第101話 王宮の案内
昼食を終えてファビアン様とマティアス、それからコレットさんと分かれた俺とティナは、食堂を出てまずは執務室の横にある魔道具作製部屋に向かった。
今回ティナを案内することが許されたのはこの部屋と使っていない会議室、それから畑だ。執務室と魔道具工房も良いと言われたけれど、仕事の邪魔になるから今回は遠慮することにした。
「どうぞ」
「ありがとうございます。失礼します」
ティナは中に入ると、興味深そうにぐるっと部屋中を見回した。俺が魔道具を作る時は基本的にこの部屋なので、前と同じようにさまざまな道具や素材が置かれている。最近は数日に一つは雷球を作っているので、かなりの頻度でこの部屋を使っているのだ。
というのも、魔道具師の皆に雷球の魔法陣を考えてもらうために一つ見本を作ったら、それを見たファビアン様やマティアス、それから陛下と宰相様までもが今すぐ大量に欲しいと要望を出してきたのだ。
雷球は難易度が高くてまだシリルしか作れないので、やむを得ず俺が作製している。
確かに相当便利で仕事効率が上がるから欲しいのは分かるけど……予想以上の食いつきだった。
「色々なものがあるのですね。これはガラス……でしょうか。美しいです」
「うん。今作ってる雷球って魔道具に必要なものなんだ」
ただここにあるのは透明度がイマイチで、形も少し歪んでいるものが多い。この国の技術では、透明な薄いガラスはまだ作れないみたいなのだ。一応ガラスを球体にしたり瓶の形にしたりといった技術は、かろうじて存在していた。
もっとガラスの製造技術が上がるようにと、工房に行った時に色々と助言をしてきたから、そのうち綺麗なガラスが作られるようになるんじゃないかな。そうなった時のために、雷球はガラス部分だけ変更できるように作ってある。
「こんなに間近では初めて見ました」
「そういえば……教会の一部の窓にはステンドグラスが使われてたっけ?」
「はい。貴族街の教会だけですが、少し使われています。しかし遠くから眺めるだけでしたので、近くで見るとまた違った美しさがありますね」
この国はほとんどガラスなんて普及してないから、目にする機会は本当に少ないのだ。公爵家であるうちの屋敷でさえガラス窓は一つもなく、いくつかガラスの瓶がある程度だった。
もう少しガラス製造の技術が向上したら、ガラスの窓を普及させたいな。木製の窓は色々と不便なのだ。
「中央宮殿には大きなパーティーホールがあるんだけど、そこに綺麗なステンドグラスがあるんだ。そこも見に行く?」
この中央宮殿ではパーティーホールも広義では使われてない会議室と同じだろうと思ってそう提案すると、ティナは嬉しそうに頷いた。
「是非よろしくお願いいたします」
それからは魔道具作製に使う道具やその使い方を簡単に説明し、部屋を後にした。そしてさっそく約束したパーティーホールに向かう。
パーティーホールはほとんど使われてないけれど、掃除はしっかりとされているのでとても綺麗だった。
「うわぁ、素晴らしいですね」
ホール内に入ると目に飛び込んでくるステンドグラスに、ティナは頬を紅潮させながら感嘆の声をあげる。
「綺麗だよね。陽の光が差し込む様子も幻想的だ」
前の世界なら当たり前の光景だったけど、この国ではガラス越しの陽の光なんてほとんど見る機会がないので、この光景に神々しい雰囲気さえ感じてしまう。
「さすが王宮ですね。教会のものとは規模が違いました」
「やっぱりそこは国の中心だから。また見に来たかったらいつでも案内するよ」
「ありがとうございます」
ティナは本当にこの光景が気に入ったようで、それから十分間ほどは静かにステンドグラスを眺めていた。そしてやっと満足したところで、俺達はパーティーホールを後にして今度は畑に向かう。
「ここが新しい作物を育てて研究している畑だよ」
さっきも来たばかりだけど、やっぱりここに来ると嬉しくて笑顔になってしまう。だってここからたくさんの美味しい料理が生まれるのだ……早く食べたい。
「フィリップ様がお話をしてくださった場所ですね」
「そう。森から持ってきたものは全て根付いて、ちゃんと成長してくれてるんだ」
ティナは楽しそうに畑を見て回り、まず立ち止まったのはトマの畑だった。やっぱり支柱が珍しくて気になるみたいだ。
「これは屋根がありませんが……なんの意味があるのでしょうか? 雨よけではないのですか?」
「それはトマの茎が折れないように支えるためのものなんだ。支柱って言うんだけど……ほらここ、茎を支柱に縛り付けてあるでしょ? こうして倒れないようにするんだ」
俺の説明を聞いたティナは、楽しそうに瞳を輝かせて支柱全体を観察し始めた。孤児院に行った時にもよく思うんだけど、ティナは畑仕事が好きみたいだ。いや、畑仕事というよりも、どうすれば作物が良く育つのかを考えるのが好きなのかもしれない。
「とても面白いです。このような方法は初めて知りました。この作物は葉の部分が食べられるのですか?」
「ううん、これは実が成るんだ。今はまだほとんどないけど、収穫時期には拳大の実が取れるよ。上手く育てば甘くて美味しいけど、種類によっては酸味が強いかな」
「さんみ……とはどのようなものでしょうか?」
ティナは不思議そうに首を傾げてそう聞いた。俺はティナのその反応に衝撃を受ける。……この国には酸っぱいものってないのか。確かに酢はないし果物も食べたことがない。
マジか……酸味を知らないなんて。というか、よく考えたら甘みもほとんどないかも。辛うじてジャモに少し甘みがあるから言葉としてはあるけど、俺が思い描く甘みと皆が思ってる甘みは違うかもしれない。
「酸味っていうのは……説明が難しいんだけど、塩はしょっぱいでしょ? そういう塩味と同じ部類の言葉かな。これは食べてもらわないと分からないと思う」
「そうなのですね。では食べられる時を楽しみにしています。上手くいけば市井でも育てるのですよね?」
「うん。孤児院でも育ててもらうと思う」
「かしこまりました。心構えはしておきます」
今回収穫出来たものをティナに持っていくのは難しいかもしれないけど、トマは一つの実からかなりたくさんの種が取れたはずだし、すぐにでも量を増やせるだろう。
種が取れたら早めに次を植えて、市井に種を配れるようにしたいな。
あとそろそろ休耕地の考え方も広めたい。たまに三ヶ月ほど何もせずに畑を休ませた方が、全体的な収穫量が上がるのだ。今までのこの国では到底無理だったけど、今なら広めることも可能なはずだ。
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