転生したら唯一の魔法陣継承者になりました。この不便な世界を改革します。

蒼井美紗

第一章 現状把握編

第1話 転生

 熱い、苦しい、誰か助けて……


 高熱で朦朧とした意識の中、そんな言葉をひたすら心の中で叫び続けた。ぼんやりとした視界に見えるのは父上と母上、それからとても可愛い弟妹達。たまに見えるお爺さんは薬師かな。


 お願いだから、僕を治して。家族皆ともっと一緒に生きたいんだ。やりたいことがたくさんある。今度皆でお茶会をやろうって約束してたのに。死ぬなんて嫌だよ……皆ともう会えなくなるなんて悲しいよ。


 これは何の熱なんだろう。体がとにかく熱くて重くて、意識がはっきりしなくなってきた……この時期の流行り病かな。それならこの前話を聞いた、確か子供は半分ぐらいの確率で命を落とすって……

 僕は、まだ子供だよね。この前十歳になったばかりだ。


 ……うぅ、苦しい、もう辛さから解放されたい。でも、やっぱり生きたいな……



 ――それからどれほどの時間が経ったのか分からないけど、段々と目を開けていられる時間が短くなり、体の感覚も無くなっていき、水も飲めなくなり……そのうちに、意識がなくなった。




「うわっ、魔物が!! ――ん? え、ここどこ? 確か東の森で魔物にやられて、それから……」


 ……待って、そんなことよりも、ふらふらする。これやばい、高熱で今にも死にそうだ。俺は体を起こした状態で支えていることができなくて、またベッドに逆戻りした。


 確かさっきまで東の森で魔物と戦ってたはず……久しぶりに災害級の魔物が出て、急いで魔法師団の仲間と共に現場へ駆けつけたんだ。そしてあと少しで倒せそうってところでヘマをして……どうなったんだっけ? 大怪我をして治癒院に運び込まれたのかな?


 俺はベッドに横たわったまま視線を横に動かしてみることにした。熱が高くてぼんやりしてよく見えないけど……かなり広い部屋だ。一見豪華な作りには見えるけど、このベッドはあんまり質が良くない気がする。治癒院のベッドはもっと肌触りの良いものだったはずだけど……

 それに周りに誰もいないのも不自然だ。治癒院に運び込まれたこんな重病人を放っておくなんてことある? 治癒魔法を使えば治せるはずなのに……もしかして、治癒師がいないとか?

 

 まあそれなら仕方がないか。俺が自分で魔法を使うしかない。そう思って懐に手を入れて魔法陣を取り出そうとしたけど……いつもの場所に内ポケットがなかった。もしかして、服も着替えさせられてる?

 うわぁ、最悪だ。魔法陣がなかったらすぐに魔法が使えないじゃん。ここには魔紙も無さそうだし……宙に魔力で描くしかない?


 俺はそう結論づけて、とにかく体を回復させたい一心で指の先に魔力を集め、朦朧としている意識の中で何とか治癒魔法陣を描ききった。

 そしてそれが発動すると…………ふぅ、楽になった。


 中級の治癒魔法陣で治るのに何で放置されてたんだろ。中級を使える魔力量の持ち主ならいくらでもいるはずなのに。上級じゃないと無理だって誤診されたのかな?

 後で治癒院の責任者に、病人を放置するのは止めるべきだと進言した方が良いな。


 そんなことを考えつつベッドから起き上がる。そしてもう一度部屋を見回して……強烈な違和感を覚えた。

 なんか、俺の視線低くない? そう疑問に思って恐る恐る自分の体を見下ろすと……そこにあったのは、子供の体だった。


「え、どういうこと?」


 そう呟いた瞬間、部屋の扉が開きメイドの格好をした女性が入ってきた。そして俺の姿を目にして手に持っていた桶とタオルを床に落とすと……急に叫び始めた。


「だ、旦那様!? 奥様!? 坊っちゃまが! フィリップ様が起き上がられて……!!」


 その声が聞こえたからか、遠くからドタドタと足音が聞こえてくる。そしてすぐ部屋に一人の男性が飛び込んできた。


「フィリップ! もう大丈夫なのか!?」


 フィリップって誰? それにこの男性は……



 ――そこまで考えた瞬間、急に頭に激痛が走った。


「うぐっ、い、痛い……」

「フィリップどうしたんだ!? 大丈夫か!?」


 待って、叫ばないで、頭が痛すぎる。何でだ、さっき治癒魔法で治したはずなのに。何なんだこの体……

 そこまで考えたところで、俺の意識は痛みに耐えきれずに遠のいていった。



 ふと意識が浮上する。先程までの体の辛さも頭の痛みもないことを確認して、恐る恐るベッドの上で体を起こした。そして部屋を見回して現状を把握する。


 ここは俺の部屋だ。ラスカリナ王国の首都レーグ、その貴族街にあるライストナー公爵邸の一室。俺の名前はフィリップ・ライストナー。ライストナー公爵家の嫡男だ。


 今まではそれだけだった。俺はただのフィリップだった。でも今は違う。記憶の中にもう一人の俺がいる。ダンネベルク王国に仕えていたホーベン子爵家の次男、そして王宮魔導師でもあったハインツ・ホーベンだ。


 どういうことなんだろう……何が起きたのか分からない。今の体はフィリップだから、ハインツの方が昔の記憶ってこと? 高熱で思い出した、とか?


 ……そんな意味不明な現象が起きるのだろうか。でもさっきまで高熱で寝込んでたフィリップが俺であることは事実で、俺の記憶ではついさっき魔物に襲われたハインツが俺であることも事実だ。


 うぅ……混乱する。また頭が痛くなりそう。ダメだ、これはとりあえず深く考えない方が良い。とにかく今の俺の体はフィリップだ。そしてハインツの記憶を何かがきっかけで思い出したのだろう。


 でも体はフィリップなのに人格はかなりハインツ寄りなんだよな……これはフィリップはまだ十歳だったのに対して、ハインツは二十七歳まで生きていたからかな。やっぱり長い方が人格もしっかりと形成されているのかもしれない。

 何にせよこんな不可思議な事態、神の御業としか考えられない。そうなればもう俺がどうにかできる状態ではないのだろうし、この事実をありのまま受け入れるしかないってことだよね……


 ……はぁ、これから俺はフィリップとして生きていかないといけないのか。また十歳からやり直しか。

 ただ俺はフィリップでもあって今の家族への記憶も全てあるから、そこまで悲観することでもないのだろうけど。


 でもハインツの俺は死んだってことだよね……家族を悲しませてしまったかな。そこだけが気がかりだ。もし同じ時代の別の国へ俺が生まれ変わったのなら会いに行くこともできそうだけど……ラスカリナ王国なんて聞いたことがない。そう上手くはできてないみたいだ。


 だけどそうなると、ここはどこなのだろう? 俺が生きてきた時よりも先の未来なのかな? でも未来にしてはフィリップの記憶から分かる暮らしぶりがおかしい。

 どう考えても俺が生きてきた時よりも生活水準が低いのだ。俺が住んでいた国や周辺国、海の向こうの大陸までを思い浮かべてもこんな国はなかったはず。そうなるとここは過去、なのか? ……それか全く別の世界という可能性もあるのか。


 別の世界となるともうハインツが暮らしていた国に、ダンネベルク王国に、俺の家族や友人の元に帰ることはできないのだろうな。


「やばい、涙が出てくる」


 ダメだ、この体がまだ幼いからか感情に振り回される。少し寂しいなと思っただけで、頭の中では涙を抑えられてるはずなのに、実際は瞳からぼろぼろと涙が溢れている。


「うぅ……ひっく、……っ、もう嫌だ、何で、こんなことに」


 そうして俺がぐちゃぐちゃの感情に振り回されて子供のように泣いていると、部屋の中にフィリップの父上が駆け込んできた。そして俺の姿を見て顔をくしゃっと歪める。


「フィリップ目が覚めたのか! 良かった……本当に良かった」

「ち、ちうえ……っ……」


 ダメだ。子供みたいにみっともなく泣きたくないのに、父親に抱きしめられているという安堵感から涙が溢れてくる。子供ってこんなにすぐ涙が出てくるのか……

 フィリップの父親はラスカリナ王国現国王の弟でライストナー公爵であるアルベルト・ライストナー。今は静かに涙を流しながら俺を抱きしめている。


「父上、ご心配をおかけました」

「そんなことは気にしなくて良い。お前が無事で本当に良かった。もうダメかもしれないと……」

「もう大丈夫です。そんなに泣かないでください」

「ああ、そうだな。フィリップが無事だったのだから笑顔でいなければ」

 

 父上はそう呟くと、俺と少しだけ体を離して泣きながら笑みを浮かべてくれた。

 俺がハインツの記憶を思い出してほぼハインツの人格になってしまっていると言ったら……どう思われるのだろうか。フィリップの体を乗っ取ったと罵倒される? それともフィリップを返せと縋られる?


 どっちにしても悪い未来しか思い浮かばない。これは俺の心の中にだけ仕舞い込んで、絶対に知られないようにしないと。とにかくまずは、フィリップとしての生活に慣れるように頑張らないとだな。


「ではフィリップは寝ていなさい。私は皆を呼んでくるから」


 そう言って父上が部屋から出て行ったのを確認して、俺は体の力を抜いた。

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