洋菓子店の経営と残念な美少女事情

下城米雪

第1話 ようこそ

 洋菓子店スタリナは、一月ほど前にとある町の一角でひっそりとオープンした。


 洋菓子店といっても、カフェテーブルがありコーヒーやパンも出すから、どちらかというと喫茶店に近い。

 評判は当店で実施したアンケートより抜粋させていただく。


・店員がかわいい

・制服がかわいい

・店が綺麗

・あとケーキが美味しい


 事務室と称した狭い部屋に、洋菓子店スタリナのスタッフが揃っている。

 記念すべき第一回目のミーティングは、自分がアンケートを読み上げたところから始まった。

 ホワイトボードに書き上げた文字を見直して、なんとも言えない気持ちになる。

 そのまま振り返ると、スタッフの皆さんも同じように微妙な表情をしていた。

 いや、よく見ると肩を震わせている人がいる。


「アハハなにこれぇ、ケーキついでじゃん。ここキャバクラだっけ?」

「違います! 店長さんのケーキは世界一です!」


 向かって左側の席で、矢野(やの)未来(みく)さんがお腹を抱えながら笑うと、その正面に座る結城(ゆうき)真帆(まほ)さんがほっぺを膨らませながら言った。

 矢野さんはひとしきり笑うと、金色に染めた巻き毛を指でクルクルしながら顔を上げる。


「ほ―んと、しっかりしてよね。もし潰れたりしたらぁ、新しいバイト探すのたりぃから」

「……申し訳ありません」

「店長さんは悪くないです! 店長さんのケーキは世界一です!」

「……恐縮です」


 無垢なフォローが逆に辛い。

 己の無力さを悔いながら、あらためてテーブルを囲む四人を見た。

 正面にいるのは大学生の矢野さんと、高校生になったばかりの結城さん。

 結城さんの隣に座る丸井(まるい)華(はな)さんは相変わらず眠そうに細めた目で虚空を見つめていて、その正面に座る経理のキッカさんはパッチリとした目で此方を見ていた。


「いい、かな?」

「……どうぞ」


 キッカさんは手にした書類に目を当てながら立ち上がり、目にかかった天然の金髪を耳にかけてから言う。


「せんげつ、は、あかじ、でした。この、かんじ、だと、つぶれる、よ?」

「カタコトで物騒なことゆーなし……」

「わたしの、にほんご、あってる、かな?」

「あー、うん、つたわる、よ?」

「なんで矢野さんまでカタコトなんですか」

「パツキンぱねぇ」

「矢野さんも金髪じゃないですか」

「みくのは、金だけどゴールドじゃなくてマイルドみたいな?」

「意味わかんないです」


 二人の会話に、キッカさんはきょとんと首を傾げた。まだ日本語は難しいようだ。

 コホンと小さく咳払いをして、ゆっくりと言う。


「……この通り経営が芳しくないので、皆さんからアイデアを頂きたいと思います」

「いやいや控えめな表現なわりにリアリティありすぎだから。もっと堂々と言えし」

「……このままでは潰れてしまいますっ」

「そこじゃねぇよ。てかみく的にはー、むしろお客さんが減ったほうが楽でいいんですけど。てか減ってほしい」

「……潰れてしまいます」

「泣きそうな顔すんなし……」


 涙を堪えて言うと、結城さんがムッとして矢野さんを見た。


「店長さんに謝ってください」

「はぁ? みくが言いたいのはー、みく土日しか入ってないけど、けっこ人いんじゃん? アレで赤字なのってことぉ」

「……おかげさまで、土日の売り上げは好調ですが、平日が、 芳しくないです」

「どんくらい?」

「……キッカさん」

「うん。こん、しゅうの、うりあげ、は、ごせんえん、だよ?」

「五千万円?」

「……五千円です」

「ないわー」


 彼女の言う通り、どうしようもないくらいに危機的状況だ。

 なんとか貯金を崩しながら誤魔化しているが、このままでは本当に潰れてしまう。


「あのあの、店長さん。それで……どれくらい赤字なんですか?」


 結城さんがとても控えめに言った。

 自分は小さく口を開き、やっぱり閉じる。

 

「……キッカさん」


 彼女はこくりと頷くと、書類の中から一枚取り出し、それを見ながら言う。


「ろくまんえん? くらい、だよ?」

「はぁ? 何でそんなに赤くなんの?」

「……主に人件費です」

「ただ働きしろしクソ店長」

「矢野さん!」

「……しています」

「じゃ誰の人件費? 平日ってみく達は入ってなくない?」


 矢野さんの鋭い目を頬に受けながら、唇を噛む。


「わたし、かな?」


 小さく挙手したキッカさんが、困ったように微笑みながら言った。


「必要経費ですっ」


 すぐさま言うと、キッカさんはゆっくりと首を振る。


「えっと、なくても、いい、よ?」

「……それは出来ません」


 ガタンという音に目を向けると、矢野さんが天を仰いでいた。


「土日だけの営業にしたら?」

「……出来ません」

「なんで」

「……常連の方がいます」

「土日に来てもらえし」

「……静かな空間が気に入っているとのことで」

「もうしーらない」


 机に突っ伏してしまった。

 確かに、彼女の言う通りかもしれない。けれど、この店が好きだと言ってくれるお客さんは、たとえ大して売り上げに影響しなくとも大事にしたい。


「はい! 店長さん! はい!」


 暗くなりかけた空気を打ち破るように、結城さんが大きな声で、大きく挙手しながら言った。


「……はい」

「アンケートの一位は店員がかわいい……なんですよね?」

「照れながら言うなしキモイ。あとそれみくのことだし」

「黙っててください。えっと、ならかっこいい店員さんがいれば、お客さんが倍になるんじゃないですか?」


 指を立ててふふんと鼻を鳴らす。

 何と言おうか迷っていると、矢野さんが失笑してひらひらと手を振った。


「おまバカでしょ。人件費のせーで赤字なのに人増やしてどーすんの」

「ちがいます! 私が言いたいのは、その……」

「いいと思う!」


 ここまで一言も発さず黙っていた丸井さんが机を勢いよく叩き、立ち上がりながら叫んだ。


「てんてんがイケメンを募集すること、つまり! てんてんが彼氏を募集! そして人のいない平日の昼間に誰か来るかもしれないという緊張感にドキドキしながら二人でああああああダメ、ダメよてんてん! ここは健全な洋菓子店なんだから!」


 強烈な言葉に、他の全員がポカンと口をあける。少しの間のあとで、矢野さんが呆れたように溜息を吐いて頭を抱えた。


「まーた始まったし」


 その一言で、止まった時間が動き出したかのように場が騒がしくなる。


「あわあわわ丸井さんっっ」

「そしててんてんは聞こえた大きな音にビクリと振り返るも、それが自分の脈動によるものだったと気付きいいぃぃぃいああああああああああああダメ! ダメよてんてんダメ!」

「丸井さんっ、ダメですっ!」


 くいと袖を引かれて、見るとキッカさんが不思議そうな顔をしていた。


「てん、てん?」

「……自分の事です」

「なまえ、ちがう、よ?」

「……愛称です」

「あい、しょう?」

「……Soprannome」

「おー、にっぽんごでは、あいしょう、なんだね」


 ……なんというか、キッカさんには頭が上がらない。

 にこにこ和やかに微笑むキッカさんの後ろでは、結城さんと丸井さんがギャーギャー騒いでいる。


「あーあ、ぜんっぜん会議になってねぇし」


 その横では矢野さんが背もたれに体重を預け、ぼーっと天井を見上げていた。


「てんちょ、そろそろ、じかん、だよ?」

「……そうですね」


 結局この日、有意義な話は出来なかった。


「……それでは皆さん、本日も宜しくお願いします」




 洋菓子店スタリナ。オープンしてまだ一ヶ月のお店。

 そこでは気弱な店長と、四人の残念な美少女たちがギャーギャー騒ぎながら仕事している。

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