第119話 代表者会議
パン作りに成功してから三週間後。俺達は中央宮殿の会議室で、地区ごとの代表者と向き合っていた。
「皆の者、本日は集まってくれて感謝する。事前に伝達していた通り、新たな作物の栽培についてとニワールという魔物の飼育についての話だ。重要なことなのでしっかりと聞いて欲しい。ではフィリップ、よろしく頼む」
「かしこまりました」
畑については俺が中心となって進めているので、俺が主に説明をする。もちろんコレットさんも隣に助手として控えてくれている。
「皆も知っている通り、魔法陣魔法を使えるようになったことで安全に森に入れるようになり、新たな作物を探しに探索に向かったんだ。そこでいくつもの作物を発見したから、皆にも育てて欲しいと思ってる。そしてそれに伴って農業の在り方を変えたいんだ」
俺のその言葉を聞いて、前半では目を輝かせていた皆が後半で首を傾げた。
「それは……どういうことだ?」
「今の皆はジャモやレタ、オニンを各自が少しずつ育ててるよね? それを一人一つの作物を育てるように変えたい。例えばそこのお兄さんがジャモ担当、その隣の人がレタ担当みたいな感じで。一つを大量に育てた方が効率的だし、収穫量も上がると思うんだよね。ただ地区の中では全ての作物をもちろん育ててもらうよ。あくまでも同じ地区の農家さん達で分配するって話ね」
とりあえず何をやりたいのか理解はできたのか、曖昧な様子ながらも皆は頷いてくれた。しかし一人の男性が手を挙げて口を開く。
「それだと一種類しか食べられなくねぇか? オニンだけじゃ生きていけねぇよ」
やっぱりこの質問がくるか。皆が作物を育ててるのは、まず第一に自分達が食べて生きていくためなのだ。その辺の意識が変わるまでは時間がかかるだろうな。
「これからはたくさん作った作物を売ってお金にしてもらって、そのお金で他の人が作った作物を買って食べて欲しいと思ってる。最近はお金も普及してきてるし、問題なく回ると思うんだ。それに農業以外の仕事も増えてきたから、今までよりも作物は売れると思うよ」
「確かにそうか……」
皆は俺の説明を聞いても微妙な表情を浮かべている。やっぱりすぐに受け入れてもらうのは難しいか……まだまだお金も平民の間で使われ始めたところだから。
これは会議が長引くかもしれない。そう思ってもう一度口を開こうとしたその時、一人の男性が声を発した。
「俺は賛成だ。今まで国が進めてくれたことは全部俺達の生活を楽にしてるから、今回も信じるぜ。それにフィリップ様が主導なら間違いはねぇ。何せティーダビア様から知識を賜ったお方だからな」
「……確かに、それもそうだな」
「一つの作物に特化した方が上手くいくのかもしれない」
「その方が育てやすいことは確かだよな」
男性の言葉で会議室の雰囲気が一変した。さっきまでは今までのやり方を変えたくないって感じだったのに、今では変えた方が良くなるんじゃないかと皆が意見を発している。
使徒だと敬われるのはあんまり好きじゃないんだけど、こうして信頼してもらえるのはありがたいな。……ただこの信頼を裏切らないように、下手な政策はできないってプレッシャーも感じるけど。そこは頑張るしかない。
「皆ありがとう。じゃあ俺がさっき説明した方針に変えるので良いかな?」
「ああ、それで良い。ただどうやって作物を割り振るのかが問題だな。そもそもどんな作物があるんだ?」
「それはこれから説明するよ。いくつか現物も持ってきてるんだ」
俺はそう言って、空間石の中から収穫したままの作物とそれを料理したものを取り出した。皆の視線は一斉に机の上に並べられた作物と料理に注がれる。
「見たことないものばかりだな。本当に食べられるのか……?」
「これは知ってるぜ、最近話題の卵だろ?」
「おおっ、これがそーなのか!」
俺が取り出したのはムギ、トマ、トウモ、卵、いくつかの香辛料、さらにパン、トマソース、焼きトウモ、卵焼きだ。パンはさっき焼き上がったものだからまだ仄かに温かいし、焼きトウモはまだ熱いぐらいだ。
「じゃあ端から説明していくね。まずはここにあるムギだけど、これを粉状にして作ったのがこのパンなんだ。全員に少しずつ配るから食べてみて」
俺のその言葉によってニルスが動き出し、パンをナイフで切り分けてくれる。それを配って回るのはシリルだ。
「うわっ、なんだこの頼りない感じの柔らかさは」
「本当だな……美味いのか?」
「パンはトマソースをつけても美味しいから、全部食べないで取っておいてね」
皆はしばらくパンの感触を不思議そうな表情で楽しんでいたけれど、一人の男性が口にして美味いと叫んだところで、慌てて他の皆もパンを口にした。
「本当だな、これは予想以上に美味いぞ!」
「ジャモより味が濃いな! 香ばしさもあって美味い!」
「これは美味い。俺はムギが作りたいな」
パンは皆に好評みたいだ。この様子なら積極的に作ってくれそうだな。
「気に入ってもらえたなら良かったよ。じゃあ次はトマソースね。トマソースはここにあるトマと、こっちにあるいくつかの香辛料を混ぜて作ったものなんだ。トマは野菜の一つで香辛料は塩の仲間だよ」
皆はパンが美味しかったからか、今度は躊躇いなくトマソースをスプーンで掬って口に運ぶ。
「……なんかよく分かんねぇけど、とりあえずめちゃくちゃ美味いことだけは分かる」
「ああ、なんかいろんな味がするよな?」
「よく分からないが、とにかく器いっぱいのトマソースを食べたいことは確かだ」
パンよりも複雑な味だからか、こちらの方が純粋な驚きは少ないみたいだ。ただ美味しさは伝わっているみたいで良かった。
この国の人達はほとんど塩味しか食べてきてないから、突然旨味の強いものを食べても困惑が勝つのだろう。これは食べ慣れれば解決する話だ。
「パンに付けても食べてみて」
「ああ……お、おお? これ美味いな!」
「本当か? ……ほんとだな!」
「そのままよりパンに付けたほうが好きだ」
「これはソースだから、何かに付けて食べるものなんだ。ジャモに掛けたりしても美味しいだろうし、色んなものに合うと思うよ」
皆はもう一度パンに付けてトマソースを口にし、今度はトマを作りたいと主張し始めた。これは新たな作物が争奪戦になりそうだ。
俺はそんな皆の様子に苦笑しつつ、次にトウモを紹介するために焼きトウモが載る皿を手にした。
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