異世界音楽成り上がり ーその世界の人は『一切の例外なく全員』、音楽を聴くだけで俺のことを好きになったー
大野原幸雄
第1話 アレンディル王国にようこそ
-第一章 音楽にようこそ-
俺は今、走馬灯を見ている最中です。
そして、その走馬灯のあまりの平坦さに……人生に改めて落胆している最中です。
「…」
飛び降り自殺。
俺がこの方法を選んだ理由はたった一つ。
今まさに、俺の腕の中で共に落下しているクラシック・ギター。
この世界で、唯一優しかった爺ちゃんの形見。
これと一緒に、この世界から消えてなくなりたかったから。
たったそれだけ。
俺の名はサクライ・ミナト。20歳。
ギターの名は77年製ヘルマン・ハウザー2世。
今、爺ちゃんのいる世界へいくよ。
ハウザー2世と一緒に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しかし……
「……ッは!」
信じられないほど早くなった鼓動と共に、俺は目を覚ます。
目にはたくさんの涙が溢れている。
足にはまだ飛び降りた最後の感覚が残っていて、体中の力が抜けていた。
……生きている。
その実感が身体を駆け抜けていくのを感じ、視界を塞ぐ大粒の涙を拭う。
これは今の状況を改めて確認しようと、脳が勝手に行った行動だった。
「……え」
病院か、あの世。
そう想像していた俺の目の前にあったのは、そのどちらでもない予想外の光景だった。
「う……うぅ」
泣いている少女。
ふわふわの金髪、真っ白な肌、吸い込まれそうになるほど大きな瞳。
俺が人生で一度も出会ったことがない程の美少女が、涙で顔をぐしゃぐしゃにしてこちらを見ている。
「うわあああッ」
「……うッ!」
そしてその少女は、俺に思い切り抱きつく。
体中の力が抜けていたので、軽い衝撃に身体が驚く。
俺は少女のぬくもりをさほど感じない違和感で、その時まだハウザー2世を抱きしめたままでいることに気づいた。
「うううう……うううう」
ボロボロのクラシック・ギターを抱きしめる俺を、少女は力強く抱きしめた。
「……」
突然の出来事。謎の場所。
しかしギター越しに感じるそのぬくもりは、俺の身体と脳みそに充満するあらゆる絶望を取り除くような暖かさで……
生きていた実感からか、今までの絶望から救われたような安心感からか。
なぜだか自然に涙が溢れていた。
息がつまる。
せっかく拭った瞳がまた……
「……うぅ」
と、つい情けない声を出してしまう。
しかし人間、一端泣くと不思議と冷静になるもの。
泣きながら周囲を確認すると、自分のいる場所がどこかの部屋だということを理解しはじめる。
部屋には少女の他に、目の覚めるような赤髪の若い男性がいた。
赤髪の男は少女に抱きつかれる俺の涙を見て、焦ったように彼女に言った。
「……お、おい!レナ!異世界人なんか泣いてるぞ!」
「えっ!」
それを聞くと、少女も焦ったように俺の顔を覗き込む。
うわ……本当に可愛いなこの子。
「大丈夫ですか?どこかお怪我でも……?」
「い、いや……それより、えっと…ここは…?」
少女のぬくもりに若干の名残惜しさを感じつつ、俺は涙を拭いながら質問した。
部屋の装飾や彼らの服装を見る限り、明らかに俺のいた世界のものじゃない。
そして自分が今座っているのが、部屋の床に描かれた巨大な魔法陣の上であることにも気づく。
すると、だんだんと色んな疑問が頭の中に沸いてくる。
「ここは、アレンディル王宮の一室ですよ」
少女が俺の質問に答える。
その返答は俺の質問に対する的確な解なんだろう。
しかし、俺にはその返答が頭に入ってこなかった。
もちろん理解できない固有名詞だからというのもある。
けどそれ以上に、その少女の声があまりにも美しかったからだ。
綺麗な声。
そんな言葉じゃ言い表せられないほど、透明感があり、優しい声だった。
しかし決して弱々しいわけではなく、むしろ芯の通った力強ささえ感じる。
「え……アレン…?」
「アレンディル王宮です。聞きたいこと、いっぱいありますよね……。ちょっと待っててください」
そういうと、金髪の少女は微笑み、なぜか焦ったように赤髪の男を引き連れて隣の部屋へ飛び込んだ。
――バタンッ――
扉を閉めると、何やらしゃべり声が聞こえてくる。
「チャドさん!とりあえず何かおもてなしできるものをッ!」
「おもてなしって!……異世界人って何飲むんだッ!?ハーブティーとか!?あっ!酒の方がいいのか!?茶菓子は!?クッキーとか貧乏くさいと思われるか!?」
「それより椅子です!地べたに座らせたままなんてッ!」
「どどどどどどんな椅子だッ!?低いのがいいのか高いのがいいのか!?かか、硬さは!?」
と、とにかく慌ただしい。
異世界人……って言ったのか?今。
もしかして、ここ異世界…?じゃあこれって異世界転生…?
いや…生まれてないし転移……異世界転移か。
――ベーン……――
現状を飲み込もうとぼーっと部屋を眺めると……
まるで「正気になれ」と言わんばかりにハウザー2世の弦が鳴る。
どうやら袖のボタンに引っかかって音が出たようだ。
その聴き慣れた音は、理解不能な現状に妙な“現実感”をくれて……つい背筋がしゃんとする。
「異世界……」
すると再び扉が開き、先ほどの少女が入ってくる。
明らかに焦っているが、平静を装うように俺に言う。
……その優しい笑顔と、透き通るような声で。
「言い忘れてました」
「…え?」
「異世界へようこそ…えへへ」
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