第162話 珍しい旅人?
カルフォン伯爵領から公爵領に戻り、またコメの生産や流通に関する仕事に専念していたある日。私兵団団長のヤニックが屋敷にやってきた。
「フィリップ様、ご報告があるのですがお時間よろしいでしょうか?」
「うん、大丈夫だよ。何かあった?」
今はちょうど父上が王都に戻っているので、全ての報告が俺のところに来るようになっている。父上がいる時と忙しさが段違いで、父上の凄さを実感する毎日だ。
「実は、怪しい旅人が来ていまして……」
「旅人? それは歩きの?」
「はい。かなり薄汚れて怪我もしているようです」
旅人は珍しいな……ハインツの国になら当たり前のようにいたけど、この国にはまだ旅をするような余裕はないので、旅人なんて存在はほとんどいないのだ。
少し余裕ができてたまに貴族が旅行をしたりはしてるけど、歩きで薄汚れてってなると貴族じゃないだろう。
途中で強い魔物に襲われて、馬車と馬を失った貴族とかかな……。
「名前は聞いた?」
「はい。エドゥアール・ノバック、ダビドと名乗っておりました」
ノバックって……確か、隣国の名前じゃなかったっけ? 前に王宮で書物を読んだことがある。
近隣諸国との関係は、魔物が増えて街の外に出るのが難しくなってきた頃に途絶えたって聞いたけど……隣国の人間がやってきた? しかも国名を持つのなら王族だ。
――いや、さすがに王族が歩きで来ることはないよな。でもノバックって国名をこの国で知ってる人はかなり限られるはずだ。となると、隣国の人間ってことは嘘じゃないのかもしれない。
なんで突然この国に来たんだろう。国交が途絶えている国に突然やってきたら、どんな扱いをされるか分からないのに。
「とりあえず会ってみるよ。俺が外壁に行った方が良いかな」
「こちらに連れてくるのでも構いません。しかしその場合は外壁で丸洗いしてからになりますので、少しお時間がかかります。さすがにお屋敷に入れられるような姿ではなく……」
そんなに汚いのか……悩むけど、どんな格好でこの街に辿り着いたかを見ておいた方が良いかな。
「じゃあ俺が行くよ」
「かしこまりました。よろしくお願いいたします」
それからニルスとフレディに加えて屋敷にいた兵士も数人を護衛として連れ、俺は外壁に向かった。ヤニックに案内されて外壁の中にある休憩室に向かうと……そこにいたのは、泥水を頭からかけられたのかというほどに酷い様相の男二人だ。
いや、それよりも酷いかもしれない。服は破れていて一人の男は靴も履いていない。
「こんにちは。二人はどういう身分なのか聞いても良いかな?」
向かいのソファーに腰掛けてにこやかに声をかけると、男二人は突然その場に跪いた。
「立場のあるお方とお見受けいたします。言葉を交わす機会をくださり、誠に感謝申し上げます。私はノバック王国が国王、エドゥアール・ノバックでございます。そしてこちらは騎士ダビド。我らは貴国の豊かな生活の噂を聞き、救援を願いたく参った次第です」
……言葉はほとんど同じだ。でも少しだけ訛りというかアクセントが違う部分がある。隣国から来たっていうのは本当かもしれないな。
それに国王だというのも……嘘じゃないかもしれない。国王が自らやって来るなんてあり得ないと思う気持ちもあるけど、ここまで正式な挨拶ができる人はかなり限られている。
たとえ国王でなかったとしても、相当な身分の人だろう。でもそうなると、国王だと嘘をつく理由がない。普通は他国に何かを伝えたい時、まずは使者を送るのが一般的なのだから。
「……あなたがノバック王国の国王だという話を信じるとして、なぜラスカリナ王国に? そしてなぜこの街に来たのでしょう」
「実は……我が国は滅亡の危機に瀕しておりまして、いくつもある隣国に密偵を出したのです。その密偵の中で無事に帰還したのはこのダビドだけでした。そしてダビドから貴国の現状を聞き、我が国を助けていただけないかと参った次第です。この街に来たのは森を彷徨い、偶然この街に辿り着きました」
それで国王が自らやって来るって、ノバック王国は相当余裕がないのかもしれないな……普通は国交が断絶している国に救援なんて求めないし、求めるにしても正式な使者を送るだろう。
というか、やっぱり隣国の状況もヤバいんだな……今まではラスカリナ王国を復興させるので精一杯だったから、隣国はどうなんだろうと思いはしても、積極的に実情を知ろうとはしなかった。
そろそろこの国には余裕ができたし、隣国を助けるのもありなのかもしれない。……でもそこは国と国の関係だ。無償でというわけにもいかないだろうし、陛下や宰相様、ファビアン様に相談しないといけないな。
「とりあえず、あなたの言葉を信じます。ノバック国王、ラスカリナ王国へようこそお越しくださいました。私はフィリップ・ライストナー。ここはライストナー公爵領です。私は宰相補佐の任を得ておりますが、国家間の問題を独断で決めることはできません。陛下や宰相様に話をしなければなりませんので、屋敷で少しお待ちいただく形になります」
「ありがとう……ありがとうございます。感謝いたします」
俺の言葉を聞いたノバック国王は、瞳に涙を浮かべて深く頭を下げた。
「ではまず屋敷に来てください。屋敷で湯浴みをして着替えて食事をしてもらいます。詳しい話はそれからにしましょう」
俺はそう告げてソファーから立ち上がると、兵士数人に二人を屋敷まで連れてくるように命じた。俺は一足先に戻って、二人のことを伝えないといけない。
これからまた忙しくなりそうだな。
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