第161話 隣国の危機(第三者視点)
ラスカリナ王国と山脈で隔てられた隣国であるノバック王国。その首都ノルクにある王城の一室で、国王である男が部下の男達から報告を聞いているようだ。
しかし国王とは思えないほどに薄汚れた格好で、部屋の中にも装飾品などはない。それどころか必要な家具さえない状態だ。
「陛下……大変申し上げにくいのですが、もうノバック王国は終わりかもしれませぬ」
「他の街との連絡手段は既になく、ここ王都唯一の水源であった川までの道中に、魔物が住み着いたようです。かろうじて生きている井戸から飲み水は得られましょうが、作物を育てるほどの水はなく、近いうちに皆が飢えに苦しむことになるかと……」
「飢え死にか、魔物に殺されるか、その二択でございます。陛下……いかがいたしましょう」
その部屋に漂うのは希望などない絶望感だ。しかしそれでも国のトップである以上、最後まで諦めてはいけないと男達は知恵を絞っている……が、いくら知恵を絞ったところでどうにもならない現実というものはある。
「魔物を倒すことは……無理だろうか」
「近年は魔物の数が増えすぎてしまい、そのため他の街との行き来も不可能になっておりますので……可能性はあるかもしれませんが、かなり低いかと」
「騎士や兵士はかなり数を減らしておりますので、魔物討伐の人員を確保することも難しいのが現状です」
その言葉を聞いて、国王である男は頭を抱えて項垂れた。その頭には泥汚れがついていて、指はガサガサに乾燥している。一国の王というよりも、農民のような出で立ちだ。
「……隣国に送り出した密偵は、帰ってこないか?」
「まだどの国からも帰ってきておりませぬ。……魔物が蔓延る街の外で、隣国まで辿り着き生きて帰ってくるのは困難かと思います」
そこまで話をしてもうどうしようもないと諦めかけたその時、突然部屋のドアが開かれた。
「た、た、大変です……!」
「何だ、ついに街の中にまで魔物がやって来たか?」
国王がもう全てを諦めたような声音で発した言葉に、男が被せるように「違いますっ!」と叫んだ。
「り、隣国に送り出した騎士が一名、帰還いたしました! その者の話によると、山脈を超えた先の隣国はとても豊かな暮らしをしているそうです!」
「何だと!? どの国だ!」
「ラスカリナ王国という名だそうです。言語も問題なく通じたと」
「でかした……! 今すぐその騎士を呼べ!」
さっきまでの絶望感から一転、一筋の希望が見えたことで、王城内は明るく生まれ変わったようだ。
そんな王城の一室で、今度は一人の精悍な顔つきの男が国王と向かい合って椅子に座っている。
「ラスカリナ王国に辿り着いたのだな」
「はい。途中で仲間を数人亡くしましたが、それでも四人で隣国の街に到着しました。するとその街では作物が食べきれないほどにあり、よく分からない道具に魔力を込めるだけで新鮮な水を得ることができるようでした」
「……そんな街が、本当にあったのか?」
「間違いありません。そこで私達は陛下に一刻も早くお伝えしなければと、皆で国に戻りました。しかしその道中で三人の仲間を亡くし、私一人が何とかここまで辿り着けたという経緯です」
国王はその報告を聞き少しだけ悲しげな表情を浮かべたが、すぐに切り替えたようで真剣な表情で顔を上げた。
「その国に救援を願おう。――私が直接隣国に向かう」
「なっ、それは危険すぎます!」
「いや、ここで私が行かなければ何のための国王なのか。騎士を数名だけ連れて行っても構わないか?」
「……それはもちろん、構いませんが。救援を願ったところで無碍にされる可能性も……その辿り着いた街で、お前達は受け入れられたのか?」
一人の男が帰ってきた騎士にそう問いかけると、騎士は首を横に振った。
「一応街に入れてもらえましたが、ずっと監視がついていました。やはり怪しまれていたようです。隣国から来たことを明かして救助を願おうかと思いましたが、それによって捕まり国に帰れなくなることを危惧し、報告を優先した次第です」
「……やはりそうか。では宰相、私が帰ってこなければまた別の人員を隣国に送り込め。毎回辿り着くのが同じ街とも限らん、いつかは成功するかもしれん。我が国は隣国に助けてもらう以外で存続する方法はない」
国王の有無を言わせぬ声音を聞き、宰相と他の男達はハッと頭を下げた。もう国王が意見を変えることはないと悟ったのだろう。
それからは慌しかった。とにかく一日でも早く隣国に向かおうと準備を進め、その日のうちには同行者が決まった。同行者は今回帰還に成功した騎士が一名と、他に騎士が五名だ。
必要最低限の食料を準備し、あとは現地調達だ。残り少ない金属製の武器だけは全員で持ち、王城の一室に集まった。
「皆の者、我々の目的は隣国ラスカリナ王国からの救援を得ることだ。道中には魔物が蔓延り、生きて隣国に辿り着くのは相当難しいだろう。しかしノバック王国のため、苦しむ国民のために必ず隣国へ行きたい。私のために、そして国のために命をかけてくれ」
国王のその言葉に六人の騎士は「はっ」と声を揃えて深く頭を下げた。皆の瞳には諦めの色など微塵も感じられず、瞳の奥にはゆらりと炎が燃えている。
「ありがとう。……ではいくぞ」
「はっ!」
滅亡寸前のこの国を救うため、七人の男たちが荒れ果てた街を後にした。この遠征の成否に、この国の運命はかかっている。
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