第85話 ティナの才能
父上と将来について話をしてから数ヶ月が経過した。この数ヶ月で下水道工事はかなり進んだし、石鹸工房も問題なく稼働し始めている。さらに魔法陣魔法の授業も成果が出てきていて、そろそろ実戦的な授業をしても良いかと考えているところだ。
休みの日には足繁く孤児院にも通った。実はまだティナには気持ちを伝えてないんだけど……ティナとは相当仲良くなれたと思う。かなり態度も砕けて来ている。
まだ伝えられない理由の一番は、やっぱり弟としてしかみられていない気がして勇気が出ないからだ。俺がまだ子供体型だからね……
あとはダミエンがライバルじゃないと分かって、安心してる気持ちも否定はできない。本当はこれじゃダメなんだろうけど、せめて男として認識してもらえるようになってからじゃないと振られても納得できないと思うんだ。
「フィリップ様、おはようございます」
今日もまた朝から孤児院に来ている。ティナも子供達も慣れたもので、馬車の音が聞こえると窓から顔を出して手を振ってくれたりする。
今日はティナの手が空いていたようで、玄関から外に出迎えに来てくれた。
「ティナ、おはよう。調子はどう?」
「問題ありません。毎日とても楽しいです」
「それは良かった。じゃあ今日も早速授業をやろうか」
ティナとそんな話をしながら孤児院の中に入ると、俺の下に駆けてくる二人の女の子がいた。ソフィとレイラだ。ソフィは最初こそ上手く馴染めなくて俺になぜか依存している様子だったけど、今となっては孤児院の良きお姉ちゃんになっている。
レイラは元気いっぱいで可愛い女の子だ。最初の自己紹介の時に隣に座っていたからか、俺に懐いてくれている。
「フィリップ〜、えへへ、また来たんだね!」
「フィリップいらっしゃい」
「レイラ、ソフィ、おはよう」
俺は二人にいつも通りの挨拶をして、レイラの頭を撫でようと手を伸ばしたところで……思わず手を止めた。女の子を無闇に撫でるべきじゃないとかそんな理由ではない、そんな理由じゃなくて、俺の背が伸びてる気がする!
慌てて同じぐらいの目線だったソフィを見てみると、前はまっすぐに前を向くと目が合ったけど、少しだけ下向きになっている。
「フィリップ、どうしたの?」
いつも頭を撫でてくれる俺の手が止まったからか、レイラが不思議そうに声を掛けて来た。
「ごめんごめん、ちょっと考え事してた」
俺はレイラにそう答えて、いつも通りに頭を優しく撫でてから今度はティナの方を向く。
ティナにも少しは近づいたかな……あれ、ティナには近づいてない? いつも通りの見上げる角度だ。
「フィリップ様、どうかしましたか?」
「あのさ……ティナって身長伸びてる?」
「身長ですか? 伸びておりますが……」
やっぱり……! 俺は思わず膝から崩れ落ちそうになったところを、寸前で耐えた。ティナの背がまだ伸びてるなんて予想外だ。でも確かに十六歳なんて成長期だよね。ティナの歳は孤児院で働き始めた時が十五歳で、最近十六歳になったらしいのだ。
歳を知った時は思いの外離れてないと喜んだけど、まだ成長するという点を考えていなかった。もっと頑張って成長しないと追いつかないな……
「俺、もっと頑張るね」
俺のそんな宣言の意味が分からなかったのか、ティナは少し首を傾げつつも俺を食堂に案内してくれた。そしてそこで話は終わりとなり、早速授業を始める。
「今日も治癒魔法についてで良いかな?」
「はい。よろしくお願いします」
実はティナへの魔法陣魔法の授業は相当進んでいる、なぜならティナに稀有な才能があったからだ。最初の時に思った通り魔法陣をすぐに発動できるようになり、今では神聖語もかなり身に付いて、簡単な魔法陣なら構築もできるほどだ。
魔道具作りは教えたことがないからできないけど、多分教えたらすぐ作れるようになると思う。時間があったらいつかは教えようと思っている。
しかし今優先しているのは、ティナの希望で治癒魔法だ。この国で初めて俺以外の人に治癒の知識を本格的に教えている。
ティナは魔力量が相当多くて、上級の治癒魔法を何とか発動できるほどなのだ。上級なら症状に合わせなくても基本の魔法陣でほとんどの症状は治せるから、ティナはどこに行っても重宝される人材だろう。
さらにそんなティナが知識まで身につけたら……もう治癒に関してはこれ以上ないというほどの実力だ。
「今日は臓器についての続きを教えるね」
「よろしくお願いします」
「えっと……消化器官の役割と主な病気、それから外傷を受けた際の注意点についてかな」
それから数時間はいつものように真面目に授業をした。俺は元々読書が趣味で勉強が好きな方だったから、長時間の授業でも全く苦にならない。ティナも新しい知識を得ることができるのは楽しいようで、結局どちらも途中で集中力が途切れることがないので、子供達が食堂に来るまでいつもぶっ通しの授業だ。
今日も例外ではなく、子供達の元気な声が聞こえて来たところで、やっと授業を終わりにした。
「終わらなかったところはまた次回説明するね」
「ありがとうございます。次回を楽しみにしています」
そんな会話をして二人で穏やかに笑い合い、教材を仕舞った瞬間に食堂の扉がバタンと開いた。
「あ、フィリップだ!」
「今日は来る日だったのか。じゃあ差し入れの食べ物あるのか!」
俺の顔を見てそんな言葉を発する子供達は、俺が貴族だという遠慮はゼロだ。そんなことは気にしないし馴染んでくれて嬉しいんだけど、ティナとダミエンは子供達に最低限の礼儀を身に付けさせようと奮闘しているので、俺には様を付けてと注意して回っている。
「ダミエン、お邪魔してるよ。皆元気そうで良かった」
「フィリップ様、また食材を持って来て下さったようで、ありがとうございます。おい皆、フィリップ様にありがとうは?」
「フィリップ様、ありがとうございますっ!!」
ダミエンの呼びかけに合わせて、食堂にいる子供達が一斉に声を揃えて感謝を口にした。この文言だけは最初の頃に子供達も覚えたようで、いつも笑顔で感謝を告げてくれるのだ。
「どういたしまして。俺もお昼をここでいただくからね」
「腹減ったから早く昼飯作ろうぜ〜」
「今日の当番は誰だ?」
子供達の意識はもう俺から離れて昼食だ。俺はそんないつもの光景に和んで顔を緩めた。
「フィリップ様、いつも子供達がすみません。すぐに昼食を作るのでお待ちください」
「うん。時間はあるから急がなくていいよ」
今日はティナと何人かの子供達が当番のようで、厨房に向かうのを見送って俺はその場で伸びをした。そして固まった体をほぐすようにストレッチをする。
この体はまだ子供で肩こりなんてしないんだけど、前世からの癖でやってしまうのだ。それに何となく動かさないと凝り固まってる気がする。
そうしている間にも俺の周りにはたくさんの子供達が集まってくれて、昼食の時間まで一緒に話したり遊んだりして時間を過ごした。
そして皆で楽しく昼食を食べて、今日もいつものように心が満たされて幸せな気分で帰路に就いた。
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