第25話 王都改革計画
「後いくつか質問しても良い?」
「別に良いぞ」
男性が快く頷いてくれたのを確認し、マティアス様がまた親しげに口を開く。
「汚物についてなんだけど、排泄物集積所があるのにそれ以外に捨ててる人が多いのは何で?」
「何でって言われてもなぁ……皆がやってるから、じゃねぇか? でも一応決まりはあるぜ。大通りに捨てるのは禁止だ」
誰か一人が始めてそれを周りの人が真似し始めたら、それがルールに反したことでも認められたことになっちゃうんだよね……この街もそうなんだろう。
一度綺麗に掃除をして、ちゃんと指定場所に捨てるように徹底した方が良いな。この環境で絶対に病気が蔓延してるはずだ。
「一応最低限は守られてるってことか。じゃあ最後の質問なんだけど、病気になった時はどうしてる?」
「病気になった時? それは寝てるしかねぇな。余裕あるやつとか森に行ける強さがあるやつは、薬草のスープを飲むけどな」
「薬草のスープね。薬師はいないの?」
「薬師って存在は知ってるけど、どこにいるのかは知らねぇな」
ということは、薬師は基本的に貴族街にしかいないのか。薬草も使えずに寝てるだけなんて、ただの風邪でさえ命を落とす人がいそうだ。それに十分に食べられず体力が落ちてる人は多いのだろうから、熱が出たら乗り越えるのは難しいよね。
今すぐできるのは平民街を大規模に清掃して、とにかく病気が蔓延しないようにすること。そして畑に水が十分に行き渡るようにして、少しでも食事量を増やせるようにすること。まずはそこからかな。
最終的には魔法陣魔法を使える人を増やして治癒師を育成して、誰でも治癒院で治療が受けられるようにしたいけど……まだ先の話だろう。
「そうなんだね。色々と教えてくれてありがとう!」
マティアス様は話を聞きながら、従者の助けを借りて紙にしっかりとメモを取っていた。その紙を折り畳んで懐に仕舞い、男性に笑みを向ける。
「おうっ、別にこれぐらい構わねぇよ。それで貴族様は何でここに来たんだ? 俺の話が聞きたかったのか?」
「うん。この国を良くするために、皆の暮らしが詳細に知りたかったんだ。もっと暮らしやすい国になるように頑張るからね」
マティアス様のその発言に、話を聞いていた男性と周りで聞き耳を立てていた皆が、一様に感動の表情を浮かべる。
「そんなに私達のことを考えてくれてるなんて、ありがたいことだねぇ」
「貴族様のためにも頑張って働かないとだな」
そんな会話がそこかしこで聞こえてくる。この国は滅亡寸前かもしれないけど……凄く良い国だ。フィリップとして転生して初めてそう思った。そして心からこの人達を救いたいとも。
それから集まってきていた皆と少し話をして、俺達はまた場所を移動していた。
「マティアス、フィリップ、まずは何をやるべきだと思う?」
「僕はとにかく掃除から始めるべきかと」
「私も同感です。この環境ではいくらでも病気が蔓延してしまいますので。……さらに街を綺麗にした上で、作物の収穫量を増やせるようにできたら良いと思います」
ただ街の中で収穫量を増やすのにも限度がある。俺が作る魔道具で水不足は解消できたとしても、圧倒的に畑作面積が足りないのだ。
外に畑を広げるのは魔法陣魔法を広めてからになるだろうし……街の区画整理をやったら畑にできる土地が作り出せないかな?
さっきから街の様子を見ていて、人口が減っているのか誰も住んでない家も多そうなのだ。そういう家は取り壊してでも畑にした方が良い気がする。
そんな提案を二人に話してみると、二人は難しい表情を浮かべながらも前向きな返答をしてくれた。
「確かにそれができれば、食料不足が少しは改善するかもしれんな」
「……その発想は僕にはなかったです。区画整理はありですね。ファビアン様、いっそのこと南区の住民を全員引っ越しさせて、南区を畑作地域にするというのはどうでしょうか?」
南区ってスラム街だよね。確かにそれができれば、スラム街がなくなって畑が増えて……良いことづくめだ。問題はそれに賛同してもらえるのかってことだろう。
「最近は人口も減少しているため、南区を畑にするというのは不可能ではない。スラムの住人に畑を与えると言って引っ越しを進めれば反対もそう多くないだろう。……しかし、家の取り壊しなどそう簡単にはできない」
家の取り壊しなら……空間付与を施した魔道具を作れば瓦礫の撤去は簡単にできる。また俺が魔法陣魔法で攻撃魔法を使えば、家を壊すことは可能だろう。
南区に人がいなくなったところで端から魔法を使って家を壊していき、瓦礫の撤去は人を雇って人海戦術で進めていけば……なんとかなるんじゃないかな。
「ファビアン様、家の取り壊しならば私ができます」
「それは本当か? 具体的にはどのように行うのだ」
その質問に先程考えた方法を説明すると、二人とも驚きに目を見開いている。魔法陣魔法が頑丈な家さえも簡単に壊せるという事実を、改めて実感しているらしい。
「そんなことまでできるとは……凄いな」
「魔法陣魔法は、いつも僕の想像を超えてきます」
「本当だな……しかしこれで問題はなくなった。南区を畑に変える計画も進めよう」
「かしこまりました。しかしまずは街を綺麗にしてからですよね」
マティアス様のその言葉に、俺とファビアン様は即座に頷く。とにかくこの汚い街をどうにかしないことには次に取り掛かれない。
「将来的には下水道も作りたいですね」
「下水道か……あれは私も取り入れたいと思っていた。しかし下水処理施設を街の外に作らなければならず、そのためにはまず魔物の脅威へ対処できるようにならなければ無理だ」
確かにそうだ。焦っても良いことなんてないし、焦らず着実に積み上げていこう。少しずつでも良い方向へ向いていれば大丈夫なはずだ。
「この先が南区か……」
ひたすら街の中を歩き続けること二時間ほど、俺達はやっと南区の入り口に辿り着いていた。南区と西区を繋げる門は開いたままで、特に門番などは存在していないようだ。
「向こうの様子もあまり変わりませんね」
「そうだな……少し中まで歩いてみるか」
「かしこまりました」
南区に入り歩き始めて数分経つと、明らかに先ほどまでいた西区とは別の雰囲気が漂い始める。西区はまだ希望が感じられたけれど、ここはもう少し荒んだ雰囲気だ。
道ゆく人の格好はほぼ裸のような人がいたり、靴も履けずに裸足の人がいたりと、西区に住む人よりも貧しい人が集まっているらしい。
立ち並ぶ建物も作りはしっかりとしているけれど、木製のドアや窓がついてない建物が圧倒的多数だ。それから道路の端で寝ている人や、力無く座り込んでる人もたまに目に映る。
「西区に住む人と何が違うのでしょうか」
「……親を亡くした子供がここに流れ着いて過ごしていたり、仕事が見つからない者が家を借りることができなくてここに集まったりだろう」
「ここの家は無断で住めるのですか?」
「いや、本当はしっかりと管理されてるはずなんだが、誰も住んでいない家に勝手に住み着く者がいても、それが当たり前になっているのだろうな。王家もそれを黙認しているところがある」
前の世界でもスラムがある国は存在した。スラムって時間の流れと共に作り上げられていくんだよね……
最初はお金の無い人が路地裏なんかに住み始めるんだ。するとそれを見た同じ境遇の人が集まってきて、その周りに元々住む人が治安の悪化を嫌がって引っ越しを始めると、スラム化が加速する。
空いた家に無断で住む人が増え、それがどんどんと広がっていくのだ。最初に適切に対処できるのが一番良いのだろうけど、今それを言っても仕方がない。
「しかし予想よりも人が少ないですね」
「そうだな……これならば先程の計画も不可能ではないだろう」
「王宮に戻ってから詳細を詰めましょう」
それからスラム街をざっと見て回り、俺達はまた二時間かけて西区を通り貴族街に戻った。貴族街に戻ってきた時の俺達三人の顔つきは、今日の朝よりも真剣なものになっていた。
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