真夜中の秘密
たなか。
第1話
「おれ森本さんに告白しようかなって思ってるんだけど、どう思う?」
「あー、いいんじゃない?最近仲良さそうじゃん」
文化祭が終わってからというものいくつものカップルが誕生していた。代々言い伝えられている文化祭効果は、実在したようだ。今僕に聞いてきている吉田は、好きな人と文化祭は一緒に回ったものの、チキって告白できなかったらしい。
「直哉はいないの?好きな人とか」
「うん、いないかな」
そう、僕はこの17年間好きな人というのができたことが一度もない。可愛いな、綺麗だなって思う人はもちろんいるが、「好き」というところまでなぜかいかないのだ。
「来年おれら3年で受験なんだから、青春しといた方がいいぞ?」
受験、、。僕らの高校生活のあと1年と少し。僕は何もせず、ただただ普通の日々を過ごしてきた。
学校での僕の立ち位置は、中間といったところだろう。それなりに友達もいて、誰とでも話そうと思えば話せる、そんなすごく目立つわけでもなく、平凡。趣味に関しても特に好かれるようなものはなく、その中でも習慣としてあるのが夜の散歩だ。
夜の散歩は、静かで誰にも邪魔されない空間で嫌なことも全部忘れて過ごせるから好きだ。この散歩だけはほとんど毎日欠かさずしている。
今日もいつもより宿題に時間がかかり、散歩に行く時間が少し遅くなってしまった。時計の針は、23時を指していた。いつもに比べると遅い時間だが、いつもの習慣が崩れてしまうのは、違和感だ。30分ぐらいで切り上げようと思い、動きやすい服に着替えることにした。
「ちょっとだけ散歩してくる」
と、リビングに言い残して玄関の扉を開けた。
10月ともなれば、少し肌寒い。でもこの風が心地よかったりする。今日は、コースのひとつである景色の綺麗な公園に向かうことにした。
いつもは人1人いないところだったが、今日は先客がいた。
「ん?子どもがこんな時間になにしてるん?」
やはりこんな夜遅くに子どもが1人だと不審に思われたのだろうか、缶コーヒーを片手に僕より少し年上だと思われる女性が話しかけてきた。
明るい髪、公園の薄暗い街灯からも分かるほど、綺麗な金髪だった。
「いや、ちょっと散歩しようかなと思いまして」
「あー、そうなん」
話し方から関西の人だなと思った。
「君いくつ?」
「17です」
「へー、1番楽しい時期やん」
「そうですかね?僕はあんまりそう思ったことはないです」
「ええ、なんでなん?まあ、私もあんま楽しくなかったけどな」
と、微笑を浮かべていた。
笑顔の柔らかい人だった。
そしてアチチ、と言ってコーヒーを啜る。
「あ、君も飲む?お姉さんが奢ったるで」
「いや、いいですよ」
「まあそう言わんと」
女性は公園の入り口近くにある自販機に歩いて行って、僕にカフェオレを投げて渡してきた。
「ありがとうございます」
「で、なんの話やっけ?ああ楽しくないって話か」
「君は、、えっと名前なんて言うん?」
「あ、直哉です」
「私はレイでいいよ。で、ナオくんは好きな人とかおらんわけ?」
ナオくん、、関西人だからかわからないけど、距離の詰め方に少し戸惑う。
それにこのぐらいの年の楽しいってほとんどが恋愛なんだなって改めて思った。
「はい、いないですね」
「そうなんや、この子ええなって思う子もおらんの?」
「いないですね、今まで人好きになったことなくて」
「ええ、ほんまに??」
「はい、本当です」
思わず容赦のない関西弁に笑ってしまった。
「なになにどうしたん?なんかおもろかった?」
「いえ、関西弁すごいなって思いまして」
「ああそういうこと。私はいま23で大阪から大学入るときに上京してきたんよ」
「待っていま何時や?」
レイさんが近くの時計に目をやる。僕もそれにつられて時計を見ると、針は12時を指していた。30分ぐらいで切り上げるつもりが、つい話し込んでしまった。
「もう遅いし、帰った方がええんちゃうん?」
「そうですね、そろそろ帰ります」
「そーしー。まあまた会えたらいろいろ話聞かせてな」
そう言って僕らは公園の入り口で分かれてお互い帰路についた。パッと見たときは、怖そうな人かと思ったが、落ち着きがあって、少し独特なオーラをまとった人だった。でも不思議と居心地は悪くなかった。むしろもっとあの人と話をしてみたいと思うほどだった。
「おれ今日の放課後、森本さんに告白するわ」
翌朝、教室に入るなり吉田がそう宣言してきた。朝から彼のハイテンションに当てられて、頭がクラッとする。
「そう、まあ頑張れ。陰ながら応援しとく」
「つれないやつだなー、いっちょ男らしいとこ見せてくるわ」
吉田は授業中ずっとそわそわしていて、周りから見て明らかに緊張しているのがわかった。別に彼の告白が気にならないわけでもなかったため、なぜか僕も少し胸がキュウっとなった。
放課後、僕は教室に1人、ぽつんといる。
その理由は吉田が告白終わったら結果報告をするから待っていてほしいと言う。
ガラガラ、
やっときたか。そう思ったときだった。
「あれ、山内くんじゃん」
聞きなれない声だったせいか、声だけじゃ誰かわからなかった。
「えっと、川上さん?」
「なんで疑問形なの(笑)」
「何してるの?1人で」
「いや、友達ちょっと待ってて」
「そうなんだ、何気に話すの初めてじゃない?」
川上さんは、同じクラスでいつも中心にいるイメージの女の子だ。
「確かにそうだね。川上さんは何してるの?」
「私は、忘れ物しちゃって」
「そうなんだ」
正直ちょっと気まずい。ほとんど話したことないし、中心いるイメージだから距離を感じてしまう。
「じゃあね、また明日〜」
「うん、また明日」
「ん?川上さんと話してたのか?」
川上さんと入れ違いで吉田が帰ってきた。
「まあ、それでどうだったの?」
こうやって聞くまでのなかったかのように吉田の顔から幸せオーラがプンプンだった。
「OKしてくれた!まじで緊張したわー」
「そっか、よかったね」
「愛想ないやつだなー、もっと祝ってくれてもいいんだぜ?」
「それで直哉は川上さんとなんかあったの?」
「いや特には。忘れ物したってだけ」
「え?川上さん何も持ってなかったぞ」
「そんなことないでしょ」
吉田も僕も「?」で頭がいっぱいになった。
まあいいか。
「じゃあ行ってきます」
今日も今日とて夜の散歩に出る。
今日の川上さんの件をレイさんに話したかった。自然と足は昨夜の公園の方向へ歩き出し、レイさんがいることを期待して向かった。
「お、ナオくん。今日も来たんや」
昨日と同じ風景。缶コーヒーを片手にレイさんがフェンスに手をかけている。
「はい、散歩はほとんど毎日してます」
「レイさんはどうしてここにいるんですか?」
素朴な疑問だった。
「んー、普通にここから見える夜景が綺麗だから?かな」
この公園は立地が高く、近所の街を一望できる。
「確かに綺麗ですよね」
「うんうん、で今日はなんかおもしろい話あるん?」
「えっと、、」
今日の川上さんの件を話した。
「そんなん、ナオくんと話したかったからしかないやろ」
「え??どういうことですか?」
「忘れ物なんて口実や。ナオくんのこと気になってるってことやろ。知らんけど」
「そんなことありますか?川上さんですよ?」
「私は川上さんって子がどんな子か知らんけど、そういうことやと私は思うで」
川上さんが僕のことを?まさか。
「なるほど、参考になります」
「まあどう思うかはナオくん次第やけど、応援してるで」
「はぁ、ありがとうございます」
僕には何ひとつピンとくるものがなく、考えても分からなかった。
それからレイさんと何気ない話をしていると、時間はあっという間に過ぎてしまった。
「あ、12時や。今日も遅くまでありがとうね」
「まあ、私は基本夜はここにおると思うから、暇やったら話し相手になってな」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
「ほな、またねー」
レイさんと話してると、ありのままの自分が出せてすごく居心地がいい。今日も僕の話をたくさん聞いてくれて、相談にも乗ってくれた。
でも、僕の話ばかりで僕はレイさんのことを何も知らないことに気づいた。知っているのは名前と年齢だけ。
次あったら聞いてみよう。
「おはよう、山内くん」
この声は、、
「あ、おはよう。川上さん」
この瞬間に昨日のレイさんの言葉が頭をよぎった。
「ナオくんのこと気になってるってことやろ」
いやいや。すぐに脳で否定する。
「今日の一限ってなんだっけ?」
「えっと、確か数学」
「ああそうだ。ありがとう!」
別に普通の会話。確かに今まで話したことはなかったけど、クラスメイトなら普通にやり取りだ。やっぱりレイさんの思い違いだ。
そんなことを思っているうちに下校のチャイムは鳴った。
「直哉帰ろうぜ」
「うん、帰ろう」
帰りは大体吉田と帰ることが多い。他の友達は部活に入っている子がほとんどで、帰宅部同士でいつも帰る。
「あ!山内くん、ばいばい」
まただ。川上さんから話しかけられる回数が多くなったことは明らかだった。
「ばいばい」
「なに?川上さんとそういう関係までいったのか?」
「いや全然。僕にもさっぱり」
「直哉のこと好きなんじゃね?明らかに前と違うし」
吉田もレイさんと似たようなことを言う。
「そんなことはないでしょ。僕なんかやったかな?」
「さあ?川上さんに直接聞いてみたらいいんじゃない?」
「それは無理でしょ」
「そうか?案外普通に仲良くなりたいだけかもよ」
「うーん。まあ聞けそうだったら聞いてみる」
そして夜。
「川上さんに直接どういうことか、聞くのあってありだと思いますか?」
「直接?!えらい大胆やなぁ」
「まあなしではないと思うけど、ナオくんにその勇気あるん?」
「ないですね」
「じゃああかんやん」
一瞬で粉砕されてしまった。まあ本人に直接聞くなんてもとから難しい話だった。
あ、そうだ。それはそれでいいとして僕は、レイさんについて知りたかったのだ。
「話変わるんですけど、レイさんって普段何してるんですか?」
「あー、普段ねー。普通に仕事してるよ」
明らかに声のトーンが下がったことを見逃すほど、僕は鈍感じゃなかった。でもその先を聞いてはいけない気がした。
「なるほど」
「なに?怪しい仕事でもしてると思った?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
「まあ、いつかわかるよ」
いつかわかる。どういうことだろう。
「あ、もうこんな時間。良い子はお家に帰りや」
時計の針は12時を過ぎたぐらいだった。この時間だけ時間の流れの速さが倍に感じられる。
レイさんのことはあまり知れなかったけど、誰しも人には言えないことの一つや二つはあるだろう。それにしてもこうやってレイさんと毎晩話すことは、僕の中で1番といっていいほど、楽しみな時間であり、幸せな空間だった。
それからというもの川上さんから話しかけることは多々あったが、それ以外は特に何もなく、月日は流れていった。来年受験ということもあって塾に通い始めた。このこともあってレイさんとは週3ぐらいの頻度で会うようになった。
「ねえ、山内くん。今日これからって暇?」
僕は帰りの支度をしているところに川上さんがきた。
「まあ暇だけど」
これはチャンスだ。川上さんになぜ僕に話しかけるのか、聞くことができる。
「えっとね、言いたいことがあって」
このチャンスを逃してはいけないと、僕は先手を打つことにした。
「あの、ごめん。先に僕からいい?」
「え、いいけど。どうしたの?」
「最近、川上さん僕に良く話しかけてくれるなって思って。それが気になってて」
「あ、そういうこと。じゃあ今から分かるよ」
????
「私山内くんのこと好きなんだ」
「だから、、付き合ってください」
え???
頭がこの状況を理解するのに追いつかない。
「こういうことなんだけど。どうかな?」
「えっと、、」
このときなぜかレイさんの顔が頭に浮かんだ。容赦のない関西弁、妙な落ち着き、そんなレイさんが頭から離れない。
「ごめん。すごく嬉しいけど、川上さんとは付き合えない」
そうだ、川上さんと僕なんて釣り合うはずがない。
「そっか。山内くんさ、好きな人でもできた?」
「なんか最近前とちょっと違うなって思ってて」
好きな人、、僕はレイさんのことが好きなのだろうか。はっきりとしないこの感じ。
「わからない」
「そっか。じゃあまたね。ありがとう、時間つくってくれて」
家に着き、自室に入るなり、ベッドに飛び込んだ。頭がまだまだ混乱している。
時計に目をやると、晩御飯の時間だったため、リビングに行くと、母がニュースを見ていた。
それにつられて僕もテレビを目をやった。
「近頃、〇〇町付近で大阪から逃亡していると思われる、20代女性の目撃情報がありました」
監視カメラの映像が流れる。明るい金髪で缶コーヒーを片手に持っている女性、レイさんだった。見間違うわけがない。暗かったけど、あれだけ近くで見てきた人だ。
僕は頭が真っ白になり、何も考えられないまま真っ暗な街に飛び出した。
レイさんが何したって言うんだ。笑顔は柔らかくて、僕の話もいつも聞いてくれる。落ち着きがあって尊敬できる人、僕が初めて好きになった人だった。
「レイさん!」
「お、ナオくんどうしたん?そんな急いで」
「レイさんは、何もしてないですよね?」
「なになに、急に」
正直に言わなきゃ。
「ニュースにレイさんに似た人が映ってたから」
レイさんの唖然とした顔。でもどこか何かを決心したような顔だった。
「もう隠せへんなぁ。あんまびびらんと聞いてほしいねんけど」
息を呑む。
「私、人を殺したんだ」
は??レイさんが人を殺した?
「嘘ですよね?」
「ほんま。そんで大阪からはるばる逃げ回ってるってわけ」
「1番最初に会ったときから関わるのはやめようって思っててんけど、ナオくんと話すのが私にとってめっちゃ楽しくて、、ごめんな」
「ニュースにもなってるんやったら、今日が最後やな」
「 」
言葉が出ない。何て言葉をかけたらいいのか。
「そんなか怖い顔せんとって。私が悪いんやし」
「そんで?今日はおもしろい話ないん?
いつものレイさんだった。
おもしろい話、とっておきがあった。
「川上さんに告白されました」
「ほら!私の言った通りやろ?」
「そう、ですね。でも断りました」
「ええ、なんでなん?可愛い子なんちゃうん」
「それは、、僕にもやっと好きな人ができたので」
目に前にいる最初から容赦にない関西弁で、自分の話をほとんどしなくて、見た目は怖そうだけど、魅力のある人。
「そっか、じゃあ頑張らなな」
「はい」
遠くから鳴り響くサイレン。もう時間だ。
時計の針は今日も12時を指していた。
「ほな、ナオくん」
「はい、さようなら」
「直哉、川上さんからの告白断ったんだって?」
翌日、学校に着くと、ありとあらゆる人から昨日の告白について聞かれた。
「うん、断ったよ」
「なんで?ついに好きな人でもできたか?」
「ううん、いないよ」
この気持ちは僕だけの、誰にも言えない気持ち。
真夜中の秘密 たなか。 @h-shironeko
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