


「そういうことだから奈津子、あんまり重く考えないで。一緒に頑張りましょ」


「シナリオかぁ……でもうん、分かった。頑張ってみるよ」


 考えてみれば、こうして行事に参加するのは初めてだ。みんなと一緒に何かを成し遂げる、一体どんな感覚なんだろう。

 そう思うと、少し楽しみな気がした。

 それに何かに取り組むことで、少しは今の状況を忘れられるかもしれない。そう期待している自分に気付き、奈津子はうなずいたのだった。



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