第130話 森の奥
今日はいつものメンバーで森を探索する日だ。もう何度も森へは入っているのでかなり慣れてきて、緊張することもなく日常業務の一種のような扱いになっている。
しかし今日の森の探索はいつもと違う。それによって普段はリラックスしているメンバーも、さすがに緊張の色が隠せないようだ。
「フィリップ様、空間石の最終点検が終わりました。野営道具は過不足なく入っております」
「了解。報告ありがとう」
「はっ!」
ヴィッテ部隊長が代表で報告してくれて、準備は完了だ。そう、野営道具ということは……今回の森の探索は二日がかりで行うのだ。
もっと森の奥まで探索したいということで、暗くなる時間まで奥に進み続け、そこで一泊して次の日に街まで来た道を引き返す予定を立てている。
「今回はいつもと違って森で夜を明かすことになる。夜の森にも何度か訓練で入ったと思うけど、やっぱり明るい時間よりは危険度が増す。今まで以上に気を引き締めて探索に当たってほしい。――じゃあ、出発しようか」
俺は皆を見回しながらそう声をかけて、いつも以上に緊張している皆を和ませようと、最後に笑みを浮かべた。すると皆も気合の入った表情を見せてくれる。この様子ならそこまで心配はいらないかな。
街を出てから数十分が経過して、俺達は森の中を歩いている。まだいつも探索している範囲なので、皆の足取りは軽やかだ。
「フィリップ様、採取は最低限で良いのですよね」
先頭を行く冒険者の中から、パトリスが確認の声をかけてきた。パトリスは冒険者のまとめ役として、森の探索では多大な貢献をしてくれている。
「うん。今回はとにかく森の奥まで行くことを優先しようと思ってるんだ。だから既に採取したことがあるものは全部スルーで良いよ」
「かしこまりました」
そこかしこに見えるちょうど熟れた時期の果物や野菜などを採取したい誘惑に駆られるけど……それでは野営道具を持ってきた意味がない。俺は誘惑を振り切ってひたすら前を向いた。
そうして進み続けること数時間。俺達は今まで進んだことのある最奥まで到達することに成功した。ここから先は未知の領域だ。
「皆、ここで一度休憩しよう。お昼ご飯も食べたいし」
「かしこまりました」
事前に決めてあった休憩時のフォーメーションをとり、順番に見張りをしながら食事をしていく。まずは騎士団と俺、ニルス、フレディが見張りをして、冒険者の皆が食事だ。
「お先に失礼いたします」
「気にしないで。冒険者の皆は先頭を歩いてくれて疲れてるだろうから、しっかり休んでほしい」
「ありがとうございます。午後のために休ませていただきます」
パトリスが空間石を代表で持っているので、昼食を受け取るために皆がパトリスの前に列になった。今日の昼食は……蒸したジャモと干し肉だ。蒸したジャモはあまり保存できないけど、当日の昼食なら問題ないだろうと持ってきたのだ。
ちなみに他の食料は、パンや干し肉、トウモなどを空間石に入れて持ってきてある。少し前までは、森に向かう冒険者の昼食は生のジャモだけだったことを考えると、食事内容はかなり改善させることができた。
やっぱり空間石の存在と、なによりもパンを作れるようになったことがでかいのだ。それから魔法陣魔法の普及で火や水が簡単に使えるようになったのも、相当改善に寄与している。
「フィリップ様、魔物が来ます」
「了解」
俺はヴィッテ部隊長の言葉によって思考の波から引き戻され、魔物が来るであろう方向に向かって魔法を飛ばせるように魔法陣を準備した。
「ビッグラビットが……五匹です!」
「五匹か……俺達が二匹倒すから、皆は三匹をお願い」
「かしこまりました」
俺とニルス、フレディの三人と騎士達に分かれて戦闘開始だ。基本的に森の中での戦闘は連携が大切なので、戦闘を分けられる時は極力分けて行う。
「フレディ、前衛をお願い。牽制だけで良いよ」
「かしこまりました」
「ニルス、俺が右ね」
「はい。では私が左ですね」
作戦を簡潔に伝えるとそれだけで二人は理解してくれて、それぞれ現状で最適な動きをした。フレディは俺達に向かってきている二匹のビッグラビットに対して剣を振るって動きを止め、俺とニルスはその隙を逃さずに素早く魔法陣を描いてビッグラビットに攻撃した。
するとニルスの風の刃と俺が放った石の矢じりが一直線にビッグラビットの首元に飛んでいき、吸い込まれるように急所に当たって絶命した。
「二匹、死亡が確認できました」
フレディが近づいて倒せているのかを確認してくれて、俺達の戦闘は終了だ。苦戦してたら助けに入ろうかな……そう思って騎士団の方を振り返ると、騎士団の皆の戦闘も既に終わっていた。
「ヴィッテ部隊長、怪我人はいない?」
「はい。問題ありません。フィリップ様はお怪我はございませんか?」
「大丈夫だよ」
誰も怪我がないことを確認したら、すぐにビッグラビットの解体を開始する。そして日持ちする持ち帰れる部位のみを空間石に仕舞い、残りは地面に埋めてその場を離れた。
戦闘をして血の匂いが少しでも広がってしまった場所は、魔物に襲われる危険が高いので離れるのが鉄則なのだ。
「パトリス、十分ぐらい離れたところでまた休める場所を見つけてほしい」
「かしこまりました」
そうしてそれからは場所を移動して俺達もお昼休憩を済ませ、午後は本格的に未知の森へ挑むことになった。
「すぐに新しい植物が見つかるかと思いましたが、あまり目新しいものはありませんね」
「もう新しいものは粗方見つけちゃってるだろうからね」
さすがに数百メートル進むだけで、そんなに新しいものが現れる森なんてないだろう。でも一つや二つぐらいはあると嬉しいんだけどな……せっかく二日がかりで探索したのに、全く成果なしでしたっていうのだけは避けたい。
「フィリップ様が狙っている植物などはあるのでしょうか?」
「そうだね……サツモっていうジャモと似た野菜があるんだけど、それがあったら良いなって思ってるかな」
あれは野菜というよりもスイーツに近いんだ。サツモがあれば甘いデザートが食べられるようになる。焼きサツモとか凄く美味しいし、ただ蒸しただけでもかなり甘いのだ。あの甘さが恋しいな……気候的には砂糖を見つけるよりも、サツモを見つける方が簡単なはずなんだけど。
……ん? 甘いサツモのことを考えて幸せな気分に浸っていたら、視界の端に気になる植物が映った。あれって、もしかしたら新しい作物かも!
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