【漫画原作】君の瞳は砂漠の星 ― Shining Stars in The Desert ―
スイートミモザブックス
#01 “砂漠のばら”を見つめて
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テキサスの石油会社の社長の娘であるサラは、鉱物に魅了されて地質学研究者の道へと進んだ。家には兄が5人いて、サラはずっと“パーティーの花”以上の役割を期待されていなかった。そんな彼女が見つけた居場所が研究室だったのだ。まだキャリアを始まったばかりだが、有名な教授の野外調査に同行するスタッフに選ばれ、中東の小国ラフィーブに行けることになった。そこは学生時代の親友リリアナが、第二王子に嫁いだ国だった。
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「サラ、まだ帰らないの?」
金曜の夕方、地質学研究所の同僚アイリスがサラに声をかけた。アイリスは夜のデートに備えておしゃれなドレスに身を包み、ふだんより華やかな化粧をしている。
「あと一時間くらいいるわ。それでひと区切りつけられそう」
サラは栗色のやわらかな髪をかきあげ、透き通った硬質なグレーの瞳を向けた。
「相変わらず、あのラフィーブみやげの“砂漠のばら”の分析してるの?」
「ええ、まあ……」
多少のきまり悪さを感じながらサラ・トランセルは答えた。砂漠のばらとは、かつて海だった土地に見られる、石灰やミネラルが花のような形に固まった石のことだ。
「ひととおりの分析はとっくに終わってるっていうのに。せっかくロマンチックな伝説のある石をつぶしちゃうなんて、もったいない。むしろすてきな男性に巡り合えるよう、願掛けでもしたらいいのに」
アイリスの声にはからかうような響きがあった。たしかにサラは、週末にデートする相手もいない。
「私はまだしばらくいいのよ。今は……」
「仕事が恋人、でしょ? 相変わらずなんだから。まあ、今は仕事がおもしろくてたまらないかもしれないわね。来月、教授のラフィーブ野外調査に同行することになったんですってね。入所二年目の助手が選ばれるなんて、大抜擢だわ。それだけ見込まれてるってことよね」
アイリスの言葉には、隠れたとげがあった。サラが勤める地質学研究所は国立で、研究者だけで百人はいる。その中でもサラの直属の上司であるブライトン教授はこの分野では世界的に有名で、いくつも画期的な発見をしていた。その野外調査に同行できるのは、研究者を目指す者にとっては憧れであり、将来有望とみなされているということでもあるのだ。
「もっともこれまで野外調査に同行した人に言わせると、ブライトン教授のきまぐれに振り回されて、かなりたいへんらしいわ。まして今度は砂漠でしょう? 行方不明にならないようにね」
彼女の言葉には羨望ともやっかみとも取れる含みがあった。それも仕方ないかもしれない。自分はたしかに誰より石や鉱物が好きだし、研究者に向いているとは思う。だが、まだまだキャリアは浅い身だ。
「そうね。ブライトン教授のペースに巻き込まれたらたいへんそう。でもせっかくラフィーブに行けるチャンスだからがんばるわ」
サラは当たりさわりのない答えをした。研究者として認められるには、結果を出すことだ。もっとも地質学は一万年単位で考える学問で、すぐに結果が出る性質のものではないのだが……。
アイリスは退社する他の人たちと華やかな笑い声をあげながら、出口に向かっていった。
夜、サラがアパートメントに戻ると八時を過ぎていた。テイクアウトの中華料理をテーブルに置き、冷蔵庫から飲み物を出した。冷蔵庫の横にあるコルクボードには、家族や友人の写真が何枚もピンで留めてあった。その中の特に大きな一枚に、トランセル家の家族全員が写っていた。母親と自分以外はみんな男性。サラは六人きょうだいの末っ子で、上は兄ばかりだ。写真の中でも自分を取り囲むように兄が並んでいるのを見て、サラは苦笑を浮かべた。
サラの父親はテキサスの石油会社の社長で、家はとても裕福だ。しかし子供たち、とくに兄たちは、大きくなった会社を引き継ぐべく、厳しく教育を受けた。今では五人全員が父の会社、あるいは関連会社の社員として働いている。サラはといえば子供のころは兄たちと同じように、テキサスっ子らしく、父が所有する牧場で馬に乗ったり、カウボーイたちの手伝いをしたりしていたが、ハイスクールに入ったころから“女性”として大切にされるようになった。両親にとっては初めての女の子で、荒くれ男たちに囲まれた環境は心配だったのかもしれないが、兄たちもまるで第二、第三の父親のように監視の目を向けてきた。
「学校のダンスパーティーに誘われただけで、大騒ぎだったものね。あれじゃふつうの男の子は怖くて近づけなかったわよ」
そして上流階級特有の社交。石油業界、銀行、政界、さらにはさまざまなチャリティにも関わっていたので、トランセル家もしょっちゅうパーティーを主催していたし、兄たちとともに出なければならないことも多かった。しかし自分に求められるのは、華やかに着飾って、パーティーに花を添えることだけ。ビジネスの能力を求められる兄たちとは違う。それが嫌でたまらなかった。
「もともとああいう世界が苦手なのよね」
サラはつぶやいた。ティーンエイジャーになってからも、牧場で過ごすのが好きだった。動物の世話ばかりではない。周囲の地形や地層を見たり、石を集めたりしていると時間を忘れた。それが高じて高校では地質学クラブに入り、石好きの仲間たちや顧問の先生とともに、テキサス周辺の地層を見て回った。それが今の仕事につながっている。
サラはコンピュータの横に置いてある、小さな透明のアクリルケースを見た。研究用とは別に、自分だけのお守りとして“砂漠のばら”をアパートメントに置いてある。
「私だって研究だけってわけじゃないのよ」
誰にともなくサラは言った。自分の好きな研究を続けたいだけでなく、自分を理解してくれる伴侶とめぐりあいたい。そういうごくふつうの女性としての望みもあるのだ。家族は愛情をたっぷり注いでくれた。過剰とも言えるほどに。けれどもいつまでも子供扱いで、大人の女性として認めてくれてはいない。
「あなたがうらやましいわ。リリアナ」
サラは大学時代の親友との写真を見つめた。おみやげとして砂漠のばらを持ってきてくれたのは、リリアナだった。彼女の親はテレビ局のオーナーで、優秀な兄がいる。それでなかなか一人前と認められないのがコンプレックスというところがサラとよく似ていたため、お互いに通じ合うものがあり、専攻は違ってもずっと仲がよかった。
そのリリアナが取材に行ったラフィーブで、第二王子であるキファーフ殿下と恋に落ち、反対の声もあるなか、ラフィーブ隣国のクーデターの発端となった争乱を撮影してスクープをものにし、最終的に王子との愛を貫いて結婚した。このところアメリカとラフィーブの文化交流が盛んになっているのも、彼女がラフィーブ王族に嫁いだことが大きい。
世間から認められる大きな仕事をしたうえ、心から愛する人と結ばれるなんて、誰もが思い描く理想だ。けれどもサラは、それまでリリアナがどれほどの努力をしてきたかを知っている。決して妬んだりはしていないし、彼女が幸せになったことが心からうれしい。ただ自分だけが取り残されたような寂しさを感じていた。
「そんなことじゃ、だめよ」
サラはケースから目をそらし、天井を向いて自分を叱る。
「少しずつでも、仕事は前に進んでるわ。教授のおともでラフィーブに行けるなんて、本当に大きなチャンスなのよ。リリアナにも会えるし、精いっぱい頑張ってこなくちゃ」
そう自分に言い聞かせていると、しだいに期待が高まり、胸がいっぱいになった。
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