第86話 魔法陣魔法の授業

 今日もいつものように魔法陣魔法の授業があるけれど、いつもと少し違うことがある。それは……授業の場所が街の外という点だ。

 魔法陣魔法の授業はかなりの回数を重ね、受講していた人達の中で実力差が浮き彫りになってきた。未だ一度も魔法陣を発動できない人、たまにまぐれでしか発動できない人、決まった魔法陣なら練習すれば発動できる人、簡単な魔法陣なら自分で構築までこなせる人。


 こんな感じでかなりの差がある。今までは会議室内で実力ごとに分けて上手く授業を進めてきたけれど、上級者はもう実戦に入って良い頃なので、これからは実力で授業の日を分けることにしたのだ。

 今日は上級者、魔法陣を発動できる人のみが参加する授業なので、開催場所は外となっている。


「フィリップ、今日は魔物を倒すのか?」


 俺の隣を歩くファビアン様がそう聞いてきた。ファビアン様は順調に実力を伸ばし、魔法陣が発動できるようになってからは、元来の頭の良さで構築までこなせるようになっている。

 マティアスは……まだ極たまにしか発動させることができないので、今日は参加していない。


 今ここにいるのは授業に参加していた騎士の約半数と、冒険者と平民の殆どの人達。文官は二割程度しか参加していない。

 なぜこの差が生まれたのかというと、冒険者と平民は才能がないと分かると、すぐに割り切って授業に来なくなるからだ。残ってる人はほとんどが才能を持ってる人達なので、授業参加者の大多数がここに参加している。


 文官は途中で参加を止めることはないけれど、仕事が忙しかったりで授業を休むことも多く、練習不足でまだこちらには来れてない人が多い。騎士の半数というのはごく一般的な数字だ。

 魔力量が基準を満たしている人を集めて魔法陣魔法を教えると、大体は半数ほどが使えるようになる。


「今日はまだ魔物と戦うのではなく、木などを的にして攻撃魔法の練習をしてもらおうかなと思っています。それから魔紙の使い方のコツも身に付けて欲しいんです」


 街中では攻撃系統の魔法は試せないし、ここに来るしかなかったのだ。大体の魔物は俺と騎士達の剣で倒せるから大丈夫だとは思う。

 本当は少し危険なんだけど……このぐらいは許容すべきリスクだろう。


「実際に使ってみるのが楽しみだよ」


 ワクワクしているような声音でそう言ったのは、ファビアン様とは逆隣にいる宰相様だ。宰相様はマティアスと違ってかなり才能があったようで、早々に発動できるようになり、今では楽しそうに魔法陣の構築をしている。

 ちなみに陛下はそこそこ才能はあるけど、忙しくて練習時間が足りてないためここには来ていない。

 

「危険もありますから、気は抜かないようにしてください」

「分かってるよ。……おお、ここまで森に近づいたのは初めてだ」


 俺は森に一定程度近づいたところで足を止め、授業を受けているのではない騎士達に見張りを頼み、皆の方を振り返った。


「では早速ここで実践練習をしてもらいます。各々好きな攻撃魔法でいいので、森の木に向かって魔法を放ってみてください。ちゃんと自分が狙ったところに当たったのか確認をお願いします。そしてそれが終わったら、今度は魔紙に描いた攻撃魔法で狙ったところに当たるかもやってみてください」


 魔紙に描いたものは魔力を込めるだけですぐに使えるのが利点だけど、細かい調節ができないので当てるのが難しいのだ。しかし戦闘では魔紙を効果的に使うのも戦力を上げるために必要不可欠なので、ここもしっかりと練習してもらう。

 俺も三段階の治癒と各種属性の攻撃魔法は、魔紙としていつも持ち歩いていた。もちろん今も持ち歩いている。治癒は細かい設定をしていない基本のものなので治りは微妙だけど、それで最低限治してからもう一度自分で治す方が楽なのだ。


「あまり広がりすぎないようにしてください。そして危ないので味方には当たらないよう、最大限の注意を払ってください」


 それからは皆が適度な距離を取り、横一列に並んで魔法陣を描き始めた。そして早い人は数十秒で魔法を発動できている。まだまだ遅いけど、これから慣れたらどんどん早くなるはずだ。


 俺の両隣にいるファビアン様と宰相様は、さすがの才能で問題なく狙ったところに当てられているようだ。さっきから細かい枝が狙ったように落とされているので、まさに狙っているのだろう。


「魔法陣ばかりに気を取られずに、周囲の様子も確認してください。魔法陣を描いていたら魔物に気づかなかったなんてことになったら、元も子もないですからね。それから手元は極力見ずに魔法陣を描く練習をしてください」


 こうして外に来ると周囲の様子に意識を向けつつ、緊張感もある中で素早く手元を見ずに魔法陣を描くことが求められる。室内の安全な場所で練習している時とはまた違うので、ここで躓く人も結構いるのだ。

 ただここからはどれだけ努力したのか、それに尽きる。皆には挫折せずに頑張ってほしいな。


 俺は少しだけ後ろに下がって全体を見回しながら、そんなことを考えていた。まだまだ課題は多いけど、最初の頃を思い出すと遂にここまで来たのかと感慨深い。


「魔物だっ!」


 順調に進んでいると思っていたけど、突然見張りの騎士が大声で叫んだ。それによって全員が動きを止めて、騎士が指差した方向を見る。


「皆さんは下がってください! 見張りの騎士と授業に参加している騎士も剣があれば手助けを」


 あれは……ビッグラビットか。俺は魔物の種類が判明したことで少しだけ体に入った力を抜いた。ビッグラビットは動きが素早く突進をしてくるけど、攻撃力がそこまで高くないので、よほど急所に当たらなければ打ち身程度で済む。


「牽制だけして、まだ攻撃はしないでください」


 全部で五匹いる。ちょうど良いから、有望な五人に攻撃をさせてみようかな。騎士とペアにして危なそうなら騎士に倒して貰えば良い。ビッグラビットなら問題なく倒せるだろう。


「ファビアン様、宰相様、それから……」


 俺はこの中でも優秀な五人を名指しして、騎士とペアにしてビッグラビット討伐に向かわせた。前衛で騎士がビッグラビットをいなしてるところに、魔法陣魔法で攻撃してもらうのだ。


 それから数分間に渡り戦いを眺めていたけど、全く決着がつかない。誰の攻撃も当たってないし、外れたことに焦って魔法陣を失敗している人もいる。やっぱり実戦への慣れって大切だ。


「フィリップ、全然当たらんぞ。コツはあるか?」

「とにかく魔物の動きをよく見て予想すること、動いた先に魔法が向かうようにすること、できる限り魔法の速度を上げること、それから魔法陣を素早く描いて魔物の動きに遅れた攻撃にならないようにすること。この辺が大切です」


 魔法陣魔法って途中で描き直すことが出来ないので、例えば今ビッグラビットがいる位置に完璧に照準を合わせた魔法陣を描いたとしても、それを描くのに時間がかかって対象の魔物が動いてしまったら当たらないのだ。

 だから実戦ではそこまで正確に指定せずに、数を増やす方が有効的だったりする。それからただ真っ直ぐ飛んでいくだけの魔紙を使って、自分が位置を動くほうが初心者は当たったりもする。


「言うのは簡単だが難しすぎる!」

「……とりあえず五分経ったので、交代しましょうか」


 それから授業に参加している人全員が、それぞれ五分ずつビッグラビットに攻撃をした。その結果倒せたのは一体のみ。それも魔紙を使ってとにかく数を打ちまくって、遠くのビッグラビットに流れ弾が当たっただけという誉められない内容だ。


「では残りの四匹は私が倒しますね。手本として見ていて下さい」

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