この手に落ちてくれ①
春瀬なな
第1話 新学期
「桜の精だぁ・・・?」
「そうなの!」
リクは制服のポケットに両手を突っ込み、白けた目で目の前の少女を見下ろした。
「・・・どいてくんねーかな。新学期早々、既に遅刻なんだわ」
桜満開の、咲等(サクラ)校。
新学期を迎えた、青烏(アオウ) リクは裏門で足止めを喰らった。
「お願い!ほんの一ヶ月で・・・ううん、二週間でいいの!あたしとお友達になって・・!」
栗色のふわふわの髪、花柄のワンピース。
普通にしていれば、一般的には可愛らしい少女。
しかしリクの目の前に飛び出すと、自らを"桜の精"だと名乗った。
(こんな普通の顔して、頭のおかしい奴もいるもんだ。
・・・世も末か。)
そんなことを思いつつ、リクは少女を通りすぎる。
「はいはい、じゃあな~」
リクは少女を見ないようにしながら校舎に向かいつつ、顔の横でピラピラ手を振った。
ワックスで立て上げた茶髪、ネクタイなど家で眠っている。
鞄は無くした。だから今日も、財布と携帯だけをポケットに突っ込んで、手ぶらだ。
それなりに整った顔立ちの不良学生、青烏 リクはこの手の人間に免疫はなかった。
「・・ま、待って!・・・お願い!!」
少女の叫びを無視し、リクは人のいない裏門を行く。
幸い、後ろでしつこく叫んではいるが、追いかけてくる様子はなかった。
「・・・変なモン見たわ・・・」
リクはボソッと言いながら、のろのろ階段を上がった。
「おいっリクー!!」
階段の下から、嫌な声が聞こえる。
小うるさい学年主任だ。
「遅刻カード書けー!」
「うっせーなー・・・声でけーんだよ・・」
リクはそれも無視し、2階の教室2年6組、後ろのドアを開けた。
「うーっす」
一応挨拶して教室に入る。
ドアを引き開けた途端、ざわつきが外にもれだした。
見たところ、新しい教科書を配布している最中だった。
クラスの面々は新しい顔、新しい担任。
「遅い!」
教卓から、女教師が一喝。
「ねぼーしたんだよー」
新顔とは言えど、この女教師もクラスの大半も、知っている。
・・・まぁ、全然知らない生徒も何人かいるようだが。
「んだよリク~新学期早々かよ!」
「バカじゃね!!」
「つーかお前また手ぶらかよ!」
リクは一番後ろの空いた席にドカッと座ると、教室中からワイワイ声がかかった。
去年もそうだった。
クラスの空気を乱すといえばいいか、いつも怠そうに異質なオーラを放つリクは、何故か学年でも人気だった。
まぁ、目立つ人間というのは、大体そんなものだ。
リクは欠伸をすると、机に突っ伏した。
「こらぁ!」
ゴンッ
「いって・・」
しかしすぐに、固い物が頭を直撃。
担任が教科書の束を抱えて、すぐ横に仁王立ちしていた。
「新しい教科書、取りに来なさいよ!」
「あーごめんゴメン。床置いといて」
担任の弥白 みくる(ヤシロ ミクル)は、ボブがよく似合う若い教師だった。
なんだかんだ、皆からの人気もあるし、必要以上にはうるさくない。
白いブラウスを清楚に着込み、小柄な体を張って指導するあたり、教師の間でもウケがよかった。
「あー、オレミルクが担任でよかったわ・・・」
リクは机に突っ伏したまま、正直に言った。
「何寝ぼけたこと言ってんのよ、ほら起きて。あとでその髪、黒染めスプレーしてあげるから」
「えー、やだし。ミルクやったことある?あれ3回くらい髪洗わねーと、落ちねーんだよ~」
キーンコーン カーンコーン・・・
「はーい、じゃ皆休み時間にして~!」
チャイムのおかげで、黒染めスプレーはお流しになった。
休み時間、リクの机には毎度、人が群がってくる。
今日はその前に、いつもの2人組が寄ってきた。
「なーリク自販行こーぜ!喉渇いちったよ~」
「オレも~」
「おー」
春輝(ハルキ)と、昌秋(マサアキ)だ。
童顔で小柄な春輝と、ガタイの良い長身の昌秋。
まさしく、学年の凸凹コンビだ。
「昨日給料日だったんだよな~!札しかねーや!なんって!今日オレリッチだわ~」
「確か下の自販、10円切れだったけど」
「げっまじか!わり、昌秋小銭貸して!いつか返すから!」
「はいはい」
うるさくてやんちゃな春輝と、冷静でマイペースな昌秋に挟まれ、リクはリクなりに気楽な日々を送っている。
「ハルくーん、あたしにも何か買ってきて~」
「えー?お茶でいー?」
「苺ミルクー!」
「はーいよ~」
「誰の金だよ」
勝手に女子生徒と約束を付ける春輝を見て、リクは昌秋の心内を、代弁してみた。
昌秋は困ったように笑った。
咲等校は、教育科の先生達が叫び回るわりに、生徒達はなんとも自由を保っている。
「なーそいやさ、今日裏門に可愛い子いたよな!」
ハルがジュースを買いながら、リクに言う。
「あ?・・・あー・・」
「昌秋とさ、転校生じゃね?!って言ってたんだよ。やばくねアレは!うちのクラスこねーかなー」
「・・・何か話したりとかした?」
リクは聞いてみる。
昌秋は首を振った。
「ハルは声かけて、びびられてやんの」
「うっせ!あれはぜってー、お前が横にいっからだろーよ!」
昌秋は元バスケ部で、学年で1番背が高かった。
おまけにがっちりと筋肉質で、小柄なハルといれば、更に威圧感が増す。
「・・・じゃ、向こうから話し掛けてきたりは、なかったん?」
「昌秋がいたんじゃ、そりゃねぇって~。何、リク声かけられたわけ?!」
リクは一瞬困ったが、肩をすくめた。
「なわけねーよ」
「あっはっは!」
キーンコーン カーンコーン・・・
「やっべ鳴っちった!」
「いや、待て。俺まだお茶とオレンジ迷ってる」
昌秋は自販機とにらめっこ中。
「はぁ!?オレンジでいーだろ!置いてくかんな!」
ハルは昌秋を置いて、走って行った。
リクは一応、昌秋を待ってから一緒に向かった。
昌秋は結局、カフェオレにしたらしかった。
そんなこんなで、一日はゆるくあっという間に過ぎていった。
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