化け物の中のバケモノ

Phantom Cat

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 ぼくが人間たちの言う「狐」という種に属する、という事実を知ったのは、半年くらい前のことだ。人間の使う時間単位で言えば。


 人間たちの間では、狐という存在は昔から人を化かす、と言われているようだ。いわゆる「化け物」ということだが、実はそれは極めて正しい。少なくともぼくらの種族の大多数の狐には本当に「化かす」能力がある。


 だけど、そもそも「化かす」ということの定義は何なのか。それは、自分をそうではない他のものに見せかける、という行為を意味する。


 実はこのような能力のある生物は自然界に少なからず存在する。自分の体を葉っぱや木の枝のように見せかけたり、体表の色を周囲に合わせたり。すなわち「擬態ミミック」だ。と言っても通常それらはみな物理的なカモフラージュだが、狐のそれは全く物理的ではない。


 狐に限らず大抵の動物は、目というセンサーを通じて得た映像を、脳が処理することによって初めて「見た」と認識する。そう。視界の中にあるのは現実の世界そのものじゃない。それは脳が創り出した世界でしかないのだ。

 だから視界には本来水晶体にあるはずの収差しゅうさ(レンズ特有の光学的な歪みや滲み)もないし、網膜にあるはずの盲点も見えない。そもそも水晶体は凸レンズなのだから、網膜には上下左右が反対になった世界が映っているはずなのだ。なのに視界がそうなっていないのは、脳が映像を処理しているからに他ならない。


 狐には化かす対象の脳に直接アクセスして、その映像処理を少しだけ誤作動させる能力がある。 ESP(ExtraSensory Perception:超感覚知覚)、平たく言えば超能力の一種とも言える。そうすることによって自分をそうじゃないものに見せている。そうやって外敵から自分を守る。要するに、「化かす」というのはヴァーチャルな擬態なのだ。


 人間たちはつい最近になって VR (Virtual Reality:仮想現実)だの AR(Augmented Reality:拡張現実) だの MR(Mixed Reality:複合現実) だのと言い始めたようだが、ことこの分野に関しては狐の方が圧倒的に進んでいる。なんたって、何のマーカーもデバイスもなしに高精細 MR を実現しているのだから。


 ……などと偉そうなことを言っているが、ここで一つ告白しておかなければならない。


 実はぼく自身には、「化かす」能力は全くない。


 おそらく先天的な脳障害なのだろう。それに気づいたきっかけは、幼い頃兄弟姉妹たちと化かし合いをして遊んだ時のことだ。もちろんそれは独り立ちするための訓練の一つでもある。


 ぼく以外の家族はみな他の何かに化けることができた。しかし、ぼくは何物にも化けることはできなかったらしい。みんなの反応が違うのだ。誰かが化けた瞬間、それを見ていた他の者はさすがに驚きの反応を示す。だけどぼくが化けようとしても、周りには全くそんな反応が見られなかった。


 だからぼくは家族の中でも、最初から若干浮き気味だった。それに拍車をかけたのが、ぼくの特殊能力だった。


 ぼくにはどうやら、人間並みの知能があるらしい。


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