第155話 別の領地の特産品

 皆をカルフォン伯爵領に送り出してから一週間ほどが経ち、俺は領地に戻ってコメの生産と交易に関する調整のために、毎日忙しく働いていた。

 ライストナー公爵領には領都以外の街がいくつもあるので、その街に出張してそちらでもコメの生産をしてもらうように、街の代官との会議や農家の皆との話し合いなどをしているのだ。


 そうして忙しい毎日を送っていたある日。外壁にある転移陣の警護をしている兵士が、俺の下に手紙を持ってきてくれた。


「フィリップ様、ヴィッテ部隊長からのお手紙でございます。危険がないか中を改めさせていただきましたが、問題ありませんでした」

「ありがとう。すぐに返事を書けるようなものだったら書くから、ちょっと待っていてくれる?」

「もちろんです」


 手紙を開いてみると、中にはかなり嬉しい事柄が書かれていた。ヴィッテ部隊長も興奮しているようで、文面から嬉しさが伝わってくる。


「ニルス、特産品となりそうなものが見つかったってよ」

「それは良い知らせですね」

「うん。こんなに早いなんてさすがに驚いたよ」


 手紙の内容によると、王都やライストナー公爵領にはいなかった魔物を発見したのだそうだ。その魔物がこういう魔物がいたら絶対に捕まえて欲しいと、俺が事前に特徴を伝えていたものと酷似しているらしい。

 その魔物とは……ホワイトカウだ。もし本当にホワイトカウなら、ついにミルクが手に入る!


「これは父上と話し合ってから返事を書こうかな……俺が現地に行きたいし」


 兵士には返事は後で届けるからと伝えて戻ってもらい、俺は手紙を持って父上がいるだろう執務室に向かった。ちなみに今まで俺がいた場所は、屋敷の敷地内にある畑だ。


 執務室に向かってノックをして声を掛けると、すぐに入室許可が出たので中に入る。父上は執務室の奥にある机で書類仕事をしていた。


「フィリップ、どうしたんだ?」

「実はヴィッテ部隊長から連絡が来まして、特産品となり得る魔物を発見したそうです」

「おおっ、それは朗報だな。ソファーに座れ」

「ありがとうございます」


 向かい合わせでソファーに腰掛けると父上の従者がお茶を淹れてくれたので、一口飲んでお茶の美味しさに癒された。ふぅ……落ち着く。


「手紙を見せてくれるか?」

「もちろんです」

「――ほう、これはフィリップが言っていたホワイトカウではないか?」

「そうなのです! なのでぜひ私が現地へ赴き、色々と確認をしたいのですが」


 俺の提案を聞いた父上は、少しだけ考え込んでからすぐに頷いてくれた。


「最近はコメの生産も落ち着いてきているし、私一人でもなんとかなるだろう。フィリップはカルフォン伯爵領へ行くと良い。その代わり、最初の交易相手はうちの領地にするんだぞ?」


 父上は悪い顔でそう言って笑みを浮かべた。俺はそんな父上の言葉に苦笑を浮かべながら、「かしこまりました」と了承を伝える。


「もしホワイトカウならば、どのように飼育すれば良いのかについて情報を伝えなければいけませんので、数週間は戻らないかもしれません」


 ホワイトカウの育て方はニワールとはまた違うし、さらにミルクをどうやって採取するのかも知識がないと難しいだろう。俺も実践はやったことがないから知識しか伝えられないけど、それがあるのとないのとでは違うはずだ。


「分かった。もしこちらで何かあれば手紙を送ろう」

「よろしくお願いいたします。他の領地の代官から何か連絡があるかもしれませんので、そちらの対処をお願いできればと思います」

「任せておけ」


 俺はそうして父上と話し合いを終えると、自室に戻って手紙の返事を書いた。ホワイトカウは生き物だからできる限り早めが良いだろうし、明日には王都経由でカルフォン伯爵領に向かうと伝える。

 そうだ、ティナも一緒に行くかな。自分の家の領地を一度ぐらいは見てみたいんじゃないだろうか。ティナも行くかもしれないと書き加えておこう。


 明日王都に行ってからティナに領地へ行くことを伝えるのはさすがに急すぎるし、ティナへの手紙も書くことにする。カルフォン伯爵領とライストナー公爵領は直接繋がっていないので、必ず王都を通すことになり、ついでにティナへの手紙も送りやすいのだ。


「よし、これで良いかな」

「私が外壁へ届けましょうか?」

「ううん、俺も行くよ。ついでにしばらく留守にすることを皆に伝えたいし」

「かしこまりました」


 それから俺は外壁に行くまでの間に、屋敷の皆に始まり屋敷の畑を管理してくれている庭師の皆、それからコメの生産を担ってくれている農家の代表者など回れるところは全て回り、これからしばらく不在にすることを伝えた。

 そして最後は外壁にいる兵士たちだ。


「フィリップ様、いかがいたしましたか?」


 外壁に入ると、ちょうど休憩室にいた団長のヤニックが声を掛けてくれた。


「休憩中じゃないの?」

「そうですが、そろそろ終わりですので大丈夫です」

「じゃあこれを頼みたい。王都に送ってくれる? 最終的にはカルフォン伯爵領行きなんだ」

「かしこまりました。お預かりいたします」

「それから皆に伝えて欲しいんだけど、これから俺は数週間カルフォン伯爵領に向かうから、ここにはいなくなる。もし俺への手紙が来たら父上に渡して欲しい。交易は父上と共に、今まで通りで頼むよ」


 俺のその言葉を聞いて、ヤニックはカッコよく敬礼をしながら「ハッと」と了承してくれた。

 確かに兵士や騎士ってカッコいいよな……ローベルトが真似したくなるのも分かる。でも俺には厳しい訓練に耐えるのは無理だろう。俺は勉学の方が向いてるのだ。だから前世でも魔術師を選んだ。


「フィリップ様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「ありがとう」


 そうして俺は出発前に、数週間留守にすることを慌ただしく知らせて回り、屋敷に戻ってからは空間石に色々と荷物や手土産を詰め込んで準備をして、早めに眠りについた。

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