第123話 母上への贈り物

 仕事が休みのある朝。俺はこっそりとローベルトの部屋を訪れていた。


「ローベルト、おはよう」

「あにうえ! どうしたの……?」

「しー! ローベルト、静かにね」


 俺が口に人差し指を立てて当てると、ローベルトも同じ仕草をして口を閉じた。


「入っても良い?」

「うん、もちろんいいよ」


 了承を得て部屋の中に入ると、ローベルトはすぐに駆け寄ってきてくれた。ニルスが素早くドアを閉めて、フレディが廊下を見張っていてくれる。


「ローベルト、これ見て」

「あっ! これあれだよね? ぼくが見つけた……まこうせき?」

「そう、魔鉱石ね。ブローチにしてもらったんだ。凄く綺麗に仕上がってると思うんだけど、どうかな?」


 ローベルトが宝物として保管していて、母上に加工してあげたいからと俺が預かっていたものだ。昨日出来上がったと連絡が来て、仕事帰りに受け取っていた。


「すっごくきれい! ははうえよろこぶかなぁ」

「絶対に喜ぶよ」


 ブローチを両手で持ってキラキラと瞳を輝かせるローベルトは本当に可愛くて、俺の頬は自然と緩む。母上は俺達が大好きな人だから、ローベルトからの贈り物なんて泣く可能性すらあると思う。


「あにうえ、どうやってわたせばいい?」

「うーん、普通に食事の前に渡すので良いと思うけど、もう少し工夫した方が面白いかな」


 どうせなら俺達全員からいつもありがとうと、感謝の気持ちを込めた何かをしようかな。今日は確か父上も屋敷にいるはずだ。


 三人で何かをするとなると、やっぱり手軽なのは料理だろう。ムギ粉とトマソースがあるのでいつか作ろうと思っていたけど、忙しくて後回しにしていたあれ。そう、ピザを作るのはどうだろうか。

 うちにもパンを焼く窯は作ったから、ピザを焼くのにも使えるはずだ。ピザのトッピングならマルガレーテとローベルトにもできるはず。


 トマはちょうど収穫してもらったやつがあるし、ムギ粉もまだ残っている。朝食を食べて二人が仕事を始めたら、こっそりと準備を始めよう。

 俺の仕事が休みの日は二人の家庭教師も休みだし、使用人に協力して貰えばバレずに準備できると思う。


「ローベルト、マルガレーテにも話をしに行こうか。三人で父上と母上にサプライズをしよう」


 俺がローベルトの顔を覗き込みながらそう告げると、ローベルトは凄く楽しそうに満面の笑みを浮かべた。


「やりたい! 何やるの? ぼくもなにかする?」

「うん。俺に良い考えがあるんだ。マルガレーテを仲間はずれにするのは可哀想だから、まずは部屋を移動しようか」

「うん!」


 そうして俺はローベルトと手を繋ぎ、足音を立てないようにマルガレーテの部屋に向かった。女の子の部屋なので伺いを立ててから部屋に入ると、マルガレーテは満面の笑みで俺達を迎え入れてくれる。


「お兄様、何か楽しいことをするのですか!」

「そうなんだ。ちょっと声を小さくしてね」

「あっ、かしこまりました」


 マルガレーテは口を手で塞いでこくりと頷く。マルガレーテは大人っぽいけど、こういうところを見るとまだまだ子供なんだなと思い出す。


 それから二人にさっき考えたサプライズの内容を説明すると、二人とも瞳を輝かせて同意を示してくれた。


「お兄様、素晴らしいです! ピザって美味しそうですね!」

「おいしいのたべたい!」


 二人はサプライズよりも美味しいピザに意識がいってしまったようだ。このサプライズを成功させるためには、俺がしっかりしないとダメだな。


「美味しいのを作ろうか。でも父上と母上へのサプライズだから、楽しみだからってこれからの朝食で言っちゃダメだよ?」

「分かっています。絶対に言いません!」

「ぼくも!」


 本当に分かってるのかな……俺は二人の様子に思わず苦笑が漏れてしまう。完全に隠すのは無理だろうな。まあ最悪はバレてしまっても良いか。父上と母上に気づいてないふりをしてもらおう。


 それから三人で仲良く食堂に向かうと、すぐに父上と母上も食堂にやってきた。二人はいつもよりソワソワと落ち着かなくて、何かがあるということはバレバレだ。


「今日はどうしたんだ? 何か楽しみなことでもあるのか?」


 父上が二人にそう聞くと、二人は声をそろえて「うん!」と元気よく返事をした。これはダメだな……


「あっ、でも内容は秘密です!」

「ひみつ!」


 とりあえず何かを俺達がすることはバレバレだけど、内容は隠し通せそうかな。俺が父上と母上に視線を向けると、二人は苦笑しつつ頷いてくれた。


「秘密なのね。では後で話を聞くのを楽しみにしているわ」

「うん! おいしいのだよ!」

「ローベルト、言っちゃダメ!」


 食べ物ってこともバレたな……これは話せば話すほどに全てがバレそうだ。俺はこの話を強制的に止めようと思い、やや強引ながらも口を開いた。


「今日の朝食も美味しそうですね」


 俺のそんな話題逸らしに、父上が苦笑しつつ乗ってくれる。


「そうだな。今日はジャモと野菜炒めか?」

「そうみたいです。大きめの肉が入っていますね」


 最近は野菜の収穫量が増えて、肉も定期的に手に入るようになったので、食事内容はかなり向上している。前世と比べたらまだまだ質素な食事だけど、最初の頃と比べたら天と地ほどの差だ。


 香辛料が増えたので、味のバリエーションもかなり増えた。塩味だけの食事からは卒業だ。


「おいしそうだね!」

「本当ね。お父様、早速食べましょう!」


 二人の意識を料理に向けることに成功したみたいだ。

 そうしてそれからは、これからのことについて話を振らないように気を付けつつ、美味しくて楽しい朝食を済ませた。


 そして朝食が終わってから父上と母上とは別れ、俺はマルガレーテとローベルトと一緒に厨房へ向かう。厨房にはニルスに伝言を頼んでおいたので、クロードが準備をして待ってくれていた。


「皆様、おはようございます」

「クロードおはよう。突然厨房を使いたいなんて言ってごめんね」

「いえ、いつでも仰ってください。一応ニルスから伝えられた食材は準備をしておいたのですが、本日は何をするのでしょうか?」

「今日はピザっていう新しい料理を作ろうと思ってるんだ。父上と母上に日頃の感謝を込めて、三人で一緒に」


 俺のその説明を聞いて、クロードは優しい笑顔を浮かべてしゃがみ込んだ。


「とても素晴らしいですね。私と一緒に美味しい食事を作りましょう」


 クロードのその言葉に、マルガレーテとローベルトが嬉しそうに頷いたところで、俺達のピザ作りが始まった。

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