第154話 他領に派遣
コメのお披露目をしてから約一ヶ月後。俺は転移板を使って領地から王都に帰ってきていた。実は今日は、ヴィッテ部隊長とパトリス達を他領に派遣する日なのだ。
今回派遣する領地はライストナー公爵領から向かうよりも王都から向かったほうが近いので、皆を領地から王都に連れ帰っている。
「久しぶりの王都ですね……」
「懐かしい気がします」
「全然帰って来られなくてごめんね」
「いえ、私たちが休日の帰還を勧めてくださったフィリップ様の提案を断ったのですから、気になさらないでください。次に向かうのはカルフォン伯爵領なのですよね」
皆で転移板が設置されている王宮の一室から出て、廊下を歩きながら話をする。転移板は王宮に作る連絡棟に全て設置する予定だけど、連絡棟はまだ完成していないのでとりあえず王宮の一室に置いているのだ。
最初は公爵家の屋敷に設置していたけど、しばらく使って安全が確認されたから王宮への設置を許された。
「そうだよ。カルフォン伯爵領はライストナー公爵領からかなり離れてるから、また新しいものがあると思うんだ。俺は転移板が設置されるまでは行けないんだけどよろしくね」
「かしこまりました。しっかりと転移板を設置してきます」
転移板はすでにシリル達に量産を始めてもらっていて、シリルはかなりの練習期間を経て大きな転移板を描けるようになっている。もう転移板作成に俺の手は必要ない。
本当にシリルはめちゃくちゃ才能のある弟子だったよな……もう俺はシリルに技術は完全に抜かされている。他の皆にも抜かされてるかもしれないぐらいだ。
「おっ、フィリップ達が来たぞ」
王宮の中庭に出ると、そこにはたくさんの人達が集まっていた。
「ファビアン様、マティアス、お待たせいたしました」
「いや、私達も今来たところだ」
「馬車がこんなにも……準備をしていただきありがとうございます」
今回のカルフォン伯爵領までの道中は、転移板もあるので馬車で行ってもらうことになっている。いくつもの大型の馬車が並んでいる様子は壮観だ。
馬の数も増えたよな……最初に馬を見つけてから、王都近くの森の奥で三度も馬を発見して保護できているのだ。そのおかげで王都には馬車の定期便も走っている。
転移板があるとは言っても近場の移動にはしばらく使われないだろうし、馬にはまだまだ活躍してもらわないといけない。
「フィリップ様、お久しぶりです!」
「あ、シリル。久しぶりだね。転移板作成はどうかな?」
「やっと三対の転移板が作成できました。何度か途中で失敗してしまって、失敗した魔鉱石をまた平らに戻すのにも時間がかかっていて……」
「あれ意外と大変なんだよね……平に戻すのはシリルじゃなくて、雑用の人を雇えば良いんじゃないかな。マティアス、雇っても良いよね?」
近くにいたので話が聞こえていただろうマティアスに声をかけると、マティアスはすぐに頷いてくれた。
「もちろん必要ならいくらでも雇えるよ」
「本当ですか……では、二名ほど雇いたいです。魔鉱石を平に戻すだけではなくて、工房内の掃除も滞ってまして」
「了解。じゃあ募集しておくよ。募集要項はシリルが考えておいてくれる?」
「かしこまりました! すぐに提出いたします」
そうして話をしていると、カルフォン伯爵夫妻とティナがやってきた。
「ファビアン様、フィリップ様、マティアス様、此度は派遣先に選んでくださってありがとうございます」
「こちらこそ熱心に手を挙げてもらって助かったよ」
「カルフォン伯爵領はライストナー公爵領と離れているから、今回はとても好条件なんだ。事前に話し合いをしている通りに頼むぞ」
「はい。騎士と冒険者を受け入れ、領地の私兵団と合わせて探索をいたします。そして特産品となるものが見つかり次第、交易の準備もいたします」
カルフォン伯爵はそう宣言すると、頼もしい表情で頭を下げた。それに夫人とティナも続く。今回はカルフォン伯爵夫妻も領地に向かうことになったのだ。ティナはその見送りに来ている。
「ではさっそく馬車に乗ってくれ。早く出発しなければ進める時間が減ってしまうぞ」
「かしこまりました。では行って参ります。ティナ、王都の屋敷を頼むよ。息子達とも仲良くな」
「もちろんです。お養父様、お養母様、いってらっしゃいませ」
そうしてカルフォン伯爵夫妻がまず馬車に乗り、それからパトリス達とヴィッテ部隊長の部隊の騎士達が馬車に乗り込んだ。数人は馬に騎乗で行くようで、準備されていた馬の下に向かう。
「これで他の領地とも交易が始められるな」
「はい。カルフォン伯爵領が上手くいったら、すぐに次の領地に派遣しましょう」
「そうだな。コメの生産はどうだ?」
ファビアン様のその問いかけに、俺は思わず頬を緩めてしまった。そんな表情になってしまうほど、コメの生産は順調なのだ。
「問題なく進んでいます。交易の方も王都とは少量から始めていますが、大きな問題は起きていません」
「それは良かった。では近いうちにコメも自由に食べられるようになるな」
「その時が楽しみですね。コメはとても美味しかったですから」
マティアスのその言葉に、ファビアン様も表情を緩める。
「ああ、私にはかなり好みの味と食感だった」
「僕もです。トマソースにあれほど合うとは驚きました」
「そう言っていただけて良かったです」
王宮の食堂でコメのお披露目をした時は、とにかく皆がコメを気に入っておかわりの嵐で、すぐに準備した分がなくなってしまったのだ。
今は平民にもコメの美味しさを広めたいってことで、交易で王都に来ている分は貴族や王宮が買い占めないように管理しているから、ファビアン様とマティアスでもコメをあまり食べられていない。
「できる限り早く好きなだけ購入できるように生産体制を整えますので、もう少しお待ちください」
「ああ、楽しみにしている」
そうして話をしていたら馬車の準備が整ったようで、皆を乗せた馬車はカルフォン伯爵領を目指して進み始めた。こういうのは最初が肝心だし、この遠征が上手くいくと良いな。
俺はそう祈りながら、期待を込めて見えなくなるまで馬車を見送った。
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