第18話 国の成り立ち
「光の神ティータビア様より、この地に十人の英雄が遣わされた。それが今から数万年前と言われている。その英雄達は何もない荒野と化したこの大陸を、人の住める土地に変えていったそうだ」
数万年前に十人の英雄……全く聞いたことのない話だ。俺が前の世界で聞いていた歴史は神話の時代と呼ばれる、神達が地上に御降臨されていた時代から始まる。神話の時代に神達によって人間へと与えられたのが、神聖語と魔法陣魔法なのだ。
「ある英雄は植物の種を植えて緑を増やし、ある英雄は強靭な肉体で穴を掘り水源を確保し、またある英雄は家づくりの知識をもとに住居を確保した。そうして何もない荒野に少しずつ緑が増え家が増え、人が増えていったそうだ。そしていつしかその場所は、ラスカリナ村と呼ばれるようになった」
「その村が、ラスカリナ王国の始まりなのですね」
「そうだ。それから数千年かけて村が街になり、街に人が溢れて別の地へ移住する者が現れまた新たな街ができ、そうしていくつもの街が乱立するようになった。そしてそれからは争いの時代だ。街の長達は皆がいくつもの街を支配して国の長になりたいと願い、次々と近隣の街を襲い始めた」
やっぱりいつの時代も争いなんだな……人は争わないと生きていけないのだろうか。
「一つ疑問があるのですが聞いても良いでしょうか?」
「構わんぞ」
「その時代に魔物はいなかったのですか? もし今と同じように魔物が存在していたならば、人同士が争っている余裕はないのではないかと思いまして」
この国が近年戦争を起こしてもいないし侵略もされていないのは、恩恵とは言いたくないけれど魔物が溢れているからだ。
「そこは歴史家によって見解が分かれる部分なんだ。大多数の意見は、魔物はいたが数が少なく脅威にならなかったというもの。しかし人々が争いを始めたことに嘆いた神々が魔物を生み出した、という主張も根強く残っている。後者が真実だった場合は、この時代に魔物はいなかったということだな」
魔物を神が生み出したとする意見か……前の世界ではごく一般的なものだった。なぜなら魔物は魔法陣魔法が使えるならばそれほど脅威ではなく、被害よりも与えてくれる利益の方が大きかったからだ。
魔物肉は食料になり、皮や毛皮は衣服になり、硬い鱗は防具や家具に使われと、魔物から得られる素材は人間の生活を豊かにしてくれるものだった。
「話を続けても良いか?」
「はい、話の腰を折ってしまい申し訳ございません。よろしくお願いします」
「分かった。……争いの時代は千年以上続いたと言われている。いくつもの国が興されては滅びていった。そんな時代にラスカリナ王国も一度別の国に吸収されたそうだ。しかしそれから数十年後、勇敢な青年が独立を宣言し当時支配されていた王国と内戦になり、その内戦に勝利して現在のラスカリナ王国の前身ができたらしい」
千年以上も争い続けたのか……
「この時ラスカリナと名付けられたのは青年の名前から取ったらしく、また同じ地にラスカリナという名の王国ができたのは偶然だという言い伝えもある。本当のところは分からないが」
……確かに数万年前にできたラスカリナ村という名前が、ずっと国の名前として残っている方が不自然だ。偶然という方が納得できる。人の名前としては受け継がれていたというのは大いに考えられるし。
「そうしてラスカリナ王国ができてから、しばらくの間は平和な世の中だったらしい。ラスカリナ王国の中にはいくつもの街や村ができ、また他国との貿易なども始まったそうだ。しかしそんな平和な世界に不穏な気配が漂い始めたのが、今から数百年前。それまでは森の中にいて人間が住む場所には寄り付かなかった魔物が、人間の居住区に姿を見せ始めたらしい。辺境の村から襲われ始め、あっという間に大きな街にまで魔物が押し寄せたそうだ」
急に魔物が森から溢れ出したのか……多分それまでは魔物の数が少なく森の恵みで十分に生活できていたけれど、段々と魔物の数が増えて、弱い魔物から順に森の外へ逃げ出さざるを得なくなったんだろう。
「そこで数百年前の人々は、街に城壁を作って魔物から身を守ることにした。それが城郭都市誕生の瞬間だ。そこからはまた争いの時代となったが、以前とは違い人間同士ではなく、人間対魔物の争いの時代だ。人はとにかく剣を鍛えて知恵を絞り、魔物との生存競争に勝てるよう死力を尽くした。しかし魔物の強さや数は年々増すばかり。人の街は水の確保も難しくなり畑では作物の育ちが悪くなり、狭い街の中で多くの者が暮らしていることで争いが増え治安が悪くなり、さらに街は汚れ、そうして今の現状に至っている。このまま行くと人は魔物との生存競争に敗れ、いずれ絶滅するのだろう」
……話を聞いてまず思ったのは、俺が知っている歴史と全く違うということ。ますますここがどこなのか分からなくなった。もう過去なのか未来なのか、はたまた似通った別の世界なのか分からない。
しかし一つだけはっきりとしたことはある。それはこの世界に魔法陣魔法があれば、前の世界と同じように人の世界が発展できるということだ。この世界で一番の問題は魔物に人が勝てないこと。そしてその理由は魔法陣魔法が使えないからだ。
要するにとにかく魔法陣魔法を広めることが、この国を良くするためにやるべきことなのだろう。
「しかしそんな光の見えない国に一筋の光が差し込んだ。それがフィリップであり、光の神ティータビア様から賜った知識だ。私達はその知識を活かす仕事を陛下から仰せつかっている。この国の命運は、私達三人にかかっているということだ」
ファビアン様が発したその言葉は、強烈なインパクトを俺に与えた。凄い仕事をすることになったとは思っていたけれど、そこまでの覚悟はなかった。
この国の、いやこの世界全ての人間の命運が俺にかかっているんだ。俺の人生をかけて、ティータビア様からの使命を全うしよう。
そう決意を固めてファビアン様の顔を見上げ、次にマティアス様とも視線を合わせる。お二人とも腰が引けてるなんてことはなく、好戦的なギラギラとした瞳をしている。この二人とならやり遂げられそうだ。
「フィリップ、マティアス、良い顔だ。この程度の脅しで怖気づくようなやつらだったら、どうしようかと思っていたぞ」
「怖気づくなどあり得ません。とてもワクワクしています!」
「私もやる気は十分です」
「よしっ、では早速執務室に戻るぞ。先程の続きをしなければ」
「かしこまりました!」
そうして俺達三人は執務室に戻り、また仕事に精を出した。そして午後いっぱい仕事をこなし、仕事初日は終了となった。凄く疲れたけど、なんだか満ち足りた気分だ。
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