さよなら金魚

記憶のなかの

あかい金魚は

夏の終わりの日

水面みなもで腹を見せて

ぷかりと浮かんで

空を見つめたまま

動かなくなっていた


母が庭の隅に埋めて

『きんぎょのはか』と

小さな墓標をたてて

一緒に手を合わせた


まだ死の意味が

よくわかっていなかったわたしは

それでも

「さよなら」と、つぶやいて

手を振ったのだった


昨日までいた存在が

今日はもういなくなってしまった

その寂しさが

空の金魚鉢を見るたびに

わたしの胸を塞いだ



あれから随分と年月が過ぎて

いくつもの別れを知った今でも

さよならに慣れはしない


いつかはわたしも

「さよなら」と

去らねばならない日がくるだろう


茜色に染まる雲をみていると

あの、ちいさな金魚のことをふと思い出す


いつのまにか


生命の終焉しゅうえん静謐せいひつであるようにと

願う年齢としになった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る