第118話 新しい作物の普及
料理長が切り分けてくれた二つのサンド受け取ると、卵やコロッケの良い匂いが漂ってきて、持っているだけで食欲を刺激される。
「美味しそうだな」
ファビアン様がそう言って、さっそくコロッケサンドを口に運んだ。そしてすぐに頬を緩めて何度も頷く。
「……これは、本当に美味い。こんなに合うとは驚きだ」
「それほどなのですね」
ファビアン様のその言葉に促されて、他の皆もコロッケサンドを口にした。もちろん俺もだ。
――ヤバい、マジで美味い。
コロッケサンドってこんなに美味しかったのか。ほくほくのコロッケにサクサクの衣。そして衣とパンに染み込むコクのあるトマソースに、それを包み込む焼き立てもっちりのパン。
衝撃的な美味さだ。前世ではコロッケサンドよりカツサンドの方が好きなんだよな〜とか言ってた自分が信じられない。今の俺はコロッケサンド一択だ。本当に美味すぎる。
「もう終わっちゃった……」
「美味しすぎて、今までの食事では物足りなく感じてしまいそうです」
蒸しただけのジャモに塩味が少しだけのスープ。もうあの食事には戻れないよな……
「炒り卵の方も美味いな。卵の味を塩が引き立てている」
「本当に美味しいですね……ファビアン様、今は王宮でしか育てていませんが、早急に平民の間にも広めたいです」
俺のその言葉に、ファビアン様は大きく頷いてくれた。その隣でマティアスも何度も首を縦に振っている。
「私も同じ意見だ。今までいくつもの新たな作物を食べてきたが、どれも素晴らしいものだった。作物が育つのには時間がかかるものだし、早めに広めるべきだな。種はあるのか?」
「はい。収穫できたものからは種を取ってあります。しかし平民の間に広めるには足りませんので、足りない分は森に取りに行くことも考慮に入れるべきかと思います」
今手元にある分ではいくつかの農家に種を渡すぐらいしかできない。やっぱりここは多少リスクがあっても森に行くべきだ。もしかしたらまた、新たな作物に出会えるかもしれないし。
収穫期の作物を探すのが少し大変だろうけど……そこは頑張ってもらうしかない。育つまで数ヶ月待つよりは確実に早いだろう。
「まずは今ある分を平民に分配しよう。そして足りない分は森で見つけ次第、配ることにする」
「新たな作物を育ててくれる農家を募集しないといけませんね。それから育て方を伝える人材も必要です」
「そうだな。農家は早急に募集しよう。フィリップ、一つの農家に一つの作物が良いか? それとも全てを少しずつ渡すか?」
そうだ、そこも改善したいと思ってたんだ。今のこの国はそれぞれが専門の作物を育てるのではなく、全ての種類を少しずつ育てている。
その理由は収穫したものの一部は自宅で食べるからなんだけど、効率が悪いから改善したいと思っていたのだ。この国も豊かになってきてるし、今なら改善できるだろう。
それぞれが特化した作物を育てて売ることにすれば、皆がお金を使うようになって、経済もより活性化するはずだ。
その考えを伝えると、ファビアン様とマティアスは同意を示してくれた。
「ではこの際だ、農家の在り方も変えるように動くとしよう。マティアス、まずはそれぞれの地区の代表者を王宮に集めることにする」
「かしこまりました。全ての地区に伝達をして……二週間はかかりますがよろしいでしょうか?」
「ああ、フィリップもそれで良いか?」
「もちろんです」
地区ごとには全ての作物を育ててもらうことにして、誰にどの作物を育ててもらうのかは代表者に分配してもらおう。それが一番上手くいく気がする。
そうすれば農家はそれぞれの作物に特化することになり、しかし地区という大きな括りで見れば、全ての作物を育てることができる。
「作物の育て方は誰が教えられる?」
「私でも問題なく教えられますし、王宮で雇われている庭師ならば誰でも教えることが可能です」
マティアスの質問にはコレットさんが答えてくれた。あとは俺も教えられるんだけど、俺は他にも色々とやることがあるから教えにはいけないかな……
「じゃあ基本的には庭師に任せることにしようか。誰が教えにいくか人選をお願いしても良い?」
「かしこまりました。お任せください」
これでこの国の農業は一気に発展するな。あとはこの機会に畜産も発展させたい。
「マティアス、ついでにニワールを育ててくれる人も募集しない? 農家の何人かに転向してもらうのが良いと思ってるんだ」
「確かにそれが良いかもね。ニワールの世話をするのって力の強さも必要?」
「うーん、基本的にはいらないけど、あった方が世話はしやすいかもしれない」
卵を採取する時は囲いの中に入らないといけないし、子供や体が弱い人はニワールの突進でも突き飛ばされる危険性がある。
「コレットさんはニワールに対して危機感を覚えたことはある?」
「いえ、角にさえ気をつけていれば大丈夫です」
「じゃあ男女はどちらでも大丈夫かな」
「そうだね。募集の際に性別の制限はかけないことにするよ」
そうして俺達は美味しいパンを食べて上がったテンションのまま、次々と作物に対する政策の方針を決めていった。これからまた忙しくなりそうだ。
「それにしても本当に美味かったな。パンは残っているか?」
「はい。三つ残っております」
「ではそれをもらっても良いだろうか? 陛下と宰相様にも召し上がっていただこう」
「もちろんでございます。籠にお入れいたします」
これで今回作ったパンは全てなくなってしまう。残ったら家族に持ち帰ろうかと思ってたんだけど、さすがにそれは無理そうだ。
でも食べさせてあげたいんだよな……ムギ粉だけもらって帰って、屋敷で作るかな。
「ファビアン様、ムギ粉を一袋もらっても良いでしょうか? あと三袋あるのですが」
「ああ、別に構わんぞ。これからはたくさん収穫できるのだからな」
「ありがとうございます。では一袋いただきます。残りの二つはいかがいたしますか?」
「そうだな……そもそもムギ粉とはどれほど日持ちするのだ?」
保存状態が良ければ比較的長期間でも保存できるんだよな……この国はあまり雨が多くなくて湿度も低い。
「半年ほどは保存できると思います。ただ保存状態によってはもう少し短くなったり長くなったりします。風通しがよく湿度が低く、直射日光の当たらない場所での保管が基本です」
「半年か。ならばここの厨房で保管しておいてくれないか? とりあえず使わずに置いておいて、必要な時にパンを焼いてもらいたい」
ファビアン様が途中から料理長に視線を向けてそう言うと、料理長はしっかりと頷いた。
「かしこまりました。私の責任で管理しておきます」
そうして最後に残りのムギ粉の行方も決まったところで、今日のパン作りは終わりとなった。魔道具は上手く稼働したし、凄く美味しいパンが作れたし大成功だ。
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