第56話 子供達

「美味しそう!」


 食堂の扉を開いた女の子が、テーブルに並べられた昼食を見てそう叫んだ。すると他の子供達も興味を惹かれたのか、一斉に食堂へと雪崩れ込む。


「本当だ!」

「いっぱいあるぜ」

「お腹いっぱい食べられるの!?」


 誰もが自分の好きなように動くので、全く統率が取れていない。教育を受けてないのだからこんなものだろうと想像はしてたけど……、実際に目の当たりにすると圧倒されて動けなくなってしまう。

 どうしても子供というと、マルガレーテとローベルトを想像してしまうのだ。あの二人とは違いすぎてどう接すれば良いのか……


 しかしそんなふうに困惑している俺達とは違い、ティナは子供達のすぐ後に食堂の中に駆け込んで、何とか統率をとろうと奮闘している。


「皆っ、まだ食べちゃダメよ。ちょっと、手づかみで食べないの! ――ダミエン、手伝って!」

「わ、分かった!」


 ダミエンも今まで周りにいたのは、もう少し教育を受けた子供達だったのだろう。俺達三人と同じように呆然と立ち尽くしていたけれど、ティナの呼びかけにハッと我に返って食堂の中に駆けて行った。するとすぐに中から、ダミエンが子供達をまとめようとしている声も聞こえてくる。


 この仕事は本当に大変だな……廊下に残された俺達三人は皆が落ち着くまでしばらく待機して、少し静かになったかなという頃に食堂へと向かった。


「もう大丈夫かな?」


 中に入ってみると、さっきまで騒いでいた子供達が一応椅子に座ってじっとしている。テーブルの上に置いてある昼食もほとんどは無事みたいだ。ティナとダミエン凄い。


「皆様、本当に申し訳ございません。子供達が騒いでしまって……」

「大丈夫、俺達のことは気にしないで。ファビアン様、マティアス、とりあえず座りましょうか」


 二人は俺のその言葉に神妙に頷き、静かに子供達が選ばなかったのだろう席に座った。多分少しだけジャモが小さいとか、そんな席だと思う。

 俺達がそれぞれ離れた席に座ると、ティナも空いている席に腰掛けて皆を見回した。


「では仕切り直して、自己紹介の前に食事にしましょう。食事の前には何をするんだっけ?」

「うーんと、お祈り!」

「正解。いつもちゃんとやってる?」

「あんまりやってないかな〜」

「祈ってる間に食事を取られたら大変だからな」


 ルイって男の子が得意げにそう言った言葉に、ほとんどの子供達は同意の意を示している。凄い生活だな……


「これからはちゃんとやること。皆が今この場でこのご飯が食べられて、この建物に住めるのはティータビア様のおかげなんだから」

「そうなのか?」

「そうよ。こちらにいるフィリップ様がティータビア様から様々な知識を賜って、それによって孤児院も作られたのよ」


 ティナは少し得意げに、俺を手のひらで示しながらそう説明した。ティナから言われると……恥ずかしいけど嬉しい。


「じゃあ俺祈る!」

「私も〜!」


 そこからは数分かけて皆に祈りの姿勢を教えて、全員で祈りを捧げてから食事を開始した。子供達の食べる勢いは本当に凄くて……俺は圧倒されて自分の食事が全然進まなかった。

 いつ食事が取られるか分からないとでも言うような、とにかく口の中に詰め込んだら取られないと思っているような、そんな食べ方なのだ。食事風景ひとつだけで、今までの環境が想像できて悲しくなる。


「皆、急いで食べなくても誰も取らないよ。それにこれからは三食ご飯が食べられるんだから、気持ち悪くなるほど詰め込む必要もないからね」


 思わずそう声をかけると、子供達には不思議そうに首を傾げられた。食事を取られないという環境が想像できないのかもしれない……これは根気強くやっていくしかないな。


 それからしばらく無言で食事は進み、全員が食べ終わって落ち着いたところで自己紹介が始まった。


「さっきも言ったけど俺はルイ、よろしくな!」


 元気いっぱいのルイから始まり、皆が簡単に自己紹介をしていく。簡単にというか、名前ぐらいしか言うことがないのだ。出身地もなければ家族もいない、食べ物の好みだって強いて言えば腐ってないもの。誇張でもなんでもなく、自分を紹介するに際して話せることが名前と年齢しかないのだ。さらに年齢だって曖昧な子も多い。


 そんな悲しい現実を再確認する自己紹介は進んでいき、次は俺の隣に座ってる女の子の番になった。


「私はソフィ。十二歳だからこの中では一番歳上だと思う。よろしく」


 ソフィはよく通る声で簡素に挨拶をすると、ニコリとも笑わずに自己紹介を終えた。なんだか子供らしくないというか……独特の雰囲気を持った女の子だ。元気いっぱいの子供か、引っ込み思案で後ろに隠れているような子供が多い中では目立つ。

 そんなことを考えて何気なく隣に視線を向けると、こちらをじっと見つめていたソフィと目があった。


「……どうしたの?」

「フィリップ、これからもここに来る?」


 俺達三人は最初に挨拶をしたから名前を覚えてくれたのは嬉しいけど、なんで今その質問なんだろう……? 俺は不思議に思いながらも頷いて、肯定の意を示した。するとソフィは嬉しそうに少しだけ口元を綻ばせる。さっきは全く笑わなかったのに。


「嬉しい。待ってる」


 なぜか俺のことを気に入ってくれた……のかな。理由は分からないけど、とりあえず嫌われてないのなら良かった。


「ありがとう?」


 なんとなく疑問系でお礼の言葉を口にすると、ソフィは俺のことを見つめるのをやめて前に向き直った。すると自己紹介が再開される。

 次は俺の左隣に座っている女の子だ。こっちの子はまだ幼くて、可愛らしさが全面に出ている。


「私はレイラ、五歳だよ。よろしくね!」


 マルガレーテと同い年なのか……お腹がいっぱいでご機嫌なのだろう、にこにこと笑みを浮かべているのが可愛い。俺は弟妹にするように思わず頭を撫でようと手を伸ばしそうになって……寸前で耐えた。いくら子供だからって、女の子の頭を撫でるのは極力避けた方が良いよね。


 それから最後の子が自己紹介をして、ティナとダミエンがもう一度挨拶をして昼食は終わりとなった。この後は皆に部屋を案内して、今日から早速仕事の割り振りなどを決めるみたいだ。


「ダミエンが部屋に案内してくれるから、付いて行ってね。本当は分担して食事の片付けもしてもらうけど、今日だけは初日だから特別に私がやります」

「はーい、ダミエン先生! 俺の部屋どこー?」


 ルイが率先してダミエンのところに向かったことで、他の皆もそれに続いて食堂から出て行った。しかし一人だけ例外がいる……ソフィだ。


「ソフィは行かないの?」


 俺の隣にピッタリとくっついているので声をかけると、首を縦に振られてしまった。


「私はフィリップといる」

「でも……自分の部屋が分からないと困ると思うけど」


 なんでこんなに気に入られたのか、全く心当たりがない。顔が好みだったとか……そのぐらいしか思いつかないんだけど。俺の服の裾をぎゅっと握っているソフィをどうすれば良いのだろう。ちょうど身長は同じぐらいで視線は簡単に合うけれど、合っても何を考えているのか分からない。


「……どこを、そんなに気に入ってくれたの?」


 とりあえず素直に聞いてみることにした。するとソフィは少しだけ考え込んだ後に口を開いてくれる。


「……何となく。何となく近くにいると落ち着くの」

「それは、ありがとう。でも俺はずっとこの孤児院にいるわけじゃないから、他の子とも仲良くした方が良いよ」


 俺のその言葉に、ソフィは少しだけ困ったような表情を浮かべた。何か悪いことをしてる気分になるな……


「ソフィ、フィリップ様を困らせてはダメでしょ。ダミエンに付いて行きなさい」


 俺がどうすれば良いかと悩んでいたら、ティナが横から助け舟を出してくれた。するとソフィは諦めたのか食堂から静かに出ていく。


「ティナありがとう。何であんなに気に入られたんだろう?」

「……フィリップ様は素敵な方ですから。それが分かったのではないでしょうか」


 そう言ったティナの声音はいつもの穏やかな雰囲気とは全然違って……どこか拗ねているような、そんな雰囲気を感じる。

 ――これって俺の自惚れかな、それとも本当にやきもちを妬いてくれてる?


「ティナ、怒ってる?」


 さすがにストレートには聞けずに微妙な質問をすると、ティナはハッと我に返ったような表情を浮かべて、首をブンブンと横に振った。


「お、怒ってなど……申し訳ありません。あの、私……水を汲んできます! 少し足りなくなってしまったので!」


 そしてそう叫ぶと食堂から慌てて出て行ってしまった。俺はティナが出て行った扉をしばらく見つめ続け、後ろを振り向かないままマティアスに話しかける。


「マティアス、どういうことだと思う?」

「あれは……脈アリなんじゃない?」


 その返答を聞いてばっと後ろを振り向くと、楽しそうな表情のマティアスとファビアン様がいた。


「なんだ、フィリップとティナはそういう関係なのか?」

「いえ、今まではフィリップの完全な片思いだと思っていたんですけど、さっきの感じだとそうでもなさそうだなと思ったところです」


 マティアスのそんな説明を聞き、ファビアン様はより楽しそうにニヤッと笑みを浮かべる。


「これから楽しくなりそうだな」

「ファビアン様、楽しまないでください! 俺は必死なんですから」


 二人とも他人事だと思って楽しんでるよ。はぁ……でもさっきの感じだと少しは意識してもらえてるのかな。もしそうだったら嬉しい。

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