第100話 進展?
マティアスとの話を終えて皆のところに戻ると、三人は大きなテーブルに移動していた。ファビアン様の向かいにコレットさんが座り、コレットさんの隣にティナが座っている。
俺はマティアスにさりげなく誘導されて、ファビアン様の右隣であるティナの向かいの席に腰掛けた。マティアスはファビアン様の左隣だ。
「お待たせしました。フィリップに伝えておくことがあって、席を外してすみません。コレットさん、僕達もお邪魔するね」
「私はお邪魔ではないでしょうか?」
「ううん。フィリップに頼んでコレットさんを呼んでもらったのは僕達だから。コレットさんに畑の現状を聞きたかったんだ」
マティアスのその言葉に、コレットさんは分かりやすくほっと息を吐いた。やっぱり誤解させて困惑させてたんだな……コレットさん本当にごめんなさい。
ティナの方を見てみると、ティナもさっきよりは表情が明るくなった気がする。コレットさんと一緒にいる俺を見て悲しい表情を浮かべてくれてるってことは、期待して良いのだろうか。
もう思いを伝えても応えてもらえるのか……でも普段のティナからはそんな雰囲気、微塵も感じないのだ。
とりあえず昼食に誘ってみて、その反応を確認しようかな……潔くないって言われそうだけど、自分に自信がないこともあってそこまで思い切れない。
「じゃあコレットさん、畑の様子を教えて欲しい。フィリップはティナのことをよろしくね」
「かしこまりました」
マティアス達がコレットさんと話を始めたところで、俺はティナと向き合って、まだ少し残っていた昼食を口に運んだ。
「ティナが王宮にいるのって凄く新鮮だね。さっきは突然現れたから驚いたよ」
「驚かせてしまって申し訳ありません」
「ううん、嬉しい驚きだったから良いんだ」
俺が本心からそう告げると、ティナは嬉しそうに顔を緩めてくれた。本当にティナの笑顔は癒されるな……
「ダミエンはどうしたの?」
「高い場所の掃除しようと木箱に登ったところ、足を滑らせて落ちてしまったのです」
「え、それ大丈夫!?」
「はい。私が対処しましたので」
ティナは意味深な様子で笑みを浮かべた。ティナが治癒魔法を使ったってことか……まだ治癒魔法を使える人が少ない段階ではあまり広めない方が良いから、秘密にしてもらっているのだ。
そのうち治癒院を設立する段階まで行けたら、ティナも堂々と力を行使できるようになると思う。ただその場合でも身内を治すときはこっそりとだけど……治癒はかなり高額になるだろうから。
治癒魔法は凄い技術だけど使えるようになる人は少ないし、魔力がかなり必要なため、基本的には薬師が病気や怪我の治癒をして、それでも治らない重症者が治癒院を頼るという構造にする予定なのだ。
よって価格は高めの設定で、お金が足りない人には分割払いもできるようにしようかなと考えている。ただその場合でも担保になるものが必要だ。
治癒という技術が少数しか使えない高度なものだから、こういう差別化は仕方がないことだと割り切るしかない。実際に前世でも治癒院に行けるのは裕福な人がほとんどだった。
「ティナはさすがだね」
「いえ、私なんかよりフィリップ様の方が凄いです」
「ううん。ティナは決して恵まれた境遇じゃないのに、強い心で正しく生きてきた。それだけでも凄いのに、さらに周りまで助けようとしてる。本当にティナは心から美しいと思うよ。外見はもちろんだけど、内面も」
「えっと……あ、ありがとう、ございます」
俺はティナの真っ赤に染まった表情を見て、自分がぽろっと溢した言葉の内容に思い至った。……ティナに好意を伝えないとって焦るあまり、思わずいつも考えてることを口にしてしまった。
そう認識した途端、俺の顔もブワッと真っ赤に染まる。めちゃくちゃ恥ずかしいことを言った気がする。こんな子供に美しいとか言われても困るよね……うわぁ、今日はやらかしすぎてる。
「ごめん、変なこと言って」
「いえ……その、とても嬉しいです。フィリップ様にそう言っていただけて」
そう言って微笑んだティナの表情は、今まで見たどんな笑顔よりも輝いて見えた。なんだろう……胸が痛い。悲しくないのに涙が出てきそうだ。
「良かった」
俺はよく分からない感情に支配されて、そう答えるのが精一杯だった。ティナのことが本当に好きだ、改めてそう思った。
―ティナ視点―
ダミエンが足を怪我して私が代わりに王宮へ行くとなった時、私はフィリップ様に会えるかもと期待していた。
いつも孤児院に来てくださる時とはまた違う、カッコ良いフィリップ様が見られるかなとか、私の姿を見て笑いかけてくれるかしらとか、そんな楽しい想像をしながら王宮に向かった。
……だからこそ、食堂でフィリップ様が綺麗な女性と楽しそうに談笑している姿を見た時には、かなりのショックを受けた。
私の立場でフィリップ様と結ばれる可能性なんてないのに、見ているだけで良いと思ってたのに、いざそういう場面を目にしたら想像以上に動揺している自分に驚いたわ。
胸がぎゅっと痛くて苦しくて……思わず唇を噛み締めた。
でもその後でその女性とは特別な関係でないと分かり、心から安堵した。そしてフィリップ様が私のことを褒めてくださって……泣きそうなほどに嬉しかった。
今のまま仲良くしていられれば良い、もう少しだけ近くにいさせてもらえれば満足、今まで言い聞かせてきたそんな言葉は、全くの無意味だったと思い知ったわ。
可能性はないかもしれないけど……後悔しないためにもフィリップ様に想いを伝えようかしら。
そう思うけど、孤児だという現実が私の勇気を削ぎ落としていく。孤児が貴族様の目に留まっても、良くて愛人止まり。私はフィリップ様の側で、フィリップ様が別の女性と家庭を持つ様子を平常心で見ていられるかしら……
……そもそも、フィリップ様は愛人なんて作らないわよね。それならやっぱり、私には万に一つの可能性もない。
「ティナ、大丈夫?」
覆せない現実に落ち込んでいたら、フィリップ様が声をかけてくださった。そうだ、今はまだフィリップ様達と昼食をいただいている最中。集中しなくては。
大丈夫だと返事を返すと、フィリップ様は優しい笑顔を浮かべてくれた。
「ティナはこの後どうするの? 孤児院に帰る?」
「はい。報告は終えましたので、帰ろうと思います」
「そっか。……じゃあその前に、少しだけ時間はある?」
「急いで帰る必要もないのでございますが、何かありましたでしょうか?」
「せっかく来たんだから王宮を案内しようかと思って。前にティナが教会を案内してくれたでしょう? あれは凄く楽しかったから、それのお返し」
フィリップ様はそう言って楽しげな笑みを浮かべた。そういえば最初に私が教会を案内したんだった……もう随分と昔のことのように感じる。
「フィリップ様のお時間が大丈夫ならば是非」
私は自分の頬が緩むのを実感しつつ、それを抑えることなく頷いた。フィリップ様の心遣いが本当に嬉しい。
「この後に案内するね」
「よろしくお願いします」
それからは王太子殿下とマティアス様、それからコレット様とも話をさせていただき、とても有意義な時間を過ごした。
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