第164話 他国は別世界 後編(ノバック国王視点)
こ、これは何なんだ……神の奇跡か? こんな技術がこの世に存在するなんて、信じられない。私は夢でも見ているのか?
「痛みは、なくなりました」
「良かったです。ではお二人とも席にお戻りください」
「フィリップ様……この技術について、聞いても良いのでしょうか?」
席に戻ってから意を決してそう声をかけてみると、フィリップ様はすぐに頷いてくださった。ということは、教えてもらえるのか……!
「あとでお教えすることになると思います。しかしまずはご飯を食べてからにしましょう」
フィリップ様のその言葉によって給仕がワゴンを食堂に運び入れ……それによって食堂中を支配した空腹を刺激する香りに、私は思わずごくりと生唾を飲みこんだ。
「コメのトマ煮込みでございます。ごゆっくりとお召し上がりください」
「本当はもっと豪華な食事をと思ったのですが、ここまでの道中であまりたくさんのものを食べられていないだろうと思いまして、食べやすいものにさせていただきました。コメという穀物をトマや他いくつかの野菜で作ったソースで煮込み、塩や香辛料で味付けをしています。少量の肉も入っておりますので、ゆっくりとお召し上がりください」
これが豪華ではないなんて……いつもはどれほどに豪華なものを食べているんだ。穀物に野菜を数種類、さらに香辛料も使っているなんて、我が国では一生に一度も食べられないような食事だぞ。
フィリップ様がひと匙を口に運んだことを確認し、私もスプーンに手を伸ばした。そしてゆっくりと食事を口に入れると……その美味しさに、思わず涙が滲んだ。
この世界には、こんなに美味しいものがあったのか。こんなにも、幸せな空間がまだあったのか。もう人間は、魔物にやられてほとんど残っていないのではと思っていたのに……本当に良かった。まだ私たちには仲間がいた。
「陛下……」
ダビドが私のことを小さな声で呼んだのでそちらに視線を向けると、いつもは厳しい表情で臣下の顔を崩さないダビドが、顔を歪めて涙を堪えていた。
「ダビド、最後までありがたくいただこう。天に還った皆のためにも」
「……っ、はいっ」
それから涙を堪えながら美味しすぎる食事を、もう感動しすぎてよく分からない気持ちで食べ終えた。これを我が国の皆にも食べさせてやりたいな。
フィリップ様が食休みとして応接室を貸してくださったので、そこで約一時間ゆっくりと休んだ私たちは、気持ちも落ち着いてフィリップ様と向き合っている。
ここからが本番だ。これからの我が国の未来が、この話し合いで決まる。
「ではまず……一つ聞きたいことがあります。魔法陣魔法に関する情報は、ノバック王国で全く伝承されていないのでしょうか?」
「……はい。魔法陣魔法という言葉をこちらで初めて聞きました。それから魔道具に関しても」
「魔力があることは知っておられますよね?」
「それはもちろんです。私たちの体にあるものですから」
私のその答えを聞いて、フィリップ様は難しい表情で考え込んでしまった。大丈夫だろうかと緊張して待っていると……
「分かりました。ではその二つについて軽くお教えいたします。魔法陣魔法とは、魔力を現象に変換する技術のことです」
そこから聞いた話は衝撃だった。そのような技術があれば、魔物に良いように蹂躙されることもなかったというのに……!
「なぜ、ラスカリナ王国ではその技術が残っていたのでしょうか……」
隣国でここまで差が出るだろうかと、我が国に文献の一つも残っていないということがあるだろうかと思って思わずそう呟くと、フィリップ様の口からは衝撃的な言葉が発された。
「実は……私がティータビア様から知識を授かったのです。この世を救ってほしいと。なので……この世界全体でこの技術は失われてしまったと考えるのが妥当だと思います。ラスカリナ王国も、私が知識を授かった時には滅亡寸前でした。それを何とかここまで立て直したところなのです」
私はその言葉を聞いてしばらく理解できず、その情報が私の中でやっと飲み込めた瞬間、その場で最敬礼をした。まさか神の使い様であらせられたなんて……!
「あっ、そんなに畏まらないでください。私はただのフィリップでもありますから。それに……我が国を優先して貴国を救えず、申し訳ありませんでした」
「そ、そんな……! 頭をお上げください! 自国から立て直すのは当たり前のことです。この国をティータビア様が選ばれた。ただそれだけのことです」
謝っていただくことなど何もない。それに我が国は不運でもない。ラスカリナ王国ともっと遠い国ではさらに手遅れになるだろう。隣だからこそ、こうして辛うじて助けが間に合うのだ。本当に、本当に良かった。
「そう言っていただけると助かります。……ではこれからの話になりますが、まずは私が王都に向かいます。そしてノバック国王陛下がこちらにお越しであることを伝えますので、その結果、陛下に王都まで赴いていただくことになるかと思います。そして王宮で援助に関する話し合いが行われることになるでしょう。したがって、こちらで少し待っていただかないといけないのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんでございます。可能性があるというだけでもありがたいことです」
ここまで辿り着けない未来、門前払いされる未来、怪しい他国の者だと捕まる未来、想定していたそれらの未来から比べたら今は最高の状態だ。これ以上を望むのはバチが当たる。
「そう言っていただけて良かったです。少なくとも数時間はかかりますので、こちらの応接室でお待ちください」
「かし…………ん? いま数週間と仰いましたか?」
「いえ、数時間です。あっ、転移板のことを話していなかったですね。……ただその話は許可が降りてからにしたいので、私が帰ってきてからにさせていただきます。少しお待ちください」
フィリップ様はそう言って、応接室を後にした。後に残された私とダビドは、急展開に首を傾げて言葉を発せない。
「とりあえず……待つか」
「そう、ですね」
私たちには理解できない何かがあるのだろうと、思考を放棄して待っている時間を有意義に過ごすことにした。
テーブルに置かれたお茶を一口飲むと……最高に美味しいお茶に頬が緩んだ。
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