第54話 孤児院の確認

 馬車の中でダミエンについてティナに説明をして、俺は一人で勝手に落ち込んでいた。ダミエンは昨日シリルに連れられて王宮に来たので一度会っているのだけど、凄く好青年だったのだ。

 シリルと兄弟だなと思わせる柔和な笑みを持ちつつ、真面目で知的な部分もあることが分かった。さらに押し付けがましくない、ちょうど良い正義感も持ち合わせている。


 正直に言うと、ティナとダミアンがこれから毎日同じ建物で寝泊まりして仕事をするのが羨ましくてならない。さらにダミエンにティナを取られるんじゃないかと、そんな心配をしてしまう。取られるって言ったって、ティナは誰のものでもないんだけど。


 自分で男女一人ずつは必要だって提案してそこにティナを推薦したのに……今更後悔してるのだ。ダミエンは凄く良い男だった。結婚にはそこまで興味がなさそうだったけど、ティナは可愛いし働き者だし心優しいし、毎日一緒にいたら好きにならない方がおかしいと思う。


 はぁ〜、俺本当に何やってるんだろう。確実にやらかした。全然背は伸びないし俺はまだティナの弟枠だ。

 もしかしたら数年後に、ティナからダミエンと結婚しますとか報告されるのかもしれないな……やばい、考えるだけで涙が出てきそう。


 俺はこんなところで泣いたらティナを心配させるだけだと思い、じんわりと浮かんでくる涙を何とか溢さないように瞬きを止めて、窓の外に見える景色に意識を向けた。

 そうしてしばらく経つと涙は引っ込んだけれど、溜息は止まらない。車輪の音でティナには聞こえてないだろうことだけが救いだ。



 それから数十分馬車は進み続け、南区にある孤児院の前に到着した。孤児院は元々アパートだった建物に改装と増築をして、広い厨房や食堂などを設置してある。歩いて数分の広場に給水器もあるので、炊事洗濯に困ることはないだろう。汚物回収場も歩いて十分だ。とても良い立地だと思う。


 馬車から降りると先に到着していたのか、ダミエンが中から出てきてくれた。そしてその後ろからマティアスも現れる。ダミエンの方にはマティアスが付いてくれたのだ。ちなみにファビアン様は王宮で手が離せない仕事があり、今日ここへは来れていない。


「二人ともお待たせ。ダミエンは初めてだと思うから紹介するね。孤児院で働いてくれるティナだよ」

「ティナと申します。よろしくお願いいたします」


 ティナは緊張しているのかいつもより硬い声音でそう挨拶をすると、右手を握って左胸に当てて少し頭を下げた。正式な立礼だ。


「こちらこそよろしくお願いいたします。私はダミエンです。……これから長い付き合いになると思うので、もう少し気軽に話しませんか?」


 ダミエンのその問いかけにティナはほっとしたように顔を緩め、微笑みながら頷いた。するとダミエンも顔に笑みを浮かべて一歩ティナに近づく。


「改めて俺はダミエン。子供達のことは好きだし読み書き計算、それから家事全般は全てできる。ティナは?」

「私も子供達のことは大好き。教会で働いていたから全てできるわ。それに畑仕事も基本的には問題ないと思う」

「それは心強いな。これからよろしく」


 ダミエンがそう言って爽やかな笑顔で差し出した手を、ティナは少し躊躇いながらも取って二人は握手を交わした。


「よろしくね」


 最初から良い雰囲気だ……ダミエンは初対面の人と仲良くなるのが上手いな。ティナにも好印象みたいだ。

 はぁ……ダメだ、意識してないとひたすら溜息が出てしまう。俺は他の人にバレないように軽く自分の頬をつねり、痛みで気持ちを切り替えて仕事に集中することにした。


「じゃあ挨拶も終わったことだし、早速孤児院の中を見学しようか。明日子供達が入居するからその最終確認もしないと」

「そうだね。さっき中を確認したし僕が案内するよ」


 マティアスがそう名乗り出てくれたのでお願いをして、俺達はマティアスの後に続いて孤児院の中に入った。中に入るとまず目に入るのは縦に長い廊下で、その両側に扉と廊下の途中から階段があるのが分かる。


「一階にあるのは食堂と厨房、さらに部屋が四つあるよ。裏口から外に出ると洗濯場とトイレもある。まずは食堂からね」


 廊下の左手前にある扉を開けるとそこが食堂に繋がっていた。中に入ると四人掛けのテーブルがいくつも横に並べられていて、それぞれに椅子が設置されている。

 机が全て同じ種類じゃなくてバラバラなのは、南区の建物を取り壊す前に使えそうな家具を確保していて、その中から選んだからだろう。少しでも節約するために使えるものは使いまわさないとなのだ。


「一応人数分の机と椅子は確保してあるんだけど、古いから壊れないように慎重に使って欲しい。壊れちゃった場合は……なんとか新しいのを買ってあげたいんだけど、難しかったら木箱で代用してもらうことになるかな」

「かしこまりました。スラムに住んでいる子供達は物を大切に扱うことを教えられずとも学んでいますので、心配はいらないと思います」


 ティナは子供達のことを思い浮かべているのか、優しい笑顔でそう答えた。


「ティナは子供達のことをよく知ってるんだな」

「……うん。実は私も教会に入る前はスラムにいたから。だから子供達とは仲良しよ」


 ダミエンは一瞬聞いちゃいけないことを聞いたかって焦ったような表情を浮かべたけれど、ティナが少しだけ自慢げに後半の言葉を口にするとほっと息を吐いた。

 ティナは本当に強いな……こうして強がれるようになるまで、どれほど傷ついてきたんだろう。


「俺も負けないように頑張らないとだな」


 ダミエンのそんな言葉で場の空気が緩み、またマティアスが案内を開始した。


「厨房には廊下からはもちろん行けるんだけど、この食堂からも一応行き来できるようになってるんだ。そこのカウンターの端が開閉可能だよ」


 食堂と厨房はカウンターで繋がっていて、マティアスが示したカウンターの端には大人の腰の高さほどの扉があった。厨房側にある鍵を開かないと開かないみたいで、背の低い子供には開けられないようになっている。


 それから皆で厨房を見学して、次に裏口から裏庭に出ることになった。


「この扉が裏庭に続いてるんだけど、裏庭は区切られてるわけじゃないから表からでも畑からでも入れるよ。とりあえず今はここから行くね」


 そう言ったマティアスが扉を開けると……その先には広い畑が広がっていた。裏庭部分だけは土が耕されていないだけで、畑と裏庭を区切るものは何もない。


「ここが全て畑なの……?」


 ティナのそんな呟きが聞こえてきたので、俺は斜め上を見上げてティナと視線を合わせ、しっかりと頷いた。


「そうだよ。この畑を子供達も含めた皆で管理して欲しいんだ。そして日々の食料を得て余剰分は売って、そのお金で他に必要なものを購入して欲しい。国からはそこまで支援できないから、頑張ってもらわないとなんだけど……」

「フィリップ様、ここまでやっていただいてこれ以上を望むなどあり得ません。本当に本当に……ここは夢の場所ですね」


 そう言って微笑んでくれたティナの笑顔があまりにも綺麗で……俺は何故か泣きそうになってしまった。ここまで頑張ってきた全てが報われた気がした。


「夢の場所を、この国に作れて良かったよ」


 なんとか涙は流さずにそう返すと、ティナは俺の両手を持ってギュッと握り締めてくれる。


「ありがとうございます。フィリップ様ほど尊敬できるお方に出会えたことは、私の人生最大の幸運でした。これからもよろしくお願いいたします。少しでもフィリップ様のお手伝いができるように頑張ります」

「うん、ありがとう。……よろしくね」


 それからティナとダミエンの部屋や子供達の部屋を確認し、明日の打ち合わせをして俺とマティアスは孤児院を後にした。

 ティナに喜んでもらえたことで浮き足立つ心と、ダミエンとティナが意気投合している様子を見て落ち込む心、相反する気持ちが同時に襲ってきて酷く疲れた。今日は屋敷に戻ったら早めに寝よう……そうじゃないと余計なことをぐるぐると考えてしまいそうだから。

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