第17話 結城真帆の刻苦事情(5)
結城さんのお父さんが店を出ると、彼女は後を追った。
暫くして戻ってくると、息を切らせながら頭を下げる。
「本当に、すみませんでしたっ!」
「……いえ、本当に気にしないでください」
驚いたが、怒ってはいない。
「……気にせず、帰宅してください」
時計を見ると、十一時より少し前だった。
こんな時間に女の子を一人で帰すのは気が引ける。
「……よければ、近くまで送ります」
結城さんは頭を下げたまま。
どうしようかと息を吐いた時、小さな声で言った。
「さっき門限がなくなったので、まだ大丈夫です」
「……いえ、しかし」
「だから、少し付き合ってください」
顔を上げた結城さんの口元を見て、思わず声が出た。
「……あの、それは」
「えへへ、よく分からないんですけど、これを咥えてお願いすれば彼は断らないだろうって、パパが」
「……そう、ですか」
「えっと、これは何ですか? わっか?」
不思議そうにそれを見る結城さんを横目に、何かがスッキリした。
金を払い、あれこれ
あとかたづけ
プレイ
合意のうえ
……なるほど。
何故こんな誤解をされたのだろう。
それから意味を理解していなそうな結城さんには、どのような説明をしよう。
「食べ物でしょうか?」
「用件は、先日の事でしょうか」
「えっ、あっ、はい、そうです」
いけない。意識を逸らそうと少し食い気味に言ったからか驚かせてしまった。
「……あまり遅くならないようになら」
「えっと……あっ、はい! お願いします!」
なんとか気を逸らすことには成功したようだ。
店の施錠をし、明かりを消して事務室に移動する。
ミーティングで何度か使っただけの事務室。
机を挟んで座り、話をする。
「……どのようなお菓子を作りたいと考えていますか?」
「えっと、かわいいのがいいなって思ってます」
両手の指を合わせると、照れたように言った。
「……具体的には?」
具体的? と目がパチパチ。
質問の意図が伝わっていないようだ。
「……何を作りたいか。例えば、ケーキなのか、クッキーなのか」
「ああ、ええっと……どうしましょう」
真剣な表情で考える間を作った後、清々しい笑顔で言った。
思わず止めていた息が鼻から漏れ出る。
「すみません……何も決めてなくて」
いけない、気を悪くしたように思われてしまったようだ。
「……それでは、ゆっくり考えていきましょう」
「あ、はい!」
「……学園祭は、いつごろ行われますか?」
「九月の頭です。まだ時間があるんですけど、夏休みにやることとか、早い段階で決めなきゃいけないので……」
九月の頭だと、少し涼しくなったくらいだろうか。
ならばスッキリしたものが良いだろう。
もさもさしたスポンジやパンは向かない。
となると、一口程度の大きさのクッキーや飴などが適切かな。
生クリームをベースにした何かを作るのもいいかもしれない。具体案は浮かばないけど。
「……学園祭の期間は、一日でしょうか?」
「いえ、えっと……三日くらい、だったよね……うん、三日です」
「……それなら、クッキーがいいでしょう」
「クッキー、ですか?」
「……はい。日持ちが良く、簡単に作れます。動物に似せるなどすれば、かわいくなると思います」
「なるほど……流石店長さんです! 流石です!」
「……恐縮です」
少しの間が空いて、結城さんが笑った。
「あ、えっと、すみません」
笑い混じりの謝罪。
どうしたのだろう。
そんな思いが伝わったわけではないだろうが、結城さんが言葉を続ける。
「えっと、店長さんのこと本当に尊敬しています」
「……恐縮です」
「えへへ。その理由が、なんとなく分かったんです」
「……というと?」
「はい。私、男の人とお話するの、あんまり得意じゃないんです。でも店長さんは、なんていうか話しやすくて、なんでなのかなーって思ってました」
手元を見ながら話す結城さんをどうしてか直視できない。
「失礼かもしれないですけど、店長さん、いつもビクビクしてるじゃないですか。何かに怯えてるみたいで……でも、大事な事はちゃんと言ってくれる。ちゃんと考えてくれてる」
「……」
「そういう雰囲気みたいの、感じてたんだと思います。それが、今日ハッキリ分かりました」
引き寄せられた視線の先、結城さんが微笑む。
「お兄ちゃんがいたら、こんな感じなのかなって思います」
「……お兄ちゃん?」
「はい。自慢の兄です」
「……いえ、買い被りです」
「そんなことありません」
「…………」
「えへへ」
目を逸らす。
結城さんとは逆で、話し辛い。初めてあった時から、今でも。
妙にそわそわしてしまう。
真っ直ぐな羨望に照れているのか。
それとも、妹を持った感覚なのか。
どちらも正解なようで、だけど違うような気がする。
いつか、分かるのだろうか。
この後も話を続け、かわいくてふわふわしているクッキーを目指すという目標が決まった。
気付けば十二時過ぎ。
当然、送る。
徒歩で数分という距離だった。
見上げれば綺麗な満月。
都会の夜空に星は見えない。
そのせいか、地上の星が眩しく愛おしい。
「えへへ、どんなクッキーがいいかな。みんな喜んでくれるかな」
彼女の願いが叶いますように。
自分に出来る事があるのなら、迷わず手を貸そう。
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