第28話 魔道具作り 前編

 陛下と宰相様に計画を提案してから数日間は、ファビアン様とマティアス様が知識をまとめた紙束の複製、そして俺が魔法陣魔法と神聖語についての知識をまとめて時間は過ぎていった。


 今日も同じように執務室で仕事をこなしていたところ、王宮の使用人によってある荷物が届けられた。


「王太子殿下、王宮所属の冒険者からお届け物です。中を改めましたが危険なものはありませんでした」

「ありがとう。……フィリップ、やっと魔道具の素材が届いたぞ」

「本当ですか!」


 ファビアン様のところに向かって木箱を覗き込むと、中にはちょうど良い大きさの魔鉱石とミルネリスの花の蜜、それからエルノタの木の幹がたくさん詰まっていた。


「もう一つの木箱には、ミルネリスの花を土ごと採取してきてもらっている。これは王宮の庭師に渡して育てさせよう。魔力水を与えれば育つのだったな?」

「はい。綺麗な水に魔力を少しずつ放出して溶かし込み、薄く青色になったところで魔力放出を止めた水が最適です」

「では僕が庭師に指示を出してきます」


 マティアス様が立ち上がって、ミルネリスの苗を持ち上げた。


「良いのですか?」

「はい。フィリップ様は魔道具作りに時間をかけてください。それにちょうど良い気分転換になりますから」


 そう言って少しだけ苦笑したマティアス様は、連日の複製作業で疲れているのだろう。ファビアン様は抜け駆けしたマティアス様を、恨めしそうに見つめている。マティアス様はそれを分かっているけれど、知らないふりをしているらしい。


 俺はそんな二人の無言のやりとりに思わず笑ってしまった。ずっと同じ仕事をしているからか、最近は仲良くなれて嬉しい。

 

「ではマティアス様、よろしくお願いします」


 俺のその言葉にマティアス様は喜色を浮かべ、ファビアン様はがっくしと肩を落とした。ファビアン様すみません……でも王太子殿下にお使いを頼むわけにもいかないんです。


「行ってきますね!」


 マティアス様はスキップでもしそうな勢いで執務室を退出していった。これは当分戻ってこないかな。


「ファビアン様、少し休憩をとったらいかがですか?」


 ファビアン様があまりにも疲れてる様子だったのでそう聞いてみると、苦笑しつつ首を横に振られる。


「そこまで疲れてはいないので大丈夫だ。ただずっと書き写すという作業をしていると、飽きてくるだけだ。書写をする者は凄いな」

「確かに大変ですよね……私もできればやりたくないです」


 つい本音がぽろっと漏れて、ファビアン様と顔を見合わせて苦笑しあった。この歳で話題は仕事の疲れに対してだけど、通じ合えたのがちょっと嬉しい。


「ではこの流れで申し訳ないのですが、私は魔道具作製の仕事に移ろうと思います。隣の部屋に行きますね」

「ああもちろんだ。話に聞いただけだが、魔道具の作製も相当に大変だろう。よろしく頼むぞ」

「かしこまりました」


 素材が入った木箱を胸に抱え、執務室を出て隣の小さな部屋に向かった。ここは倉庫になっていたんだけど、片付けて俺の魔道具作製部屋に改装してくれたのだ。

 既に必要な家具や道具は全て揃っているので、今すぐにでも作り始められる。よしっ、頑張るかな。


 

 真ん中に鎮座している大きな机の上に木箱を置き、その奥にある窓に向かって設置された机と椅子の方に向かう。奥の机が魔道具を作製する作業机で、その手前の机は荷物置き場のような感じだ。

 それ以外にも壁には棚が設置されていて、収納スペースは万全となっている。


 作業机の上に散らばっていた紙や工具を端によけ、魔道具作製に必要なものを並べる。まずは魔鉱石を固定するための固定板と、魔法陣を掘るための鉄ペンだ。

 固定板は必要な素材を冒険者から購入して自作した。弾性がある魔物素材で魔鉱石を傷つけずに固定できる優れものであり、我ながらよくできていると思う。鉄ペンは鍛治師と細工師に頼んで作ってもらった。


 その他にも魔鉱石の形を整えるためのノミや金槌、ヤスリ、また細かい破片を掃除するための刷毛なども準備しておく。


「まずは水を出現させる魔道具だよね……」


 早速魔道具を作り始めたいところだけど、まずは魔法陣を決めなければならない。今回作る魔道具は広場などに設置して、誰でも水を得られるようにするもの。どんな形で設置をするのかをまず決めないと。


 地面に直置きは論外だろうから、木製のテーブルに魔道具を置く形にする? いや、それだと魔道具が咄嗟に盗まれないとも限らない。あの街に視察に行った時は悪人に出会わなかったけど、悪人がいないなんてことはあり得ないだろう。

 そうなると魔道具は固定できるタイプが良い。安易に盗まれないように、石柱を設置してそこに嵌め込む形にしようかな。そして石柱の前に木製のテーブルを設置して……いや、雨が降ったら木製は腐るか。テーブルも石造りにしよう。


 魔道具が嵌め込まれた石柱の前に石造のテーブルを設置。そしてそのテーブルの上に持参の桶などを置いてもらって、魔道具に魔力を込めたら桶に水が出現するようにする。

 魔道具の高さは背が低い人でも届くように大人の胸より下ぐらいの位置にして、桶を置く場所は大人の腰程度の位置。桶を置く場所もちゃんと指定しないとダメだね。


 決めたことはどんどん紙に描いていく。大まかな図を書き込んで、詳細は数字と文字で。水が出現する場所は魔道具よりも二十センチ前方、三十センチ下方の位置で良いだろう。水球の形で出現してそのまま下に落ちるように。

 水の量は……一般的な桶よりも少ない程度にしておこう。溢れたら勿体ないし、あまり多くし過ぎると必要魔力量が増えてしまう。


 よしっ、こんな感じかな。後はこれを魔法陣に落とし込めば魔法陣は完成だ。俺はもう一枚新しい紙を取り出して、先程決めた現象が起こるような魔法陣を描いていった。

 


 それから数十分後、効率の良い魔法陣になるように試行錯誤を繰り返し、ついに魔法陣が完成した。しっかりと水が思い通りの場所に出現することも確認済みだ。さらに必要魔力量はそのままで、水の温度を冷たいと感じる程度にまで下げることに成功した。


 紙を両手で持ち上げて、窓から差し込む日の光にかざしながら魔法陣を再度確認する。うん、我ながら完璧だ。誰もいないのをいいことに、思わずニヤニヤしてしまう。やっぱり思い通りの魔法陣を描けた時が、一番気分が上がる。


 後は無心で魔道具を作るだけだ。俺は紙を作業机の端に置いて、後ろの机に置いてある木箱から魔鉱石を取り出した。魔鉱石は大小様々な形のものがあるけれど、基本的には不恰好なので形を整えるところから始めなければならない。

 今回冒険者の方が採ってきてくれたものは両手でなんとか持てるほどの大きさなので、まずはその魔鉱石から必要な分だけを削り出さないと。


 この魔法陣ならそこまで複雑じゃないし、手のひらサイズでも描き切れるかな。……いや、持ち運ぶわけじゃないんだし、軽量化に拘らなくても良いのか。今回はずっと広場に設置しておくものなんだから、どちらかと言えば壊れにくさの方が大事だろう。

 そうなるともう少し大きめのサイズにして、あまり薄くし過ぎない方が良い。


 魔鉱石のサイズを決めたところで、まずは金槌とノミを使って大まかに削り出した。そしてヤスリを使って、使用者が怪我をしないように滑らかに仕上げていく。

 数十分後無心で削っていると、どこを触っても引っかかりのない完璧な形に仕上がった。ふぅ……この作業も結構疲れるんだ。


 俺は刷毛で削りかすをゴミ箱に集め、作業机の上を綺麗にしてから思いっきり伸びをした。さすがに疲れた……


「フィリップ、いるか?」

「……っ!」


 びっくりしたぁ……大口開けて欠伸をしている時にファビアン様に呼びかけられたから、思わず体を揺らしてしまった。急いで扉を開けにいく。


「はい。どうかしましたか?」


 扉を開けて部屋の外を覗くと、そこにはファビアン様とマティアス様がいた。


「もう昼食の時間だからと呼びに来たのだ」

「……もうそんな時間なのですね」


 鐘の音を聴いた記憶が全くない。……俺って昔から何かに熱中すると、周りの音が聞こえなくなるほどのめり込むんだよね。


「一緒に行きませんか?」

「はい。今ちょうどキリが良かったので向かえます。呼びに来てくださりありがとうございます」

「いえ、じゃあ行きましょう! 僕お腹が空きました」


 マティアス様が照れたようにそう言ったので、俺達は足早に食堂へ向かった。

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