第3話 〜サムの心中〜



ーーー王都 「隠れ家"07"」



「カインを見つけ出して、私の目の前に連れて来い!!!!」


 『サム・ホリエル』はギルド長ジャングの言葉に耳を疑った。もう既に死んでいるはずの人間が、まだ生きているかのように聞こえ、


(何を言ってるんだ? このジジイは……)


 と心の中でその言葉を拒絶した。


 『諜報員(スパイ)』としての訓練を受けているだけあって、その心の内は一切表情には出ていないが、サムはひどく困惑していた。


(魔力ゼロの無能を仕留め損なったのか? 【雷神】が……? ハハッ。ありえねぇー……)


 こめかみをピクピクさせているジャングの姿に、サムは引き攣りそうになる頬を抑える。


「……俺の聞き間違いではないよな? カインのやろうは任務を失敗した。『自決する』のが、このギルドの掟のはずだろ?」


「そうだ。どうやら『死』を受け入れられず、私の招集に全く応じない。どこかを逃げ回っているんだろうが、ヤツを捕まえて始末しないと、他の者に示しがつかない!!」


 ジャングは平然と嘘を吐いているのだが、サムは全くその事に気がつかなかった。


(……あのクズ……、『失敗した』自覚があるのか? 俺は完璧に嵌めたはず……。なんでこんな事になってるッ!! ふざけるんじゃねぇ!!!!)


 サムの心中は穏やかではない。


 5歳の頃から一緒に過ごしてきた貧困街出身の『ゴミ』が、伯爵家出身の自分と、まるで対等かのように接してくる事が許せなかった。


 まるで友人だとでも言いたげな、あの青い瞳が大嫌いだった。魔力がゼロの無能である事を理解せず、ボロボロになりながらも、任務をこなしていくカインが憎くて仕方がなかった。


(俺は完璧だったはずなのに……)


 もう全ては終わったはずだった。終わらせてやったはずだった。あの『ゴミ』と自分の格をはっきりとわからせてやったつもりだった。


 サムはギリッと歯を食いしばりながら、ジャングの言葉を反芻する。自分が失敗したとは思えない。あの無能がジャングからの招集に応じないとも思えない。


(……このジジイか……?)


 サムはジャングが取り逃した可能性が高いと判断した。『隠れ家"18"』が瓦礫と化した事を思い出し、ジャングの言葉が嘘では無いことを確認するため、ゆっくりと口を開く。


「……そういえば、別の"18"が崩壊していたが、アレは何が原因だったんだ?」


「いつまで経ってもカインが現れない事に、私が憤慨して潰してしまったんだ。それもこれも、全てはあの『ゴミ』が招集に応じなかったからだ! クソッ!!」


「……ふぅーん。……そうか」


「……ふっ、私があの『クズ』を取り逃したとでも言いたげだな?」


「い、いや、【雷神】から逃げ切れるような『力』は【百面相】にはないだろう。少し気になっただけだ……」


 グッと圧をかけてくるジャングに嘘は見られない。


(確か、アイツが最後に成り代わったのは革命軍幹部の【腐食】だったはず……。【腐食】で【雷神】から逃げ切る事は不可能だろう……)


 サムは頭ではそう理解しているのに、違和感が拭えない。脳裏にはどんな「死地」からも生還を果たして来たカインの姿があったからである。


 本当に幼い頃から一緒にいた。


 【百面相】の力の把握は完璧なはず。対象者と「何かしら」の契約を済ます事で、その相手になり代わり、その者の『力』を使用できる。


(魔力がゼロのアイツには、ゼロから何かを創造する力は使えない。依頼変更を伝えるために、会った時の『姿』は間違いなく【腐食】だった……)


 サムは全く状況を理解できない。


――魔力が無くても、その場にある物を利用すれば、案外なんとかなるもんだぞ?


 カインの言葉と完璧すぎる作り笑いを思い出し、サムは沸々と湧き上がる憤怒に、表情を崩してしまう。



「サム。わかってるな? さっさと見つけて、私の前に必ず連れてこい……。死んでても構わん……」


 ジャングの言葉に、サムは口角を吊り上げた。


「『ギルド長』の命令ならば、仕方がない。わかったよ。あの『無能』を即刻始末して、格の違いを教えてやる……」


 忌々しい『無能』を自分で殺す事ができるチャンスが巡ってきたのだ。思うようにはいかなかったが、これはサムが1番望んでいた事でもあった。


 サムは満足気に微笑み、ジャングに声をかける。


「『任務以外でのギルドメンバー同士の殺し合いは禁ずる』……。この『掟』はもちろん、無効だよな?」


「ふんっ。あのクズはもうギルドメンバーではない……」


「クククッ。悪くねぇ……」


 『諜報員(スパイ)』の訓練を受けているはずなのに、サムの表情は作られた物ではなかった。


 悍ましいほどの満面の笑みは、どう見ても諜報員(スパイ)の表情ではなかったが、サムは全くその事に気づかない。



「リリア、お前も何か意見しろ……」


 声をかけられたのは、漆黒の髪色の少女。真紅の瞳は美しく透きとおり、ルビーの宝石のようだ。


(……チィッ! 相変わらず、アイツに似て、『作り物』みたいなやろうだな……。このクソ女がッ!)


 リリアのあまりの美貌にゴクリと息を飲みながらも、サムは心の中で悪態を吐く。


 サムは、カインを『師』と仰ぎ、最強で優秀なはずの自分に一切興味がない機械のようなリリアが嫌いだった。


 そんなサムをチラリと盗み見て、『リリア・ミスト』はジャングの言葉に無表情で口を開いた。



 

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