3. そしてオレは暴挙に出る
オレは桐野さんを直撃するという暴挙に出た。
日曜日のバイト帰り。
昼過ぎの明るいときだったからか、後ろから唐突に声をかけてもさして驚きもされなかった。
「あ、竜波くん。家、このへんなの? たまにコンビニで見かけるけど」
……バレていた。
彼女がバイトするコンビニに立ち寄っても、彼女と視線が合ってしまわないように気をつけていたのだが、彼女もオレを見かけても見て見ないふりをしていたのだろう。
ちっともそわそわした様子をしていなかったから、オレのことなんて気にとめる存在でもないってことが露呈してしまったが、ここで帰るわけにもいかない。
「――桐野さん。ゴメン。オレ、桐野さんのこと、こっそり撮影しちゃったんだ」
「えっ! なんでよ」
彼女はつかみかかってきそうな勢いで詰め寄る。
まともに目を合わせられなくてうつむいてしまう。
「ごめんなさい。つい、出来心で。だって、桐野さん、徹底的に撮らせないし。桐野さんの写真が撮りたくなって、盗撮といってもやらしい写真じゃなければいいかなって」
「そういう問題じゃないでしょ」
それ以上罵らないのは彼女の上品さだが、彼女の怒りはわかる。
本当ならいいたくはなかった。
つけ回したあげく、断りもなく写真を撮りまくっていたなんて。
「ほんとゴメン。桐野さんのこと、もっと知りたかったんだ。でも、1枚撮影してみたら、へんな影が写ってて。おかしいなって、もう一回撮ってみたら、また奇妙な影が写ってて、カメラがおかしいのかと思って――」
「もういいよ。何回写しても一緒だよ。わかってる。誰が撮ってもそうだから」
毎回心霊写真が撮れてしまう特異体質だなんて信じられないけど、実際、彼女はそうだった。
こんなにもかわいらしい普通の女の子なのに。
無意識なのか胸のボタンをいじっている。
普段そこにはカメラがぶらさがっているが、ひとりでいるときはほとんどカメラを身につけていない。
友達から撮影を迫られるという不測の事態が起こらないからだ。
彼女にとってカメラは自分を撮影させない盾みたいなものだった。
彼女はふいに勢いよく右手をさしだした。
「撮った写真見せて」
削除するつもりだろうか。
たくさんありすぎてあきれられてしまいそうだが、オレはポケットからスマホを取り出して、桐野さんのホルダーを開いた。
彼女はそれを受け取ると、スワイプして自分の写真を閲覧していった。
プリントしたくなるほどいい表情もあるのに、この世のものではない影に邪魔されて全部台無しにされていた。
「はじめはさ、こんなふうにおもしろがって写真撮られるけど、いざ自分とわたしが一緒に写るとなったら気味が悪いってなっちゃうんだよね」
「そんな、おもしろがるだなんて……」
「遠足とか修学旅行とか、集合写真撮るじゃない。あと、卒アルの写真撮影とか。その日は学校に来るなっていわれるの。だから、みんなで写真撮るってわかってるときは学校休んでた。卒業写真も隅っこに小さく写ってる、あれね。いるはずのない人影が写っていても修正してくれてるみたいだけど、そんなかんじだから、わたしは誰とも写真を撮りたくないし、自分が写ってる写真を見たくないの」
彼女は仏頂面で眺めている。
そしてすべてを見終わらないうちにカメラを起動させてインカメラにし、あろうことかオレの隣に並んで自撮りした。
桐野さんから湧き上がる半透明の灰色のモヤがオレの頭をかすめ、画面の外にまで流れ出している。
「やっぱり。わたしの負のパワーが勝っているね」
「お祓いしないの?」
つい口から出てしまったが、オレも、そしてたぶん彼女も、同時に馬鹿だなぁと思っていた。
微妙な面持ちでスマホを突き返された。
「それでなんとかなるのかな。だいたい、わたし、呪われてると思ってないし。今までこうして無事に生きてるし。なんだったらわりと平和だし。今まで写真に写っている幽霊以外見たことなくて、霊感だってないし」
だけども本当は気にしている。
気味が悪いと思われるのを避けるためにカメラを持ち歩いているのだから。
その体質は変えられないかもしれない。
けど――。
「じゃあ、奇跡の一枚を撮ろうよ」
「え?」
「普通のひとだって、奇跡的に心霊写真が撮れちゃうじゃん。だから、桐野さんも、奇跡的になにも写らない写真が撮れちゃうかも」
「なにそれ。いいよ。別に。写真なんていらないし」
オレは背中のリュックを下ろし、中をかきわけてフィルムカメラを取りだした。
「フィルムだよ。インチキなし。合成なしで絶対撮るから」
じいちゃんが持っていたレトロな雰囲気のカメラだった。
小さくて、巻き上げも手動だ。
ファインダーを覗き込む。
スマホと違うそのスタイルも慣れない。
小さな枠の中で彼女が戸惑い気味に立っていた。
オレと彼女を隔てるカメラが一層よそよそしい。
静かな手応えでシャッターを切る。
フィルムだけが知っている一瞬の出来事を、オレは大事に抱えた。
「撮らせてくれてありがとう」
「撮らせてあげたわけじゃないし……」
カメラを向けられて、レンズを手で覆わない彼女をはじめて見た。
あれだけ隠し撮りをされて、まだ許してくれてないかもしれないけど。
後までつけて、気持ち悪い男だと思われていても。
オレは、彼女を撮りたかった。
彼女の笑顔を。
もう一度ファインダーを覗く。
さっきよりはスムーズに、観念したようにこちらを見ている彼女を、とらえた。
なんたってオレは学園の裏側まで知っている。
カメラを首からさげることは校則違反ではない。
生徒会のお墨付きだ。
もう秘密はおしまい。
堂々と彼女の写真を撮りたかった。
いつか彼女の奇跡に巡り会うために 若奈ちさ @wakana_s
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